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「ナイスネイチャのバースデードネーション」はまだ終わっていない

2023年5月30日、元競走馬のナイスネイチャが亡くなった。35歳だった。

平均寿命が25年ぐらいだとされ、30歳まで生きればとても長生きと言われるサラブレッドの中で、ナイスネイチャは御長寿重賞馬ランキングに名を残す程の長生きをしてみせた。
彼の今際の戦いは、「食事を取る事ができない」「横になる事ができない」と会員向けに報告される経過を見るだけでも苦しいものがあったが、ある日突然人参やクローバーをモリモリと食べ、その直後に生まれ故郷の牧場で息を引き取った。

ナイスネイチャが現役時代どれ程の成績を残して、そしてどれ程愛されていたか、当時を知らない私がネットの口伝でそれを語るのは憚られる。
だから、ここには私の知る「引退馬協会の広報部長」としての彼を記したい。

ナイスネイチャは彼の母のウラカワミユキの後を継いでNPO法人「引退馬協会」の看板となり、引退馬協会の、そして同協会の引退馬の余生を支える「フォスターペアレント制度」の知名度向上に務める。


近年に至るまで、「◯◯程の名馬でも寄付に頼らないと余生を過ごせないのか。馬主やJRAはなんて薄情なんだ」という誤解を産んでいる為、一旦ここで説明を挟みたい。
かつてフォスターホースとして在籍したナイスネイチャやタイキシャトル、現在も籍を置くメイショウドトウやディープスカイ、メイショウサムソンなどといったスターホース(ここは基準としてフォスターペアレントが満口となり募集を停止しているG1馬を挙げた)は、功労馬として寄付なしでも十分に余生を過ごせる環境があった。彼らがフォスターホースとして在籍しているのはご厚意で引退馬協会が譲り受けたからであり、それはフォスターホース制度の仕組みに由来する。


引退馬協会フォスターホース紹介ページ(https://rha.or.jp/f/fosterhorse.html)より引用


フォスターホース制度とは、在籍している引退馬を指名し、一人0.5口(毎月2000円)から可能な寄付を行う「フォスターペアレント(養親)」になる事で、その馬の余生を支える取り組み。
引退馬協会には様々な条件の元、フォスターホースとして登録されている馬が数十頭いるが、それを牽引するのが先述のスターホース達だ。

現役時代の活躍や引退後の愛嬌から、彼らの余生を支えたいと多数のフォスターペアレントの申し込みがあり、毎月の預託料や医療費を上回る寄付金が集まる。その余剰分を以て他のフォスターホースの不足分に充てる事でより多くの引退馬の支援を行える仕組み。
支援者は自分の思い入れのある引退馬を支援しながら同時に他の引退馬も支え、引退馬協会としても手が届く範囲を広げる事が出来る、その仕組を支えているのが彼ら。

(今後繰り返し「フォスターホース」と「フォスターペアレント」という似た言葉が混在してややこしくなるが、「ホース」の方が支援される馬、「ペアレント」の方が支援者の人間、と理解しておけば大丈夫)

話を本筋に戻すと、ナイスネイチャは引退馬協会で「広報部長」の肩書を持っていたが、彼が担っていた仕事はこのフォスターホース制度の周知ともう一つ、「バースデードネーション」だ。


ナイスネイチャ33歳のバースデードネーション(https://syncable.biz/campaign/1589)より

「誕生日寄付」の名の通り、毎年ナイスネイチャの誕生日を記念して開催される寄付イベント。
寄付を集める理由はナイスネイチャ自身の生活費ではなく、新たなフォスターホースを迎え入れる為の準備資金。
サラブレッドの預託(お世話をしてくれる牧場に預ける事)にかかる費用は想像以上だ。預託にかかる金額は年間で40~100万円程、怪我や病気があれば別途医療費も必要になる。引退馬協会では、新たな引退馬を迎え入れてからある程度の軌道に乗るまでの半年間にかかる費用を一頭あたり80~100万円と見積もっている。

ナイスネイチャのバースデードネーションでは、この金額を基準に、1頭ないし2頭分の寄付金を集める事を目標とする。寄付のページではナイスネイチャ自身が「みなさん、こんにちわ!ぼくはナイスネイチャ」と名乗り、なぜ寄付が必要なのかを訴え、何に使われるのかを説明する(という体)。

ナイスネイチャから貰ったお礼の手紙


寄付を行うとナイスネイチャからお礼のお手紙が届き、活動報告などが届くようになる。
(また、寄付なので税金の控除を受ける事が出来る)
バースデードネーションが始まった2017年(29歳時)こそ50万円の目標に未達とはなったが、それでも20万弱の寄付を集め、翌年30歳のドネーションでは目標50万に対し68万弱、31歳では100万円、その翌年32歳では170万円以上の寄付を集め、広報部長として会を代表する面目躍如、彼がいかに愛されているかを物語った。


こうして順調に支援者と寄付金を集めていたバースデードネーションだったが、転機となったのは2021年、33歳の年だった。
33歳はサラブレッドとして大変に長生きな事に加え、現役時代「ブロンズコレクター」と呼ばれ、「有馬記念三年連続三着」という奇特な偉業を成した彼にとって、縁ある「3」が並ぶ「33歳」のドネーション。競馬ファンも協会も例年以上の寄付が集まる事を予想し、目標金額も過去最高の200万円としていた。

一方その頃、引退馬協会の預かり知らぬ所で一大事が起きていた。


2021年当時の「ウマ娘」公式HPより

競走馬をモチーフとした擬人化コンテンツ、「ウマ娘」のアプリリリースである。

いや、「引退馬協会が全く知らない」というと語弊がある。ウマ娘はメディアミックスコンテンツであり、その始動は2017年。引退馬協会のフォスターホースからはナイスネイチャ、メイショウドトウ、タイキシャトルが登場している以上、どこかのタイミングでウマ娘のリリース元のCygamesから引退馬協会に許諾を得る動きはあった筈で、この三人は初期からキャラクターとして出演しているので「2021年までウマ娘の存在を全く知らなかった」という事はないだろう。

ただ、当時のウマ娘は発表されていたアプリのリリースが遅れに遅れ、アニメこそ放送されどあとは細々とコミカライズとライブをするくらいの、しっかりオタクをしてないと存在すら知らないよくある擬人化コンテンツの一つだった。

だが、2021年2月、アニメの二期が放送中に、最早リリースされる事はないんじゃないかと思われていたアプリが配信されると、本当に信じられない規模のブームとなった。ずっと腕組をして後方彼氏面でコンテンツを追っていた古参のトレーナー(ウマ娘プレイヤーの通称)でさえも唖然とさせ、下手すれば出演者も、開発元でさえもこんな事になるとは思っていなかったであろう規模で流行した。

さて、繰り返しとなるが「ウマ娘」は実在の競走馬を擬人化したコンテンツである。
登場する名前は、オリジナルキャラと現役で実装されたただの1頭を除いて、全員引退済みの名馬だ。
史実や元ネタを追いたがる一部のオタク達に、ナイスネイチャのバースデードネーションが目に留まるのは必然だった。

バースデードネーションは大変な事になった。
引退馬協会も緊急で対応を行ったが、殆ど意味を成していなかった。


ナイスネイチャ33歳のバースデードネーション、支援者は16296人、寄付総額は35,829,730円、目標金額の1791%だった。
寄付額の急激な伸びから、引退馬協会も急遽ストレッチゴール(追加の目標)として、もう1頭追加で募集出来る300万円を設定したが、最早「目標」というか「通過したあとの地点」でしかなかった。

協会が大いに慌てたのは、4/19の代表メッセージから見て取れる。
「当初2頭分の200万、追加で3頭分300万を目標としていた寄付に、この時点で2000万円を超える寄付が集まっており、協会内で協議した結果、フォスターホース達の余生を確実に預かる為、30%程をプール金として確保する」、というリリースが発表された。
最終結果の金額と比べて見てわかるとおり、この時点ではまだ寄付の募集期間を大幅に残している……というか、開始から3日しか経過していないにも関わらずだ。

なお、プール金という形で安全マージンを取っているのは、33歳のバースデードネーションではフォスターホースとして迎え入れる対象の範囲を広げているからだ。

引退馬が余生を送る為の資金が、まるっきり寄付や牧場の自助努力だけで成り立っている訳ではない。
公益財団法人のジャパンスタッドブックインターナショナルから、重賞勝利馬を対象に「功労馬」として補助金が支給されている。このような制度を活用する事で、フォスターホースの預託料を安定的に支払える助けとしている。
が、この補助金を受けられる「功労馬」の基準から外れる輸入馬や重賞馬の「母」……それこそ、ナイスネイチャの母である「ウラカワミユキ」のような馬に対しても「救って欲しい」という声は上がっていて、今回はそのような引退馬達も範囲としたからだ。

現実問題として、一度きりの寄付と継続した寄付では金銭的負担も精神的ハードルも大違い。今回大きな金額が集まったからといって今後フォスターペアレントが集まる保証はどこにもなく、補助金という安定した収入に頼る事ができないが故のプール金だ。

なお、実際にはフォスターホースとして迎え入れられた引退馬のうち多くが先述の補助金を受け取れる重賞馬であった事、更に「嬉しい誤算」があった事から、プール金1200万円のうち半分を開放し、より多くのフォスターホースを受け入れる体制を取れた、というのは後の話。

さて、バースデードネーションで集まった寄付を元に、いよいよ新たなフォスターホースの受け入れが始まったが、大きく話題を集めたのは「ディープスカイ」と「メイショウサムソン」の受け入れだろう。
当時の引退馬協会の知名度を引っ張っていたフォスターホースの、広報部長ナイスネイチャ、メイショウドトウとタイキシャトルの3頭に、変則二冠覇者と天皇賞春秋連覇を含むGⅠ四勝の2頭のダービー馬が加わる事となった。
この時も「ディープスカイやメイショウサムソンですら寄付がないと生きていけないなんて……」との反応が見られたが、ここまで読んだ方々ならその誤解は生まれないだろう。

メイショウドトウ、タイキシャトル、タイキフォーチュンを受け入れた際に縁があったイーストスタッドの運営母体のジャパンレースホースエージェンシーから申し出があり、どうしてもフォスターペアレントを集め辛い馬達を支え、そしてナイスネイチャ達を継いで引退馬協会の広報を担う役目を期待されての受け入れだ。
現に、彼ら2頭は追加分を含めたフォスターペアレントが全口申し込み済みとなっており、他の引退馬達を助けるスターホースとして協会を牽引している。

他にもGⅠ勝利馬ダノンシャークの受け入れなども決まる中、当のナイスネイチャは無病息災……とはいかないが、無事に34歳の誕生日を迎えられそう、という段階になった。
人間換算でいえばもう100歳程の年齢だ。また誕生日を祝える喜びと同時に、私には2つの懸念点があった。

一つが、まだ前年のドネーションを使い切っていない事。引退馬の受け入れはただお金があればいいというものではなく、馬の健康状態や受け入れ先の環境、今後の見通しなども含めて慎重に進める必要がある。
想定外に集まった3000万円を超える寄付金を、たったの1年足らずの期間で運用しきれる筈もなかった。
だから「今年はバースデードネーションを行いません」という事になるとすれば、それだけの寄付が集まった事が嬉しい反面少し寂しくもあった。

実際、誕生日当日になってみれば寄付金の用途を「サポートホースのリトレーニング費用」として34歳のバースデードネーションが行われる事になり一安心した。
リトレーニングとは、引退馬を乗馬等の仕事につけるよう馴致(ここでは人を乗せる事に慣れさせる事)を行う事で、いわば「速く走る為」に生きてきた競走馬に「人と生きる為」の訓練をさせる事。乗馬であれば繋養牧場とはまた違う受け入れ先も作れる為、以前から引退馬協会がフォスターホースと同時に行っていた活動の一つだ。

もう一つの懸念は、集まる寄付額に関してだった。
金銭の額面、それも善意の寄付に関する大小を気にするというのが下衆な視点であり、あまりに下品な感性である事は重々承知ではあるが、どうしても脳裏にちらついてしまっていた。
「33歳」というのはナイスネイチャにとってメモリアルな数字であり、その歳を祝うドネーションは一種のお祭り的なイベントだった。
そして去年の盛り上がりを支えたであろう「ウマ娘」は、多くの人口と知名度を抱え、超メジャーコンテンツとして定着していたものの、ブームには一定の落ち着きを見せていた。
オタク文化のブームは刹那的な流行に乗っかる層がボリュームゾーンとも言える為、去年支援した人達の関心がもう別のものに移っているのでは、と邪推していた。

言い訳がましいが、一度でも「寄付」という対価のない奉仕を施す事それ自体が素晴らしい事であり、それで多くの引退馬を助けている。
私が不安だと言ってるのは「急に目に見える数字ががくっと減ったら関係者ががっかりしないかな」という本当に「要らん心配」である。余計なお世話もいい所だ。

そして、実際の34歳のバースデードネーションでは54,127,293円が集まった。

1桁打ち間違えたかな。


34歳のバースデードネーションページ(https://syncable.biz/campaign/2506)より

合ってるな。

勝手な心配など杞憂に過ぎなかった。寄付への参加者は減るどころか更に数を増やし、ナイスネイチャの名の下に、引退馬支援に賛同する人達の熱意は未だ燃え続けていた。

こうして、爆発的に人を集めた33歳時を更に上回る規模となった34歳のバースデードネーションの募集期間が終わった。
リトレーニングには慎重な経過観察と訓練期間が必要な為、湯水のようにお金を使えばポンポンと引退馬の余生が定まるというものでもない。じっくりと、時間をかけて活用されていくだろう。

寄付を送った者達の願いは2つ。
一つは今後、リトレーニングによってより多くの引退馬に新たな馬生が繋がっていく事。
もう一つは他ならぬナイスネイチャの息災。

「引退した馬の余生」として今なお語り継がれる数奇な生涯を送り、引退馬協会のフォスターホースに在籍していたキョウエイボーガンは、2022年の年明けを迎えたその日に、33歳で息を引き取った。
同じくフォスターホースで、メイショウドトウと共に過ごしながら引退馬協会とフォスターホースを牽引したタイキシャトルも、同年8月に28歳で亡くなった。
引退馬協会のフォスターホースではないが、30歳を超えてもなお健脚と馬体を誇っていたウイニングチケットも、2023年2月に亡くなる。

ただでさえ、サラブレッドはある日突然お別れを迎える生き物だ。20代後半の、おおよその「平均寿命」を超えた高齢馬であれば尚更。
ナイスネイチャの34歳という年齢は、存命馬では勿論、歴代の重賞勝利馬としても上から指折りで数えられる程の高齢だ。
36歳まで生きた母のウラカワミユキの血を継いでいるだけあり、相棒のメテオシャワーと共にまだまだ元気そうな姿を拝ませてはもらっていた。
が、噛みちぎった牧草を飲み込めなかったり、目の怪我が中々治らなかったり、起き上がるのに苦労している姿に、逃れ得ぬものが迫って来ているのを感じずにはいられなかった。

正直に言えば、34歳のバースデードネーションに寄付を送った際、
「これが最後かもしれない」
そう思っていた。「ずっとずっと長生きしてね」と無邪気に願うには、引退馬の、サラブレッドの命はあまりにシビア過ぎるから、ナイスネイチャの近況が届く度に、今日生きている事に感謝し、明日もそうである事を願う、そんな日々を送る他なかった。


35歳のバースデードネーションページ(https://syncable.biz/campaign/4368)より

だから、ナイスネイチャの35歳のバースデードネーションが立ち上げられた時、その日を迎えられた事が本当に嬉しかった。
今回の使用用途は新たなフォスターホースを迎え入れる為のもの、その対象は通常の「JRA重賞馬」から「地方競馬の重賞」に広がった。

ただ、本当に言葉を選ばずに言えば「もうなんでもいいからドネーションでナイスネイチャの誕生日を祝わせてくれ」という気持ちでいっぱいだった。
(無論、これまでの活動と、バースデードネーションで集まった寄付金の運用が明朗であるという、引退馬協会への信頼が前提にあるが)
思いを同じくしていた支援者が多かったのか、ドネーションのページが公開された直後など若干ページが繋がりにくくなる程のアクセスがあり、これが本当に寄付を募集するイベントなのかと目を疑う盛り上がりすらあった。

そして同時期に公開された企画が、
『35歳おめでとう!ナイスネイチャ写真集』だ。

「ナイスネイチャとともに生きる」――そんな想いから、あたたかく見守られているファンの方もたくさんおられることと思います。
引退馬協会では、ナイスネイチャの「いま」を伝える写真集を制作いたしました。 ナイスネイチャの35歳を祝い、これからも一緒に歩んでいきたいというファンのみなさまに向けての、特別な写真集です。

最近の写真を中心に、よき相棒であるメテオシャワーとのくらし、産駒ナイスゴールド他渡辺牧場様で繋養されている仲間たちの様子も取り入れて、生き生きと生活する引退馬たちの日常をフルカラーでお届けいたします。 また、フォスターホースとしてともにくらし、よき仲間であったセントミサイル、母ウラカワミユキ他の写真も、ナイスネイチャの「いま」につなげて構成。ナイスネイチャの「バースデードネーション」によって新たな生活をはじめた馬たち(フォスターホース、再就職支援プログラム受講生)も紹介しています。

引退馬協会 『35歳おめでとう!ナイスネイチャ写真集』発刊のお知らせ よりhttps://rha.or.jp/topics/20230508_nicenature_book.html

(勿論買った)

競走馬の写真集自体は珍しいものではない。
近年でいえば世界最強と称されるイクイノックスであったり、稀代のアイドルホースであるソダシやメイケイエールやメロディーレーンであったり。
ただそれらは現役時代やそれ以前の写真にスポットを当てたもので、現役を引退して文字通り数十年経った引退馬の写真集が出る事は異例だろう。

そんなナイスネイチャの写真集が発売され、一時は入手困難が続いて増販が決まったり、それに続くようにメイショウドトウが牧場猫のメトと共に写真集になるなど、引退馬の支援活動、そして「引退馬」という存在自体への注目度が確実に上昇し続けている裏付けといえるだろう。

引退馬の支援に関しては引退馬協会以外にも潮流が来ており、特に大きく衆目を集めたのは「Yogiboヴェルサイユリゾートファーム」のアドマイヤジャパンがYogiboのクッションに横になる動画だろうか。

https://www.youtube.com/watch?v=mkw6-gjhr1M

CMにも採用され、「ディープインパクトとしのぎを削った同期」から「Yogiboの馬」に認知を広げて観光客を増やす等、乗馬や寄付だけでなく「観光資源」として引退馬を活用する同牧場の在り方も注目されている。
(元からノーザンホースパークやAERUといった施設もあったり、ヴェルサイユリゾートファームもドネーションの募集は行っていたり、そもそもアドマイヤジャパンは乗馬である、という前提はある)

引退馬の支援に関して確かな追い風を感じる中、2023年5月30日、ナイスネイチャは亡くなった。

最期は生まれ故郷の浦河渡辺牧場の放牧地、青々と茂る牧草と青空の下、長年連れ添った相棒のメテオシャワーに看取られるように旅立った。
5月15日にバースデードネーションが締め切られ、写真集発売も5月16日に発売されてみんなの手元に届いた頃。一区切りついて、振り返ればこれらが純粋な「おめでとう」の気持ちで盛り上がれた事は、ナイスネイチャがこの日まで頑張ってくれたおかげであり、最期まで広報部長としての職務を全うした天晴な生き様と、今際の闘病の日々も含めて「お疲れ様でした」という言葉を送りたい。


ナイスネイチャが最後のバースデードネーションで集めた金額は74,022,066円。33歳から35歳までの3年間で163,979,089円、それ以前も含めれば167,706,077円にもなる。(寄付サイトでの額面。手数料が引かれる前の金額)

ファンからは「引退してから獲得賞金がGⅠ分増えた」とも表現され、この寄付金によって、バースデードネーション経由でフォスターホースやサポートホースとして協会が迎え入れる事の出来た引退馬は格段に増えた。
残念ながら受け入れ直後に亡くなった馬もいるが、多くの引退馬が余生を過ごす住まいを、新たな生活の為の日々を、あるいは協会を牽引し他の引退馬の余生の助けとなる役割を得た。

そんな33歳のバースデードネーションから始まったある種の熱狂からしばらくして、新たなフォスターホースであるマリーンウィナーの受け入れと、受け入れ頭数が残り2頭となる告知があった。
当初の予定だった2頭の枠は、ストレッチゴールの3頭、そしてバースデードネーション終了、プール金の一部を開放しての追加を含めた23頭まで広がった。
こうして多くの命を繋ぎ止める資金となり、その命の保証となるプール金と数多の支援者を生み出して、ナイスネイチャの33歳のバースデードネーションは間もなく役目を終えようとしている。

……そう。「33歳の」バースデードネーションが。


33歳、34歳、35歳の時にそれぞれ開催されたバースデードネーションは、それぞれが別の目的での開催の為、会計は別個に処理され、それぞれが同時進行している。
バースデードネーションへの参加者には逐一活動報告が届く為、三年分全てに寄付した者にはそれらが入り乱れて到着する。

活動報告で届くメール。間違い探しか?


到着するメールのタイトルや見出しをよく読まないと
「これいつのドネーションの活動報告だ?」と混乱する程だ。
この活動のうち、2021年に集めた33歳時の募集がようやく締め切られそう、という段階になっただけであり、34歳と35歳のそれは締め切りの兆しすら見えていない。
人手や牧場のキャパシティ不足により、引退馬の諸々は金さえあれば即座に解決する訳ではない、という現実の裏返しでもあるが、それほどナイスネイチャが集めた寄付金が莫大という事だ。

彼が遺したのは金額だけではない。

記事の中程、プール金を開放した理由に「嬉しい誤算」があったと書いた。
引退馬協会の誤算とは、想定を超えた継続寄付の多さとフォスターペアレントの増加。
バースデードネーションを終えた後にも継続的な寄付を行う支援者の存在が大きく、実はバースデードネーションで受け取った寄付金はサイトで表示されるそれよりも更に増えている。
また、安定的に余生を支えるフォスターペアレントが早く、多く定着した事で、懸念されていた「フォスターペアレントの伸び悩みによる将来の預託料不足」が解消され、追加で受け入れ可能な体制が整った。

33歳のドネーションで受け入れられたディープスカイとメイショウサムソンなどは、既に支援者多数で募集が満了しており、追加で口数を開放してもあっという間に上限に到達した程で、早速他のフォスターホースを支える引退馬協会の大黒柱となっている。

ナイスネイチャが遺したのは、彼の名の下に集った「善意」だ。

間もなく、引退馬協会と私達は、ナイスネイチャが亡くなってから初めての春を迎えようとしている。
去年までは、バースデードネーションの募集がナイスネイチャの誕生日当日の4月16日に始まっていた。

今年もバースデードネーションは催されるだろうか。そうだとして、タイトルを背負うのは誰になるだろうか。
フォスターホースでナイスネイチャの息子であるナイスゴールドが後を継ぐだろうか。牧場猫のメトと共に、今なお人気と知名度を伸ばし続けるメイショウドトウだろうか。あるいはバースデードネーションをきっかけに参加し、将来の広報を担うディープスカイやメイショウサムソンだろうか。

開催の有無を含め、いずれにせよ確かに言えるのは、「ナイスネイチャのバースデードネーション」はまだ終わっていないという事だ。


まず一つ、遺したものがあまりに膨大だ。
集まった金額は数年やそこらで使い切るような代物ではなく、今後も新たな引退馬を迎え入れ、不測の事態に備える冗長性を確保しながら支援は続いていく。
命を預かる活動が故に「頑張ったけどお金がなくなったので諦めます」と投げ出す事はできないが、命が関わるが故に予測できない部分も多いのも事実。
飼料の高騰や「すわ一大事」に対応出来る余力を残して支援出来るのは、組織の安定感にも、関係者の安心感にも繋がる。

そしてもう一つ。ナイスネイチャのバースデードネーションは引退馬支援の「これから」を紡いだ。

バースデードネーションは「お金を集めること」がゴールではない。「引退馬の余生をより良くする事」が目標で、寄付を集めるのは通過点でありスタート地点でもある。
スタートという点では引退馬支援の歴史の中でも類を見ない規模のロケットスタートとなっただろう。だが、それで終わりではない。
バースデードネーションを起点とした継続的な寄付、そしてフォスターペアレントの増加。
引退馬協会の想定をも超えた支援の定着の背景には、潜在的に「レースを退いた馬の余生を見過ごせない」というファンの深層意識があった筈だ。それを「どうしたいか」を顕現させ、「どうしたらいいか」を指し示すロードストーンとして、ナイスネイチャのバースデードネーションが我々の行くべき道を導いた。

バースデードネーションの目的が、引退馬協会の理念が「引退馬に穏やかな余生を」なのならば、寄付金によって迎え入れた最後の1頭が天寿を全うするまでバースデードネーションは真のゴールを迎えないとも言える。

引退馬協会の活動に共鳴した同志と、支え続けるという意志。私達はその「ゴール」の時まで、どの道を歩めばいいかを知ることができた。新たに合流し、あるいは道半ばまででも並んで進む人々と共に、この道が最後まで続いていると信じながら歩む事が出来る。


引退馬協会HP「想い出の中のフォスターホースたち」
ナイスネイチャページより(https://rha.or.jp/f/nice_nature.html

ナイスネイチャはもういない。
それでも、ナイスネイチャが遺した途方も無い善意と、我々に指し示した「これから」が、きっとこれからも引退馬を救って、彼の名前を語り継いでいく。


でも
やっぱりちょっと寂しいな

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