風に吹かれて

久しぶりに仕事が早くに終わったので、買い物がてら土手を歩くことにした。スピッツの曲を聞きながら風に吹かれていたら、小学生の頃の金管バンドクラブでスピッツを演奏したのを想い出した。演奏したのは、たしか「空も飛べるはず」と「チェリー」だったと思う。
 金管バンドクラブで思い出すのは顧問のM先生だ。彼女はとても姿勢のいい人だった。頭に紐がついていて天井からつるされているように、という表現そのまま体現したような美しい姿勢だった。お腹で響かせた声がまっすぐ体の中を通って美しい声を作っていた。ただすごくて辛口だから児童からは怖がられている存在だった。
 私はトランペットを担当していた。どのような経緯で金管バンドに入ってトランペットを担当することになったのかは覚えていない。おそらく天空の城ラピュタのパズーのラッパに憧れていたから、とかそんな理由だったと思う。トランペットのパート~は1~3の3パートに分かれていて1パートがメロディで最高学年が吹くことになっていた。
 みんなで音楽室のステレオ前に体育座りしてスピッツをきいた。チェリーのサビの「愛してる、の響きだけで強くなれる気がしたよ」を聞いたとき、恥ずかしくてどんな反応をすればよいのかわからなくなったことを覚えている。スピッツを知ったのはまさにこの時だった。
 トランペットは5~7台あった。学校のトランペットはみんなに使い古され、ぼろくて金色のメッキがはがれ、まだらに茶色く変色していた。そんな中で唯一きれいな黄金色のトランペットがあった。それはM先生の個人のトランペットだった。私はそのトランペットを使ってみたかったが、使わせてもらえず、一番うまい子が使用させてもらえていた。いつも横目でそのトランペットを使わせてもらえる児童に嫉妬していた。かたや私は楽譜もまともに読めず、楽譜にドレミを書いてもらったり、どこを演奏しているのか指さしてもらっていたくらいの音楽音痴人間だから到底使わせてもらえるはずがなかったのだ。(笑)
 スピッツを聞くと小学生の音楽室にタイムリープしてしまう。音楽室の奥の 準備室の棚からトランペットの入ったケースを取り出してくる。カパっとケースをあけると、中からケースの木材と楽器用のオイル・金属がまざったような香りがそこはかとなく漂う。
 音楽は思い出だけでなく、その時のにおいや気持ち、そのとき吹いていた風までも想い出させてくれるものである。不思議なことに、ついさっきまで忘れていた当時のことが、音楽で鮮明によみがえるのだ。

スピッツのほかにも当時の頃の気持ちまで思い出させてくれる曲がある。モンゴル800の小さな恋の歌だ。小学生の時に通っていた剣道会でよく先生の車に乗って試合に出かけた。その車中でよくこの曲を聞いていた。
その先生は当時、今の私と同じくらいの23歳で小さく男所帯の中の私にいつも気を使って遊んでくれていた。その先生が車の中で流していたのが小さな恋の歌だった。これを聴くと、一般道路をスピードを高速道路並みにだし、車に乗った先輩たちと一緒に大合唱していたこと、窓を全開にして強い風にふかれていたことを昨日のことのように思い出せるのだ。

当時の私は、はやく大人になりたいとただ思っていた。20を過ぎれば必然的に素敵な大人になれると信じ、王子様がやってきて、すべての夢は願えば叶うと思っていた。そんなわけないと分かった今、当時のことを思い出すとちょっぴり切なくなる。当時の私がなりたかった大人に私はなれているのだろうか。
今日を重ねて過去を作っていく。
今日という日を思いだす時には、何の音楽がなったときだろうか?