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「好きを仕事にできるなら一番幸せ」フットバッグ世界チャンピオン石田太志が2連覇にかける想い

こんにちは、ストアーズ・ドット・ジェーピー広報です。

STORES.jpでは、才能ある個人やスモールチームをノウハウの提供や経済的支援をするSTORES ASSIST PROGRAMを開始し、フットバッグ世界チャンピオン石田さんの支援が決まりました。

フットバッグを普及するために、仕事を辞め、プロフットバッグプレイヤーとして活動している石田さんに、好きを突き詰めた活動を続けてきた軌跡を伺いました。聞き手は、ストアーズ・ドット・ジェーピー代表の塚原です。

フットバッグって?という方は、まずこちらの動画をご覧ください▼

スポーツショップでの衝撃

塚原:どうやってフットバッグを知ったんですか?

石田:高校からサッカーをやっていて、大学でもサッカーを続けるか悩んでいる時に、ムラサキスポーツで「NEWスポーツ」特集があって、フットバッグの映像が流れていたんです。それを見て衝撃を受けました

塚原:映像を見て、どういうところに惹かれたんでしょうか?

石田:まずは凄技ですね。そこにダンスの要素も感じた。僕は元々リズム感ゼロで、ダンスをやりたかったけどできなかったんです。これならサッカーの延長でできるかもしれないなと思って。

塚原:フットバッグを買ってもどうしていいかわからなかったと思うんですが、どうやって習得したんですか?

石田:最初の2週間はリフティングみたいなことをやってみたり、落として足に載せるを繰り返してましたね。3回くらいしかできなくて、つまらなかったです(笑)。当時(2003年)はYouTubeもなかったので、海外のサイトで動画を探して、それを見ながら学びました。

ちょうどフットバッグを始めて3ヶ月後に、ペプシのおまけがフットバッグだった時があって。キャンペーンの一環でサントリーが全国大会を開いたんです。誰でもエントリーできたので、出場しました。もちろん予選落ちだったんですけど(笑)。僕よりもフットバッグ歴が長い方がいたので、そこで見たり、聞いたりして学びましたね。

塚原:始めて3ヶ月で大会に出る行動力がすごいですね。

石田:その1年後に、カナダのモントリオールで開かれた世界大会にも出場しました。動画で見たプレイヤーを生で見られる機会だと思って。出場者同士だと距離感も近くなるんですが、スタープレイヤーは近づきがたいオーラがありました。

単身カナダへ、ストリートパフォーマンスでメンタルを鍛える

石田:大会に出て、スタープレイヤーを見て学ぶことはできたんですけど、思っていたより英語がわからなくて。アドバイスをもらっても、理解できないことが不完全燃焼でした。

ルールが聞けない、コミュニケーションが取れないので緊張する、それだと大会で勝てないと思ったので、大学を休学して、英語とフットバッグを学ぶためにカナダのトロントにワーキングホリデーに行きました。

当時、フットバッグ1本で生活できると思っていなかったので、就職することを考えていました。アパレル系に就職したかったのですが、大学は情報系の学部で。外国のアパレルショップで働いたら、就活で有利になるかなと思って、アパレルショップでバイトをしていました。

塚原:どうやってアパレルショップの仕事を探したんですか?

石田:150件くらいお店を回って、履歴書を渡しました。履歴書を渡す時は台詞を決めて渡すので問題ないのですが、そこでいくつか質問をされると答えられなくて。当たり前なんですけど、言葉が話せることが働くことの条件なのに、話せない人は雇えないですよね。

でも、奇跡的に2件だけ電話がきて。

塚原:え、すごい!

石田:面接のことで連絡が来たんですが、対面でも何を言っているか理解できないのに、電話だとよりわからなくて。おそらく時間と場所のこと話していて、勘で行ったら当たっていて、無事面接してもらえました。

1社は英語が厳しいよねって1分で面接が終わったんですけど、もう1社10人ほどの集団面接で、僕だけが合格しました。話についていけなくて最後の一言しか喋らなかったのですが「お客様にとって一番のサービスとは?」という質問に周りの人と違うことを言わないと受からないと思い、「トイレを常に綺麗にしておくことです」と答えたら合格して、入社できました。首にならないようにと冷や汗の連続でしたけど、半年くらい働きましたね。

塚原:その間も練習はしてたんですか?

石田:現地のプレイヤーと練習していました。アパレルのバイトだけだと生活できなかったので、路上でフットバッグのストリートパフォーマンスをしていました。

塚原:え?それでチップもらえるんですね!

石田:ストリートパフォーマンスは大会にも直結していて、人前でいつも通りにできるかが大事なので、メンタル面のトレーニングとしてもよかったですね。

帰国して日本一に

石田:大学4年生の時に帰国して、直後の日本大会に出て日本一になりました。

塚原:すごい!その時のライバルのレベルはどんな感じだったんですか?

石田:カナダに行く前は5位か6位くらいで、1位にはなれないだろうな、と思ってました。帰ってきたら、1位だった人といい勝負くらいになれました。

塚原:めっちゃ嬉しいですね!日本一になった後はどうしたんですか?

石田:就職でアパレル系に行きたいという思いは変わらなかったので、大学在学中はアパレル系でアルバイトをしながら、大学内で練習していました。就活ではアパレル系を受けて、コム・デ・ギャルソンに内定をもらいました。就職したら自由に時間が取れなくなるので、卒業間際に1ヶ月くらい、1人でヨーロッパのプレイヤーを見に行きました。

塚原:国によってレベル感とかプレイスタイルは違うんですか?

石田:ヨーロッパの方がアメリカよりもプレイヤー人口は少ないんですが、レベルは高いです。ダンスとかスケボーとか、レベルが上がると同じスタイルになっていくのわかりますか?超人になると簡略化されて、マニュアル化されているというか。ヨーロッパは違う人なのに、プレイスタイルが同じ。でもレベルが高いという印象でした。

塚原:現地の方とどうやって知り合うんですか?

石田:当時はMY SPACEを活用していました!フットバッグをやっている人のコミュニティがあって「ヨーロッパに行くんだけど」と声をかけて、現地で会えるようにしていました。

塚原:MY SPACE!懐かしい!インターネットをフル活用していたんですね。ヨーロッパから帰ってきて、就職したんですよね?

石田:2008年春にコム・デ・ギャルソンに入社しました。3年半ほど、2011年8月いっぱいまで働いてました。辞めた2011年9月からはフットバッグ1本ですね。

フットバッグで生きていく決意をする

塚原:フットバッグ1本でやろうと思ったきっかけは何だったんでしょうか?

石田:辞める半年前までは、辞めようという感情は全くなかったんです。アパレルの仕事も好きだったし、一緒に働くメンバーもよかったので、楽しく働いていました。ただ、社会人になると、スポーツを辞める人がほとんどで、自分もいずれはフットバッグを辞めるのかなぁと思いながら練習を続けていたんですが、その情熱が冷めなくて。

仕事が終わって22時に帰宅して、24時〜2時、3時まで練習、次の日に出社するという毎日が3年続きました。これだけフットバッグが好きで、それを仕事にできるなら、自分にとって一番幸せなんじゃないかと思い始めて。辞める半年前から悶々と悩みながら、収入もなくなるしなぁという不安もあったのですが、最終的には仕事を辞めました。

塚原:働きながらだと練習したくないなぁって日もありませんでしたか?

石田:冬だと寒いし行きたくないと思う日もありましたけど、やっぱりうまくなりたいという気持ちの方が強くて。世界中のプレイヤーは今も練習してるかもなと思うと、練習しないといけないと自然に思いましたね。だんだんと動画も盛んになって、手軽に見られる機会も増えたので、モチベーションを保ちやすかったです。

塚原:仕事を辞める時って、不安じゃないですか?私もフリーになる時、明日から収入ゼロだなと不安になりました。どうやって踏ん切りをつけたんですか?

石田:最初は甘い考えで、スポンサーを見つければひとまずは食べていけるかなと思ったんです。独立した直後は、200〜300社くらいスポンサーを求めて企業訪問をしました。でも、フットバッグは知らない、世界一でもない。実績は日本一だけだったので、全然うまくいかなくて。失業保険を切り崩しながら生活していました。

塚原:スポンサーが見つからない状況から世界一になるまではどんな感じだったのでしょうか?

石田:200〜300社あたると、お金は出せないけど、イベント出る?という声がかかるようになりました。また活動をSNSやブログで発信をしているうちに、個人の方からも声がかかるようになって。イベントに出ることで、第三者の広がりが出てきて、繋がりが増えましたね。

独立した次の年(2012年)に、1,000人にフットバッグを知ってもらおうと北海道から沖縄まで縦断しました。ストリートパフォーマンスをやっていると足を止めてくれる方がいるので、「やってみますか?」と声をかけて、フットバッグの基本の技をやってもらいました。

ちょうど、フットバッグの生産も始めていたので、パフォーマンスをしながら販売もしていました。

塚原:自分でフットバッグを作ろう、生産しようと思ったのはなぜですか?

石田:フットバッグを普及させるにも、フットバッグが手に入らなかったら広がりようがないと思って。インターネットで買えるんですけど、プレイヤー目線で作られていなくて、扱いが難しいんですよね。これで始めてもやめてしまう。

僕自身がフットバッグを始めて10年経っていて、扱いやすいフットバッグを理解していたので、工場に依頼して、作るようになりました。

塚原:オンラインで販売するようになったのはいつからなんでしょうか?

石田:2013年3月からSTORES.jpで販売するようになりました。収入源のひとつだったので、いち早く販売したくて。手軽に始められて、知識がなくてもシンプルなオンラインストアが作れるのが魅力で始めました。

塚原:STORESは2012年8月からサービスを始めているので、かなり早い時期から使っていただいているんですね!

クラウドファンディングで資金を集め、世界大会へ

塚原:世界一になるまでで、一番苦労した時期はいつでしたか?

石田:2011年〜2012年が一番苦労しましたね。やりたいことはできているけど、お金が減っていくことが不安でした。また、企業訪問で「フットバッグでやっていくのは難しいと思う」と言われることが多々あって。自分が可能性を信じて続けてきたことだけど、これで生きていくのは難しいのかな、と何度も思いました。

塚原:それはつらいですね…。資金面以外で、練習する上で大変だったことはありますか?

石田:フットバッグはプレイヤー同士でアドバイスをしあってレベルをあげていくんです。でも、僕自身はセンスがある方ではないし、身長も低いので不利でした。他のプレイヤーがサクッとできることがなかなかできなかったり。成長を感じない時もありましたね。

塚原:そこからどうやって世界大会で1位になったんでしょうか?

石田:実は2014年に世界一になるまでは、予選落ちだったんですよ。2004年から出場し始めて、2012年まではほぼ予選落ちでした。2013年は資金的に難しくて、世界大会には出場できなくて。

2014年にmakuakeで、日本人初のトップ10入りを目指しますと宣言して、資金を募って出場しました。練習の時は1回も成功したことがなかったのですが、本番だけミスせずにできて、優勝できました。ラッキーだったなと思います。たくさんの方に支援いただいたので見えない力をすごく感じましたね。

塚原:世界一になった後は何か変わりましたか?

石田:世界一になったことをSNSやブログで報告した後は、イベント出演のオファーが以前より増えました。でも、メディアに関しては、フットバッグ自体が知られていない状況だったので、新聞社やTV局に手紙やメールを送りましたね。それでも反応はありませんでしたが(笑)。

世界一になって半年後にYouTubeにアップした動画がYahoo!映像トピックスで何十万回か再生されて、それをきっかけにTV局の方から連絡があり、TV番組に出演しました。TV番組に出演した後は、講演やイベントの依頼を全国各地からいただくようになりました。

世界大会2連覇へかける思い

塚原:7月の世界大会に向けての意気込みを教えていただけますか?

石田:2018年に世界大会優勝、BIG ADD POSSEという殿堂入りを達成して、目標にしていたことは達成できたんです。ただ、フリースタイル部門という種目で2位だったので、1位を狙いたいと思います。フットバッグのプレイヤーは10〜20代が多くて、30代で優勝したのは僕が初めてだったので、年齢に関係なく戦っていけることを見せていければと思います。

塚原:今後、目指しているところは?

石田:プレーしている姿を見てもらいたいので、選手として長く続けたい。大会にも選手として出場していたいですね。
また、フットバッグは、ヨーロッパ、アメリカでは知られているんですが、日本とアジアではまだまだ知られていないので、普及できるように活動を続けていければと思います。

塚原:石田さんは「やる、やりたい」と思ったことに対して圧倒的に行動しているところに感銘を受けました。

石田:何もなくても積み重ねていれば、機会は勝ち取れるんだと思います。

塚原:これからも楽しみにしています!

■石田太志さんプロフィール

生年月日:1984年4月5日 出身地:神奈川県
高校卒業まで12年間サッカーを経験し、大学入学直後に訪れたスポーツショップにて海外のプレイヤーのフットバッグビデオに今まで見た事のないスポーツに衝撃を受け、フリースタイルフットバッグを始める。2006年にはカナダに1年間、2008年にはヨーロッパに渡り、フットバッグの技術を磨きながら海外の多くの大会に出場し入賞。 2014年フットバッグの世界大会であるWorld Footbag Championships 2014にて優勝しアジア人初の世界チャンピオンに輝いた。また昨年2018年には初代総合優勝を達成し世界一に返り咲いた。また同年、アジア人で初めてフットバッグ界の殿堂入りも果たした。これは600万人いるプレイヤーの中で過去47年の間に79人のみ選出されている。現在は、日本でただ一人のプロフットバッグプレイヤーとして、各イベント、メディア出演やパフォーマンス活動、講演等も精力的に行っている。

オフィシャルサイト:https://taishiishida.net/
Facebook:https://www.facebook.com/taishiishida/
Twitter:https://twitter.com/taishiishida


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