雨の音で聞こえない

①横田家・外観(夜)
   川沿いの民家。

②同・亜李の部屋(夜)
   横田亜李(14)、パジャマ姿で、ベッドに入る。
   掛け布団を少し上げ、トントンと叩き、
亜李「みーこ、おいで」
みーこ「にゃあ」
   古びた首輪をつけたみーこ、毛づくろいをする。
亜李「あれ、入んないの?」
   みーこ、毛づくろいを辞め、亜李の布団に入る。
   亜李、すうすうと寝息を立てて寝る。
   みーこ、ベッドから出て部屋を出る。

③同・リビング(朝)
   横田順子(42)が朝食を出している。
   亜李、制服姿でみーこを探している。
亜李「みーこ、どこー?」
順子「亜李」
亜李「ねえ、みーこどこなの?」
順子「(強めに)亜李」
亜李「みーこ」
   順子、机を叩き、
順子「亜李! 遅刻するじゃない! 早く食べなさい!」
亜李「でも、だって、みーこが」
順子「ちょっとどこか行ってるんでしょ。そのうち帰ってくるわよ。朝ごはん食べて学校に行きなさい。それから今日は遅くなるから。いいわね?」
亜李「…はーい」
   亜李、しぶしぶ椅子に座り、朝食を食べはじめる。

④白橋中学校・外観
   橋のそばにある中学校。
   少し雨が降っている。

⑤同・廊下
   亜李、教科書を抱え、友人と歩いている。
   友人、亜李に話しかけるが、亜李はぼーっとしている。
友人「それでぇ、ってねぇ亜李聞いてる?」
亜李「…え? あ、ごめんごめん」
   女子生徒2人とすれ違う。
女子生徒A「神社で願い事を叫ぶと効くって話知ってる?」
女子生徒B「知ってる! それで美和は成績よくなったんだって!」
   亜李、窓の外を見て、
亜李「ごめん、先生に適当言っといて!」
友人「え、ちょっと? 亜李?」
   亜李、教科書を友人に渡し、振り向かずに走り出す。

⑥白橋神社・境内
   白橋中学校の隣にある、小さくてぼろい神社。少し雨が降っている。
   亜李、傘もささずに参道の階段から拝殿まで駆け上がってくる。
   亜李、息切れした呼吸を整えて、
亜李「(叫んで)みーこどこに行ったのか教えてくださーい!」
   有李、叫び続ける。
亜李「やっぱだめか…」
   亜李、うなだれる。
   社務所から白橋浩太(39)が傘を差し、タオルを持って出てくる。
   ぼさぼさの長髪にボロボロの服。
白橋「おいガキ、うるせぇぞ」
亜李「…あんただれ?」
白橋「俺はここの神主だけど、あんたこそなんなんだ」
亜李「ふぅん、おじさん神主さんっぽくないね」
白橋「はぁ!? 俺はおじさんじゃねぇし! ガキは学校の時間だろ、ほら帰れ帰れ」
   白橋、タオルを亜李に投げつけ、手をヒラヒラさせる。
亜李「ね、ね! おじさんお願い! みーこを探すの手伝って! ね!」
   亜李、白橋の手を掴み、揺らす。
白橋「あー、もうわかった、濡れるだろ、こっちこい」
   白橋、社務所に戻り、傘を亜李に差し出す。

⑦公園
   少し雨が降っている。
   亜李と白橋、屋根つきの休憩所で立っている。
白橋「おい、なんで最初に探すのがここなんだ?」
亜李「よく散歩でここに来てたんだ」
白橋「え? 雨の音で聞こえねぇよ」
亜李「だーかーら、みーことよく散歩に来てたの!」
   亜李、嬉し気に話す。
白橋「え、猫が? 変な猫だなぁ」
亜李「あのブランコとか好きだったな」
   亜李、傘もささず、みーこを探す。
白橋「おい、こら、傘ぐらいさせって」
   白橋、亜李を追いかける。

⑧路地裏
   井戸があり、高い塀が続いている。
   亜李と白橋、みーこを探している。
白橋「こんなところにも来てたのかよ」
亜李「うん! 井戸の縁とか塀の上でよくお昼寝してたよー」
   亜李、井戸の中を覗き込む。
白橋「さすがに井戸の中はいないだろ」
亜李「うーん、じゃあ次はあっち!」
   亜李、駆け出す。
白橋「あ、待て、こら」
   白橋、亜李を追いかける。

⑨橋(夕)
   強い雨が降っている。
   亜李と白橋、傘を差して歩いている。
   亜李、焦り、あちこち探しまわる。
白橋「おい、落ち着け」
亜李「(叫んで)みーこ!」
白橋「おい、落ち着けって!」
   白橋、亜李の肩を掴む。
亜李「だって…」
   亜李、顔がこわばり、体が震える。
白橋「あ、そうだ、なぁ、飼い猫っていくつなんだ?」
亜李「言わなかったっけ? 15だよ」
   亜李、少しはにかんで話す。
白橋「ふーん、結構年いってんだな。ん? 待てよ…」
   白橋、腕組みする。
   亜李、白い欄干の付け根を指さし、
亜李「あー!!」
   亜李、欄干に駆け寄り、首輪を拾い、
亜李「みーこの首輪だ!! この近くにいるのかな!?」
   亜李、目をきらきらさせ、小刻みにジャンプする。
白橋「おい、それって…」
   白橋の顔が曇る。

⑩橋の下・川辺(夜)
   雨が強く降っている。
   亜李、泣きながら、膝立ちでみーこの体を抱きしめている。
   みーこ、ピクリとも動かない。
   白橋、亜李の後ろで立ちながら、
白橋「寿命が近づいた猫はな」
亜李「…うん」
白橋「大好きな飼い主の目に触れないところに行くってよく言うんだ」
亜李「…うん、うん」
白橋「見られたくないんだってな、自分が死ぬところを」
亜李「…うん、うん、うん…!」
   白橋、亜李の頭をなでる。
白橋「みーこも今ごろ感謝してるさ、大好きだった、あんたにな」
亜李「うわーん!!」
   雨が強く降っている。
   ×  ×  ×
   亜李、泣き止み、袖で涙をぬぐう。
白橋「落ち着いたか?」
亜李「……うん」
白橋「そっか。これからどうすんだ?」
亜李「……家に連れて帰って、庭に埋めてあげる」
白橋「…そうだな、その方がいい。送る」
   亜李、両腕でみーこを抱え、立ち上がる。
   白橋、亜李を傘の中に入れて歩き出す。

⑪横田家・玄関(夜)
   亜李と白橋、向かい合っている。
   そばにはみーこの墓。
亜李「…ありがとう」
白橋「おう。じゃあな」
   白橋、亜李の頭をポンとなで、傘を差し去っていく。
   白橋が小さくなったくらいで、
亜李「(ぼそっと)ありがとう」
   白橋、片手をあげてヒラヒラさせて、道を曲がる。
   亜李、涙目で笑う。

⑫白橋神社・境内
   晴れている。
   亜李、拝殿の前で叫ぼうとする。
   白橋、社務所から出てきて、
白橋「おい! またお前か、くそガキ」
亜李「だってここで傘ささないで叫べば助けてくれるんでしょ、見かねて」
   亜李、けらけら笑っている。
   白橋、深いため息をついて、
白橋「今度はなんなんだ」
亜李「今日はねぇ」

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