アダムの受胎

夢のなかで私は妊娠していた。

しっかりと膨らむ下腹部には、もそもそと動く小さな何かが、しっかりと存在していた。

それは弱々しく、しかし逞しく、たしかに生きていた。

妻が優しい微笑みを称えて言った。

「あなた、お医者さんが男の子だそうですってよ。おめでとうね。」

私は戸惑ってしまい、何か気の利いた答えを言おうと思っても言葉がでてこなかった。でもそうか、めでたいのか。たしかに自分の子供だもの、めでたいよなと考え直した。

これからこの小さなものが私とともに育ち、そして腹の外に出ていくのを、昼夜に渡って守っていくのかと思い、それを想像しようと努めてみたが、もちろんうまくはいかなかった。

私は無意識に腹部をさすっていた。

私は男であり、子を宿すことには当然、無縁でいた。一生そうだと思っていた。しかし夢のなかで、私はたしかに小さな命を宿し、それを自覚していた。

「重いものはムリして持たないでね。仕事もそろそろお休みにして、赤ちゃんを迎える準備をしましょう。」

妻が「出産、頑張りしょうね」と、嬉しそうに言った。こういうときに、どんな表情をしたらいいのか、自分の中に準備がなかった。下腹部に命を宿し、それを産み落とす役割を得たとき。人はいったいどんな表情をすべきなのか。

何も言わずに妻を見つめていた。

戸惑う気持ちとは裏腹に妊娠は不思議なほど静かでいて、底知れぬ至福を私に与えていた。私の口もとには小さな笑みさえ溢れていたのだ。私はそれに驚いた。これほどまでに優しく、尊い感情が、私の心に存在し、水源のように、こんこんと湧いてくることが不思議でならなかった。

私はこれから迎えるであろう産みの痛みへ想像を巡らせようとした。小さな彼をこの世界に迎え入れるための必要な痛みを覚悟しなくてはいけない。しかし妊娠と同じように、痛みについてもうまく想像はできなかった。

妻は私を支えてくれるだろうか。もし痛みに耐えかね、不恰好に喘ぐ姿を見せたとしても見捨てずにいてくれるだろうか。今まで考えたこともないような心配が脳裏をよぎった。しかし私は委ねるしかないのだ。不安も痛みも、彼に捧げるべき手続きとして受け入れるしかない。

身を任せ、委ね、受け入れる。

その覚悟が心に宿ったとき、ふつふつとした熱が私の下腹部から四肢の末端へ向け柔らかく巡った。私の身体は充足し、知覚は淀みを抜け、至上の喜びが私を包み込んだ。

瞬間、微かな淡い光が自分自身と重なり、そしてひとつとなった。

私は新しい世界で目を覚ます。

end.

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