ベルサイユへ行きました。④

干しイモと餃子の苦い思い出

 同居していた頃、エリと私はすれ違いが多かった。仕事柄、家に居る時間が異なる上に、オフ日も、遊び好きのエリは合コン、ドライブ、ゴルフ、と留守にしがちだった。
 だが、あるとき、エリも私も予定がないという日があった。朝、二人でコーヒーを飲みながら、「こういうカラッとした秋晴れの日は、実家では干し芋を作るんだよね」と話した。芋系が大好きなエリは、食べてみた~い、とうっとり顔となり、少し考えに耽ったあと、
「ねえ、今日行ってみない?」
 と突拍子もないことを言い出した。
「私、栃木県って、実は行ったことがないかも。宇都宮って、前から素敵な地名だと思っていたのよ」
 はじめは突然の提案に躊躇した。だが、しばらく実家に顔を見せていなかったこともあって、数分後には、「いいよ、何にもないところだけど」と、エリを案内することに決めた。
 宇都宮に行くのなら、エリを実家に招くべきだ。ただ、私の母は不測なことが嫌いな人。突然娘が友人を連れて家に帰ったらさぞかし慌てることだろう。そう思い、家を出る前に電話を入れた。留守電だったが、母は滅多に外出しない。当時は、変な「勧誘の電話が多いから出たくない、用があったら留守電に入れておいて」と言われていた。なので、きっといつものように、側でこのメッセージを聞いているに違いない、と思っていた。
 
 だが、「ただいま」とドアを開けた時の母の驚いた顔。母は私のメッセージを聞いていなかった。
 家の中は片付いていたし、そんなに慌てる必要はない。だが、母は予定外のことに驚いてしまったようで、「まあ、どうしましょう」と繰り返し、おろおろした。そんな様子にエリもすっかり恐縮して、
「突然押しかけて申し訳ございません」
 と小さくなっていた。私が干し芋について聞くと、
「なに言ってるの、そんなものありませんよ。あるわけないじゃない。前もって言ってくれないと」
 と母はいきり立ち、エリの前だというのに「大体あなたはね」と、説教が始まった。私が「一泊しようかと思っているんだけど」、と言うと、
「えっ、ダメダメ。そんなのダメ。突然そういうの、何だかだらしないわ」
と拒否され、やがて追い立てられるように家を出た。

 駅までの道々、なんと言ってよいのか戸惑っている私に、エリは、
「ようちゃん、ご実家に『外泊』するのも『だらしない』って言われちゃったね。彼氏とお泊まりなんて、絶対無理ね」
と笑った。
「悪いことしたね。干し芋も貰えなかった」
と謝ると、エリは、
「いいよ、そんなの。それよりこちらこそごめんね」
 と微笑み、この日の遠出は笑い話に終わった。

「あの時も、突然二人でプチ旅行することになったのよね。楽しかったなぁ。帰りに宇都宮駅で食べた餃子も忘れられないわ」
 と満更でもない顔でエリは言った。エリはきっと母のことなど記憶にないのだろう。エリのような人は、楽しいことだけ保存し、そうでないデータはどんどん消去して身軽に生きているのだと思う。

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