メガロドン悲話

島国の民の血がついに目覚め、魚が好きになった。

子供の頃は焼き魚なんてハズレのおかず代表格だったが、今ではよだれの垂れる御馳走だ。加齢による味覚の変化に加え、肉の脂を胃が処理しきれなくなりつつあるのも関係していると思う。

とにかく、今の俺はさかなくんくらい魚を愛しているし美味しくいただいている。以前は見向きもしなかったがスーパーで鮮魚が半額で売っていると絶対に購入するようになった。塩をふって焼くだけでとても美味しい。お手軽に立派なメインディッシュへと早変わり。この時期の秋刀魚なんて脂がのった美しいものがたった100円で買える。硬貨一枚の満足度ではない。火を通すだけで何年も修行した一流シェフが作る料理に引けを取らぬ極上のおかずが完成する。とんでもないコストパフォーマンスだ。もっと早くに気付くべきだった、秋刀魚という秋の奇跡の存在に。
そして、秋刀魚との出会いにより、「旬」というものを強く意識するようにもなった。家畜として完全に管理された肉にはない概念だ。四季の美しさを教えてくれた秋刀魚もとい全ての魚への感謝は尽きることがない。海は我らが故郷。陸に上がった愚かな子供達に今でも大切なことを教えてくれる。ありがとうマザー。

そんなこんなで魚を頻繁に買っては焼いて食っているわけだが、先日立派な半額カマスを手に入れた。尖った口に鋭い牙、強面だが焼いた白身は頬張れば上品なうまみが口いっぱいに広がる。白身魚の控えめな脂としつこすぎない味が俺は好きだ。塩焼き。手にした瞬間にカマスの運命が決まった。

塩をふって焼く。単純明快。猿でもできる簡単レシピだ。そのはずだが、人差し指にカマスの鋭い牙が深々と突き刺さる。あーー!!予想だにせぬ反撃に思わず絶叫した。死してなお己の命を奪った人間が憎いのか。だが、俺はスーパーで腐りかけのお前を半額で買ったただの貧しい中年独身男性。恨むなら大海原からお前を陸に引きずり上げた漁師を恨んでくれ。

だが待てよ。確かに直接の命を奪う原因となったのは漁師だが、実際に身を焼き食らうのは俺なわけだ。ただでさえ塩水の中にいたのに追加で塩まで振りやがって。となると恨まれるのはやはり俺なのだろうか。

いや、もっと被害者感情に寄り添え。よく考えろ。俺が手にした瞬間、もうカマスはこと切れているわけだ。実際に自分が化け物に捕らえられ殺され、その後に豚みたいな料理番の化け物に調理され食われたとしよう。恨みの矛先が行くのは命を奪った奴だ。死んだ後の体は別に何をされてもそこまで気にはならない。憎い順位をつけるなら、1位が命を奪った奴、2位が捕まえた奴、同率3位が食った奴、料理した奴になる。

つまり俺はこの場合の憎しに順位3位であり、カマスの怨念が降りかかるべき人間は他にいるのだ。実際に牙が刺さっているのは俺なわけだが。

だが、これらは結局のところ人間の道理だ。獣は完全に人間の物差しから外れた道理で生きている。こうしていくら頭をひねったところで獣の考えることなんてわかるはずもない。俺はドクタードリトルじゃないんだ。

なんだったんだこの時間は。人生の貴重な時間を使い、考えてもまったく意味がないという結論を導き出してしまった。

今夜は心を無にして秋刀魚を焼こう。秋刀魚なら刺さる牙もないので安心だ。秋刀魚が美味しく焼けたよ!さあ食べよう!!って微笑む奥さんが欲しい。

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