考えているのか、摂りこんでいるのか

悲しい事件とか、災害とか、戦争への後悔などに接するとき、いちばんに頭に思いうかぶのが「自分の頭で考えろ」だ。

自分の頭で考えたら、いつ避難するかなんて疑問は、自分の命の大切度に依存する。ぜったいに死にたくなければ安いホテルに一週間滞在することだって思いつく。お国のためにと息子を送りだすくらいなら、家族ともども海外に逃亡して、非国民とののしられながら南の島で生きたほうがましだ。

と、危機感のないときには冷静に考えられるけれど、当事者となったらそうはいかないんだよ。死ぬくらいだったらブラック企業なんか辞めちまえ、ということが考えられなくなるから、それをうつ病というんだよ、という話になる。

たしかに、人は自分の意思だけでまえに進むことはしない。一部の判断は周囲にゆだねられている。「自分はこう思うけど、周囲に合わせなければいけないから、あえてこうする」という、明らかに自分の意思に反させる同調圧力ではなくて、もっと広い意識、深いところでの強制。本人が気づくことがない、同調圧力、とでもいうものの存在。それは、ある。

それは、もうシステム上の問題として捉え、対策を立てるのがいちばん早道。

で、それとは別に、「自分で考えろ」には課題がある。

それは、「自分で考えろ」と教えることが、もう思考の硬直化である、という点だ。

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想像力が本当に自由に飛びまわる人にとって、「自分で考えろ」という指示は、その自由さを妨げるものでしかない。

人は、なにかを教わらなくては、成長しない。かといって、すべてを教わっていても、その人は発展しないのだ。立派な思想があって、それを学び、実現してきた偉人は、ごまんといる。けれど、その思想の源流の一本となれるような人材は、ほんの一握りしかいない。

けれど、どうしても必要なんだ、自由になることが。

でなければ、想像力が本当に必要とされる場面で、その力をうまく発揮できなくなってしまう。そして、多くの命がうしなわれたあとで、それは思考停止が引き起こしたことだった、と後づけで判断される。死んでからでは、遅いのだ。

はて、どうやって思考力を身につけたものか。

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いちばん想像力がひらく場面とは?

反対に、思考が硬直するのは、条件が多すぎるとき。さまざまなことを考えあわせなくてはいけない。よくばりさんは、ランチひとつを選ぶのにも時間がかかる。おいしくて、コスパがよくて、栄養バランスのいいものが食べたい。で、できることならインスタ映えも欲しい、といったような。条件をたくさんつけすぎる、挙句のはてに、肝心な食べる時間と撮影する時間と、それから休息する時間とを失って、昼休みをおえるのだ。

条件少なく生きるためには、どうしたらいいだろう?

優柔不断な私はずっと、その方法を考えてきた。時には後悔を繰りかえす。人の才能なんて、大した差はないのだから、職業も1種類を選べばよかったのだ。その1つに全力を注げば、凡庸な人間でも、ある程度の技術を駆使することはできただろう。けれど、優柔不断にもまよってしまったから、その時間を迷ったまま過ごしてしまったせいで、1つに絞らず、今日までやってきたし、今日からもずっと中途半端な人間のままなのだ、と。

著名な音楽家だとか、宇宙飛行士だとか、世界に何人もいないようなプロフェッショナルたちの生きざまを見ると、それだけで涙が湧いてくる。美しい生き方だなあと思う。もしかしたら、その1種類の生き方に決めたことで、周囲の家族や友人は迷惑をしていることも、あるかもしれない。職業的な立派さと、人間としての立派さは、比例も反比例もしない。それでも、1種類を持っていたら、その人生はどんなに素晴らしいだろう、と考えずにはいられない。

1つに絞ればよかったのに……二兎を追う者は一兎をも得ず? ちがう。そういう性質の人が、そういう生き方をしているだけさ。1種類のことをしてきた人は、1種類のことをせざるをえなかった。優柔不断という生き方をえらべなかっただけなのだ。

1つのものを見つめるということは、周囲を見えなくすることでもある。誰もが気づくような危険を、察知できない、ということもあるかもしれない。そういう人の場合は、「周囲を見なさい」と教えたところで、どうせ見ないのだ。

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つまり、教えることに意味がない。

教わらなければ人は成長できない。けれど、教わる目的を自分でもっていないなら、教わることそれ自体が最終目的地だということになる。それはつまり、自分で行動しないという地点。

教わる前に、まず、自分の行動を定義づける。それから、自分にかけている部分を教わることにする。

さて、定義を思い出そうか。かなり前に、決めたはずなんだけど。職業でも、ファッションでもない、「自分はこんな感じの大人になる」という、子供の頃のふわふわした空想を。

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