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心拍数と運動強度について

よく「脂肪を燃焼させるためには最大心拍数の60%の心拍数で運動すれば良い」などと耳にするように、心拍数は運動強度を示す指標として用いられています。

そこで今回は心拍数と運動強度について解説致します。

●酸素摂取量について
心拍数と運動強度の関係について理解するためには酸素摂取量について理解する必要があります。そこでまず、酸素摂取量とは何かについて説明していきましょう。

私たちが運動のみならず全ての生命活動を行なう上では骨格筋が収縮する(筋肉を動かす)必要があります。骨格筋が収縮する(筋肉を動かす)ためにはATP(アデノシン3リン酸)ADP(アデノシン2リン酸)Pi(リン酸)に分解される際に発生する化学エネルギーが必要であり、私たちの身体は常にATPの分解と産生(再合成)を繰り返しています。そして、私たちの身体にはATPを産生するためのシステムが大きく分けて2つ(無酸素的エネルギー供給機構=ATP-CP系&解糖系有酸素的エネルギー供給機構=酸化系)あり、ほとんどの運動を行なう時には酸素を使ってATPを産生する酸化系が働いています。一見すると酸化系とは無縁のような100m全力走時でさえ、酸化系によるATPの供給が全体の約17%を占めるといわれています。

従って、私たちが行なうほとんどの運動には酸素が必要であり、酸素を体内に取り込む必要性があるという訳です。

参考:エネルギー供給機構については以下の記事も参照下さい。

ところで、私たちは呼吸によって酸素を体内に取り込んでいます。呼吸によって取り込まれた酸素はまず肺で血液中のヘモグロビンと結合し、心臓の拍動によって筋肉などの各組織に送られます。筋肉などの各組織にたどり着いたヘモグロビンは、そこで酸素を離し、ATPを産生する過程で生じた二酸化炭素と結合して、肺へと戻ってきます。肺まで戻ってきたヘモグロビンは、二酸化炭素を離し再び酸素と結合し筋肉などの各組織に送られています。

このように私たちの身体の中では肺と筋肉などの各組織において酸素と二酸化炭素の交換が行なわれているのです。

安静時に心臓から送り出される血液、つまり動脈血1デシリットル中にはおよそ20ミリリットルの酸素が含まれており、筋肉などの各組織から心臓に戻ってくる血液、つまり静脈血1デシリットル中には、およそ15ミリリットルの酸素が含まれているといわれています。この動脈血に含まれる酸素量と静脈血に含まれる酸素量の差のことを動静脈酸素較差と呼んでいますが、この動静脈酸素較差は、筋肉などの各組織で取り込まれた酸素の量を表していることになります。

従って、心臓から送り出された血液の量が分かれば、全身でどれだけの酸素が取り込まれたかを把握することが出来る訳です。

この全身で取り込まれた酸素量のことを酸素摂取量と呼んでいますが、心臓から1分間に送り出される血液量のことを心拍出量と呼び心拍出量は

一回拍出量×心拍数

という式で表すことが出来ますので酸素摂取量は

一回拍出量×心拍数×動静脈酸素較差

という式で表すことが出来ます。

運動が激しくなれば激しくなるほど多くのATPが必要となり、より多くの酸素が必要となることから、その運動中の酸素摂取量は増加しますが、酸素摂取量には各個人に限界点があります。この酸素摂取量の最大限界のことを最大酸素摂取量と呼んでいます。

●最大酸素摂取量
最大酸素摂取量は、各個人が体内に取り込むことが出来る酸素量の最大限界のことです。

酸素摂取量は、一回拍出量、心拍数、動静脈酸素較差から求めることからも分かるように、最大酸素摂取量は、心臓の機能や筋肉の機能によって決定されるといえます。いい換えると、心臓や筋肉の機能が優れている人の方が最大酸素摂取量が高い値を示すということです。特に心拍出量が最大酸素摂取量を決定する要因であり、持久系能力に優れている人ほど心拍出量も大きいことが知られています。

このような背景から、最大酸素摂取量は持久系能力の評価を行なうための指標として用いられ、最大酸素摂取量は個人の持つ持久力の限界点=最大持久力であるともいえることから最大酸素摂取量が運動強度を決定するための基準として用いられています。すなわち、最大酸素摂取量を基準にその何%に相当する運動強度であるかを設定・評価し効率の良い持久系トレーニングが実行できるようにしているという訳です。

しかしながら、最大酸素摂取量は研究機関等で専用の機器を用いて測定しなければならないため誰もが簡単に測定することは出来ません。そこで、心拍数と酸素摂取量の関係を利用して心拍数によって運動強度の設定・評価を行うのです。

●心拍数と酸素摂取量の関係
酸素摂取量は、一回拍出量×心拍数×動静脈酸素較差という式で表されることは既に述べました。

この時、一回拍出量は運動開始と共に上昇しますが、運動中ある一定の量で落着くことが知られています。また、動静脈酸素較差についても、個人の中である一定範囲内に留まるといわれています(もちろん、どちらも持久系トレーニングによっては向上します。)。従って、運動(強度)に対して一番敏感な反応を示すのは心拍数であることが知られています。

実際に、徐々に運動強度を増加させていくような運動を行なっている時の心拍数と酸素摂取量との間には比例関係がみられます。そして、徐々に運動強度を増加させていくような運動を行なう時には、運動強度の増加に伴い心拍数は上昇し最高心拍数に達します。最高心拍数に達するような最大強度付近まで運動強度が増加すると心拍数は上昇するのにも関わらず、酸素摂取量はそれ以上増加しない現象がみられることもありますが(すなわち、この時の値が最大酸素摂取量です)、最大強度以下の運動強度であれば心拍数と酸素摂取量は直線関係を保って増加するのです。

この直線比例関係は、最大酸素摂取量に対する相対値と最高心拍数に対する相対値はほぼ等しい関係にあるということを示していますが、実際には安静状態から最大に至るまでの変動範囲に対する相対値がほぼ等しい関係にあるとされています。

このような生理学的背景を利用して、最大酸素摂取量の何%強度に相当する運動であるかを心拍数を用いて設定・評価する訳です。

●心拍数を利用した運動強度の設定
心拍数を用いて運動強度を設定・評価できる背景については理解できたと思いますので、具体的な設定・評価方法について触れていきたいと思います。

運動強度の指標となる最大酸素摂取量に対する相対値=%VO2maxを心拍数を用いて設定するためには、安静状態から最大状態に至るまでの変動範囲=予備能(予備心拍数= Heart Rate Reserve:HRR)を考慮することが重要になります。

私たち人間は当然、安静時にも心臓が拍動し筋肉などの各組織に酸素を供給していますので、安静状態から最大状態に至るまでの変動範囲=予備心拍数を考慮しないと過大評価(過大な運動強度設定)に陥る可能性があるとされているからです。

実際に、最大酸素摂取量に対する相対値(%VO2max)と予備心拍数に対する相対値(%HRR)は等しいことが明らかにされています。

これらのことから心拍数を用いて運動強度を設定・評価するには、まず安静時の心拍数(安静時心拍数)と最大心拍数を把握し予備心拍数を求めなければなりません。安静時心拍数ならびに最大心拍数ともに厳密(正確)に測定するにこしたことはないのですが、なかなか難しいというのも事実です。可能であれば、安静時心拍数は30分間の座位安静を保った後に測定したものを、最大心拍数は最大限の運動を行なった時に得られたものを利用するようにします。最大心拍数については220−年齢という簡便式で求めても問題はありませんが、個人差があり、この式によって得られた値が必ずしも本人の最大心拍数であるとは限らないということを認識しておいて下さい。

予備心拍数=最大心拍数(220-年齢)-安静時心拍数

例:年齢30歳、安静時心拍数60拍/分の人の予備心拍数

(220-30)-60=130

予備心拍数を求めた後に以下の式を用いてターゲットとする運動強度(%VO2max)の心拍数(目標心拍数)を求めます。

予備心拍数(最大心拍数−安静時心拍数)×目標運動強度(%)+安静時心拍数

*この式によって目標心拍数を求める方法をカルボーネン法と呼んでいます。

上記の例を参考に目標運動強度を60%VO2maxに設定し、その目標心拍数を求める場合は以下の通りとなります。

130(予備心拍数)×0.6(60%)+60 = 138拍/分

しかしながら、心拍数は、さまざまな影響を受けて変動することが知られていますので、あくまでも推定値であるということを十分に認識することが重要です。

●心拍数を利用した運動強度の設定と持久系トレーニングの目的
持久系トレーニングの目的は、持久力の向上、いい換えれば有酸素能力の向上であるといえますが、有酸素能力は、いくつかの要素(最大酸素摂取量、乳酸性作業閾値、骨格筋の酸化能力、等)によって構築されています。

従って、有酸素能力を向上させるためには、それぞれの要素を改善、向上させることが重要になる訳ですが、ただ闇雲に持久系トレーニングを行なっているだけでは、それぞれの要素を効率的かつ効果的に改善、向上させることは出来ないといえます。

なぜなら、運動強度によって改善、向上する要素が異なる、いい換えると、それぞれターゲットとすべき運動強度が異なるからなのですが、例えば、低強度の持久的運動では骨格筋の脂質酸化能力の改善、向上は期待出来るものの、最大酸素摂取量の向上は期待出来ないといえるのです。

従って、最大酸素摂取量の向上を目指す場合には、高強度の持久的運動が必要となり、結論をいえば、有酸素能力を向上させるためには運動強度の異なる持久的運動を計画的に組み合わせて実行していく必要があるといえるのです。

ちなみにですが、持久系トレーニングを積んだ人を対象に持久系トレーニングの中断に伴う有酸素能力の低下をリサーチした先行研究では、最大酸素摂取量の低下と骨格筋の酸化能力を表す酸化系酵素活性の低下はリンクしていないことが報告されており、また、様々な運動強度の運動について骨格筋のミトコンドリア容量の増加効果について検討した先行研究では、同一条件下において70%VO2maxで90分間の持久系トレーニングは100%VO2max程度で15分間程度の持久系トレーニングの半分強程度の効果しかみられず、更に、70%VO2maxでは、30分間以上の持久系トレーニングを実施してもその効果に大きな変化がみられないことが報告されています。(すなわち、ミトコンドリア容量は運動時間より運動強度に依存的に増加するといえ、ミトコンドリア容量を増やすことを目的とする場合、低強度で長時間の運度は、ある意味無駄な労力を費やすだけであるといっても過言ではないのです。)

このことから有酸素能力を構築するそれぞれの要素は運動強度に対して特異的な生体反応、適応を示し、単純かつ単調な(例えば、一定の運動強度での)持久的運動では十分に有酸素能力を向上させることは出来ない、いい換えると有酸素能力を構築するそれぞれの要素を改善、向上させることは出来ないということが理解出来るかと思います。

従って、例えば毎回、同じ距離あるいは同じ時間、同じペース(しかも、低強度)で走っていても有酸素能力を向上させることは出来ないといっても過言ではないのです。

少し話は逸れますが、上記のような単調な(毎回、同じ距離を同じペースで走るような)トレーニングを重ねていくとトレーニング効果が出ないばかりかオーバートレーニング(症候群)を引き起こす可能性が示されています。

参考:単調なトレーニングがもたらす弊害に関しては、こちらの記事も参照下さい。

以上のことから、有酸素能力を構築するそれぞれの要素を効率的かつ効果的に改善、向上させるためには、それぞれターゲットとすべき運動強度を設定し、その運動強度での持久的運動を確実に遂行することが重要となる訳ですが、運動強度を設定する上でフィールドでは%VO2maxを用いることは現実的に不可能であることから心拍数を用いることが有効だといえる訳です。

以下は運動強度とその運動強度での持久的運動によって改善、向上が期待される要素の関係を示す表ですが、このような関係を参考に適切なトレーニング計画を立て実行していくことが有酸素能力を向上させる上で何より重要となります。

●心拍数を用いて持久系トレーニングを実施する場合の注意点
心拍数は簡便で(ある程度)正確かつ的確に運動強度を設定・評価することが可能となる指標ですが、心拍数を用いて持久系トレーニングを実施するに際して、いくつか注意、配慮すべき点があります。

1.Cardiac Driftに関して
ペース走等の持続的な持久的運動を実施している際に、一定の運動強度(例えば、一定のペース=ランニングスピード)で運動していても運動継続に伴い徐々に心拍数が上昇していく現象がみられます。

この現象が、Cardiac drift(心拍数のドリフト)と呼ばれるものです。

ペース走等の持久的運動を実施する際には、このCardiac driftを如何に考慮するかという点が非常に重要であると考えられます。

例えば、目標心拍数を設定しペース走を実施している際、運動時間の経過に伴い心拍数が上昇(ドリフト)した場合、その心拍数が目標心拍数から外れてしまうことになるので、心拍数に基づく運動強度を厳守するならば運動の後半ではペースを落とす必要があるといえる訳ですが、この時、ペースを落とす程には身体に疲労を感じていないことがあります。

このような状況において、どのような判断を下すのか、すなわち、身体の感覚(疲労感)に基づきペースを維持するのか、心拍数に基づきペースを下げるのか、その判断、決定を下すことは非常に難しい側面(心拍数を信じるべきか?自身の感覚を信じるべきか?)があるといえます。

Cardiac driftがみられた時には、身体に疲労感を感じていなくとも心臓の拍動数は増加しているので心臓に対する負担が増大しているのは事実であるといえるでしょう。

そのような観点から考えると、心拍数に基づきペースを落とした方が適切であるといえるのかもしれませんし、あるいは、Cardiac driftを見据えて運動終了時点における心拍数が目標心拍数になるように予めペースを調節しておくことが適切であるといえるのかもしれません。

ただし、安易に、そのような判断を下す前に、このCardiac driftが何故生じるのか、その抑制は可能なのか、について簡単に整理をしていきたいと思います。

Cardiac driftが生じるのは一回拍出量の減少が原因であると考えられているのですが、一回拍出量の減少が生じるのは、運動継続に伴う発汗による体水分量の減少によって血液量が減るからであるとも考えられています。

従って、Cardiac driftを抑制するための一つの手段は運動中の十分な水分補給によって体水分量の減少を防ぐことであると考えられる訳ですが、実際に先行研究では水分摂取によってCardiac driftの抑制がみられたことも報告されています。

Cardiac driftは防ぎようのない生体反応ですが、運動中の適切な水分摂取によってCardiac driftをより少なく抑えることが可能であるといえる訳です。

そのように考えると、運動継続に伴う生体反応であるCardiac driftをより少なく抑えることが可能であるならば、身体の疲労を感じていない状況においては心拍数に合わせて(必要以上に)ペースを落とすことはないというのが個人的見解です。

なぜなら、心拍数は生体内の情報であり、心拍数を用いた運動強度の設定は生体内情報に基づく運動強度の設定であるといえますが、生体外に目を向けるとペース(例えば、ランニングスピード)も運動強度を設定する1つの指標であるともいえ、ペースはパフォーマンス指標であることを考えると生体内情報に合わせて生体外情報を考慮しておくこと、具体的にいえば心拍数とペースとの関係を考慮した運動強度の設定・評価が重要ではないかと考えるからです。

生体外情報であるペースに頼っているだけでは、実際の運動強度を把握することは不可能であるといえますし、一方で、生体内情報である心拍数だけに頼っていては、実際のパフォーマンスを把握、評価することは不可能であるといっても過言ではありません。

持久系トレーニングの目的が、単なる減量であったり、健康維持・増進の場合は、心拍数を利用して運動強度を設定し、心拍数だけを手掛かりに運動を実行することが重要であるといえますが、その目的が競技力向上である場合、パフォーマンス指標となるペース(ランニングスピード)の把握、評価は不可欠であり、そのペースを維持することも重要であるといえることから、Cardiac driftが生じている状況でもペースが維持出来るのであればペースを落とす必要はないといえるでしょう。

また、上述した通り、Cardiac driftは運動継続に伴う発汗による体水分量の減少等が影響していることを踏まえて考えれば、動作効率が関係していることが推察され、トレーニング効果として同一運動強度における運動中の動作効率が改善されれば、同一運動強度における運動中のエネルギー消費に伴う熱産生が減少し発汗量が少なくなり結果としてCardiac driftが抑制されると考えられます。

従って、持久的運動時の心拍数とペースを把握しておくことによって、トレーニング効果を評価することが可能になるといえ、特に動作効率のを評価することが可能になるかもしれません。

2.高強度インターバルトレーニングと心拍数
心拍数は運動開始に伴いセンシティブな反応をみせるのではなく、運動開始に伴う心拍数の上昇には遅延がみられることが明らかにされています。

従って、運動開始直後の心拍数は正確に運動強度を反映している訳ではないため、特に高強度で間欠的かつ短時間の運動を行う際の運動強度を心拍数によって設定・評価することは出来ないといえるのです。

例えば、上述した通り先行研究では100%VO2max程度の運動強度で15分間程度の運動が最も効率的にミトコンドリア容量を増やすことが明らかにされていますが、100%VO2max程度の強度で15分間の持続的な運動を実施することは実質的に不可能であることから、骨格筋のミトコンドリア容量を増加させることを目的とする場合はインターバルトレーニングを用いることが適切であるといえます。この時、インターバルトレーニングの運動時間の設定によっては、心拍数が運動強度を反映しているレベルに達する前に運動が終了している場合もあり、心拍数を用いて高強度インターバルトレーニングの運動強度を設定・評価することは不適切であるといえる訳です。

●まとめとして
持久系トレーニングを実施する際、その運動強度の設定・評価に心拍数を用いることは非常に有効であるといえますが、心拍数も万能ではなく様々な状況、条件において、その扱いには十分な注意、配慮が必要となることから、生体内情報である心拍数と共に、ペース、タイム、ランニングスピードといった生体外情報を活用することが重要かつ不可欠であるといっても過言ではありません。

最近では、簡便にパワーメーターを使用することが可能となり、ランニング用のパワーメーターも手に入る状況になっていますので、今後は心拍数とパワーメーターを組み合わせた運動強度の設定・評価が主流になるといえるかもしれません。


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