「米中貿易戦争の裏側」 遠藤誉

2019年の本なので情報は古いが、そのまま要約した。

第一章 乱舞する「米中露朝」

中国の戦略について2つ述べる。

1つ目が、グローバル経済を武器とする戦略だ。

グローバル経済は中国の大きな武器だ。

習近平は米中貿易戦争が始まって「世界中(特にアメリカ)に強固なサプライチェーンを形成して何か衝突があった時には、相手がその鎖から抜け出せないようにする」という戦略を確実に意識している。

例として、清華大学経済管理学院の顧問委員会がある。朱鎔基元総理が設立し、90年代、WTOに加盟するための経済貿易研究が目的であった。今、実は30以上のアメリカ大手企業のCEOがメンバーになっている。ゴールドマンサックス、JPモルガン、フェイスブックなど。言うなれば「北京にあるウォール・ストリート」だ。中国に何かあれば、このボスたちを動かせば良い。

2019年、トランプは米国企業に対し、ファーウェイへの禁輸措置をとった。しかし、公聴会に参加した320を超える米国企業はこの政策を大いに非難し、トランプは結果的に禁輸を緩和することになった。顧問委員会のボスたちが水面下で働いていた可能性は大いにあるだろう。

ちなみに禁輸緩和という結果は、ファーウェイの思惑通りでもあった。創業者の任正非は「いざとなったら孤立しないように複数の米国企業と取引をしている」と述べている。まさに、中国の戦略と同様である。

政治において、一党独裁体制をとる中国が、民主主義が構築したグローバル経済をうまく活用し牛耳ろうとしている。米中において、政治と経済が交錯している。


2つ目が、ロシアと朝鮮を味方におく戦略だ。

中露朝は、「北朝鮮が現体制を維持する」という利害で一致している。そしてそのために「段階的非核化を達成する」ことで一致している。

一方、中露朝の各首相と、トランプ大統領は個人的に仲が良いということになっている。

すると、中露朝が緊密に連携し、同じ目的で結束しているアピールは、トランプを焦らせ、大きな圧力がかかる。その証拠に2019年6月、トランプが自身の一存で初めて軍事境界線に足を踏み入れ、米朝対話を行った。これは、習近平に動かされたといっても過言ではない。


中国の戦略に及ぼす日韓関係悪化の影響について言及しておく。

2019年、輸出貿易で韓国を「ホワイト国」から除外したことは、中国の覇権に拍車をかけることになるだろう。「ホワイト国」から除外し、審査を強化することで大きな打撃を受けるのはサムスン電子やLG電子だ。すると、5Gにおいて必須特許シェアトップのファーウェイはさらにシェアを広げることになる。

また、半導体材料などの入手ルートを失った韓国は中国に頼るようになる。リスク回避のため、入手ルートの多元化や国産化を図り、今後日本に依存することはなくなるだろう。

そして2019年8月、韓国がGSOMIAを破棄したことで日米韓の安全保障上の協定が実質無効となった。韓国は、中露朝についたことを意味する。


第二章 ファーウェイを解剖する

ファーウェイは、実は一貫して中国政府と距離を置いていた。当然、政府が思い通りに動かない民間企業を疎ましく思っていたという側面があるが、任正非は意図して政府と離れた。

このことが、ファーウェイ大躍進の大きな理由である。

まず、任正非は1990年頃、朱鎔基総理(政府)から3億人民元の資金提供を断っている。

理由は、政府がバックボーンについていると自由に動けなくなるからだ。

それゆえ、ファーウェイの資金調達方法には「従業員持株制度」が定着した。従業員が資金を調達して、自社の株を有する制度である。これは従業員の働くモチベーションを高め、若い優秀な人材を引きつけた。会社が成長すれば株の価値が上がり、その収益も従業員に入ってくるからだ。

また、ファーウェイは研究開発費に収益の約13%もあてている。一般的に、3%で十分と言われている。任正非の戦略とファーウェイの強さが表れている。

ちなみに、任正非が政府から離れたのは彼の生い立ちが関係している。1944年、任正非は貧しい家庭に生まれた。文化大革命により父母は「知識人」として投獄された。その間、任正非は兵隊として難を逃れていた。その後、改革解放政策により1983年に兵隊を解雇され、任正非は南海石油集団のサービス部門に配属された。配属したのは、四川省の副省長で政治権力者の妻の父であり、妻はその企業の役員だった。また、1982年には、妻の父の権力により、共産党党大会の「代表」にも選ばれている。妻にも妻の父にも頭の上がらない日々に嫌気がさしていた。任正非は1987年、その会社を辞職して妻とも離婚し、ファーウェイを立ち上げた。「政府がバックボーンについていると自由に動けなくなる」という認識は、彼の人生で学んだことであった。


一方で、2019年に入って中国政府がファーウェイに急接近してきた。

背景は、米中対立だ。たとえ民間企業であっても、中国のトップであるファーウェイを政府側に引き寄せずにはいられなくなった。

直接的原因は、米国防報告書(第3章)。

もう一つの原因は、任正非の発言だ。ファーウェイ専属の半導体メーカーであったハイシリコンの製品を「アップルになら販売しても良い」と言ったのだ。

ファーウェイは中国の企業にさえ、ハイシリコンの半導体を売ったことがなかった。それゆえ、この発言は国民に大きく非難された。政府は、ファーウェイが海外に逃げてしまうのではないかと恐れた。

実はこの発言は、トランプに対する抗議の側面があった。

「アメリカはファーウェイのスマホは危険だと言っている。では、ファーウェイの主要な素地となっているハイシリコンの半導体をアップルが買えば、アメリカはアップル製品を危険だと言えるのか、言ってみろ。」こうした抗議の意思があった。

アップルは当時、大手半導体メーカーのクァルコムと揉めており、5G半導体の入手ができず困っているという状況だった。ファーウェイとしては、救いの手を差し伸べたという弁解もできる状況だったのだ。


第三章 米中「ハイテク覇権争い」のゆくえ

5Gをめぐるハイテク覇権に関しては、中国が握ることになる。

そして、アメリカはそれを理解している。国防総省は、米国防報告書で敗北している現状を冷静に分析した。

しかし、簡単には引き下がれない。

だからこそ、アメリカはファーウェイを狙った。実はファーウェイを狙い撃ちした本当の理由は「ファーウェイがデータを中国政府に渡している」からではない。

論理的に考えれば、ファーウェイはそもそもデータを享受することができない。ファーウェイはネットワーク・インターフェース層に属する(基地局・スマホの物理的な接続を担う)。その経路を用いて、キャリア業者(ソフトバンクなど)がデータを運搬する。運搬中は、データの中身を知ることができず、データを覗けば痕跡が残るようになっている。データを見ることができるのは、受送信を担うアプリケーション(GAFAなど)なのだ。


ではファーウェイを狙う本当の理由は何なのか。当然、このままではファーウェイが5Gの世界シェアをとってしまうからだ。

アメリカが正々堂々とファーウェイに挑めないのは2つの理由がある。

1つ目が周波数の問題だ。

中国が開発しているのはsub-6という低周波領域、日米韓が開発しているのはmmWareという高周波領域だ。

実は、周波が届く広さや柔軟性で圧倒的に低周波領域の方が優れている。従って、国際標準規格も低周波領域になると思われている。

アメリカには低周波領域を開発できない理由がある。現在政府が使用している周波数が低周波であり、既存の周波数と干渉しあって都合が悪いのだ。

2つ目がアメリカの通信事情だ。

アメリカには大手通信基地局が存在しない。直接的原因は人口密度が低いため採算が合わないことだ。したがって、通信業者が5Gの分野に興味を持たず開発も進まなかった。

一方、ファーウェイは2Gの時代から基地局を整備している。今、世界で5Gのニーズが高いエリアに踏み込んでは従来の延長線上で5G基地局の整備を進めている。コストもかからない。その差は圧倒的なものになる。

また、特許から生じるコストの事情もある。

アメリカの企業が持つ5G特許数はなかなか多い。しかしそれゆえ他の通信設備を生産する会社は特許料を支払わなければならない。一方、ファーウェイは自社で全て生産しているため、コストは大きく下がるのだ。

以上のように、アメリカに技術の遅れがあるわけではないが、5Gに対する障壁が大きく中国に遅れをとっている。


第四章 米中インタビュー合戦

2019年5月21日、任正非はインタビューでアメリカの禁輸措置に対し強気な姿勢を見せた。趣旨としては、以下のようになる。

「我々は、アメリカが、中国がハイテク分野で覇権を握るのを恐れていずれファーウェイ(中国)の規制を行うと分かっていた。だからこそ、アメリカの企業からも半導体部品を輸入し孤立を避けている。自社で全てまかなおうと思えばできる。しかし、それではいけない。私たちはアメリカの企業とともに成長するのだ。アメリカ政府は、市場経済の力、企業の力をみくびっている。」

アメリカは当然批判を続ける。しかし、アメリカの批判には説得力がない。

2つのインタビューを例に説明する。

1つ目は、同年5月23日、アメリカのポンペオ国務長官は「ファーウェイは嘘つきだ」とインタビューで述べた。ファーウェイがスパイ活動をしているという。

しかし、根拠となるものは提示しなかった。


ちなみに、よく「中国には国家情報法があるから政府の要求を聞かないわけがない」という人がいる。

しかし、国家情報法というのは本来「民主活動を行う国民をはじめ、反政府活動を行う人間を見つけたら告げ口せよ」という内容のものである。一党独裁が人民の声でひっくり返されるのを恐れた政府が発したものだ。

国家情報法は、政府が企業に言うことを聞かせる法律ではない。


2つ目は、同年6月14日、ハガティ米駐日大使は「ファーウェイは国有企業だ」とインタビューで述べた。

しかし、ファーウェイは国有企業ではない。そもそも、中国は民間企業の方が多いこともあまり知られていない。みずほ総合研究所の調査では中国企業の68.3%が民間企業である。国有企業は、エネルギーやインフラなど政府が管理しておきたい領域だけだ。そして、持株の観点では、政府はファーウェイの株を1つも所有していない。ファーウェイは国有企業でないからこそ自由に発展できたのだ。


最後に、ファーウェイ海外展開の戦略について触れておく。

ファーウェイの海外展開は、毛沢東の「農村を以て都市を包囲せよ」戦略に沿っている。ファーウェイは香港、ロシア、インド、中東・アフリカの順で海外展開を進めた。「サービスが行き届いていないが、必ずニーズが存在する地域」を攻めることで確実に普及させ、いつのまにか世界中でファーウェイが使われている状態を作ったのだ。

ちなみに、トランプの制裁により売上が落ち込むと予想されたファーウェイは、2019年上半期、23%以上売上高を伸ばした。これは前年度よりも大きい。キャリア業務と企業業務は変化がないが、スマホの売上が大きく伸びた。主な顧客は中国国内の特に若者だ。中国国民のトランプ制裁に対する反抗が表れている。


第五章 二極化する世界

トランプ時代の米中対立について、特に中国の躍進について見ていく。

まず第一章でも述べたように、中国はグローバル経済を味方につけた戦略を取っている。代表例が一帯一路構想だ。実は、胡錦濤政権が打ち出した「新シルクロード経済ベルト構想」を引き継いだものとなる。

中国はEUとアフリカを味方につけようと動いている。

まずEUに対しては、イタリアを取り込んだ。苦しい経済状況のイタリアに手を差し伸べ、中国はアドリア海に面するトリエステ港を押さえることができた。G7の一角を切り崩したことになる。

また、「ファイブアイズ」の一角であるイギリスも落とした。「ファイブアイズ」とは、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの諜報協定であり、諜報機関の盗聴情報などを相互利用・共同利用しようという取り決めである。イギリスは、「ファーウェイを排除しよう」というアメリカの呼びかけに応じず、ファーウェイとの契約を続行したのだ。その背景には、華人の大富豪、李嘉誠がいる。香港出身の彼は、香港の宗主国であるイギリスと繋がりが深く、イギリス経済に圧倒的な影響力を持っている。そんな彼が、ファーウェイの5Gシステムを200億人民元で購買契約したのだった。

またアフリカに対しても、結束を強める動きを見せている。2018年9月「中国アフリカ協力フォーラム」はアフリカ53カ国の首脳で埋め尽くされ、習近平がその場をまとめた。当時、トランプが移民(特に黒人の移民)を批判した時期でもあり、習近平を後押しする形となった。

アメリカとの貿易関係がなくなった中国経済は成り立つのだろうか。中国の主張としては「成り立つ」だ。実際、アメリカとの輸出入よりもEUとの輸出入の方が多く、それよりもさらに一帯一路53ヵ国との輸出入の方が多い。それだけでなく、中国は国内に巨大な市場を持つ。中国の4億5千万人が中間所得層である。加えて、積極的に外資の受け入れも始めている。外資から現地法人への出資比率引き上げを認め、100%の企業も許容された。

アメリカは中国ハイテク産業の成長率や開発費の伸びに危機感を抱いているのだが、まだ中国は遅れをとっている。例えばAIに関する論文引用数は、アメリカがリードしている。しかし、顔認証AIにおいては中国が世界一と言って良いだろう。監視社会であるため、監視カメラの活用度と規模は圧倒的だ。2022年までに27億台の監視カメラを設置する予定であり、1人につき2台のカメラに監視されることになる。


最後に、宇宙開発をめぐる米中対立についても述べる。

中国は、2014年「宇宙軍の創設」を唱えた。また2019年3月、月のヘリウム3を求めて、月の裏側への軟着陸に成功した。そこへ電波を届けるために、重力も斥力も働かない一点にピンポイントで通信中継衛星を打ち上げることにも成功した。アメリカは、この衛星を使わせほしいと中国に頭を下げることになった。ヘリウム3は核融合による原子力エネルギーを得られるというもので、原子力に変わるクリーンなエネルギーとして注目されており、中国は月に資源基地を作るつもりなのだ。

アメリカは、こうした動向を踏まえ、宇宙分野でも中国に覇権を取られると危機感を覚えている。その証拠に2017年、トランプは「宇宙政策大統領令」を発令している。ホワイトハウス主導で宇宙政策を進めることを目的としたものだ。


第六章 金融戦争に突入した米中貿易戦争

金融の世界でも米中対立が目立ってきている。

2019年8月、トランプは「中国からの輸入品3000億ドル相当に10%の関税を課す」と宣言した。数日前に米中貿易協議が穏やかに終わったにも関わらずだ。当然中国は批判、アメリカの言い分は不当だと主張した。

米中貿易戦争が激化するという市場の動揺により、中国人民元は1ドル=7元まで下落した。アメリカは待ってましたと言わんばかりに「中国は為替操作国だ」と主張した。目的は「モラルと法律」の上で中国の優位に立ち、それによって得た中国の利益が不当だと主張するためだ。しかし、「為替操作国」の規定に中国は当てはまらない。

たしかに中国が為替に介入しているのは事実と思われる。というのも、トランプは人民元安を嫌い、トランプのご機嫌をとるために1ドル=7元以下にはならないようにしている。しかし、アメリカも為替に介入はしているし、ほとんどの国がそうだ。「為替操作国」認定により中国の優位に立つのはなかなか難しい。

また、中国は1兆1000億ドルの米国債を持っている(世界2位)。「米国債を売り飛ばす」選択肢は、米国に大きなダメージを与えられる切り札だ。この切り札が切られたときは、米中の壮絶な持久戦になると予想される。もし、米国債を売り飛ばせば、アメリカ経済は一気に弱まる。しかし、当然そうすればアメリカは中国への関税をさらに高める。双方が大きなダメージを受けるのだ。

中国はもう1つ切り札を持っている。「レアアース」だ。レアメタルが47種類の希少金属から成っており、その中の17種類はレアアースだ。世界レアアースの生産量17万トンのうち、12万トンは中国である。そしてアメリカは、レアメタルの75%を中国から輸入している。レアメタルの対米輸出を止めれば、アメリカのハイテク製品、武器製造は大打撃を受けることになる。

実は、レアアースの埋蔵量で中国に勝る国が1つだけあるとされる。「北朝鮮」だ。それゆえ中国は、アメリカと北朝鮮の接近を避けようと動いている。中国は「レアアース・カード」を切るタイミングを見計らっている。


第七章 地殻変動と中国が抱える諸問題

東アジア情勢は、中国にとって嬉しい方向に動いている。

ここでは韓国のGSOMIA脱退について述べる。GSOMIAは、北朝鮮(や中国)の軍事動向、情報を日米韓で共有するための協定だ。

2019年7月、竹島の領空に中露が侵入し、韓国が警告射撃をした。日本は、すぐさま「うちの領土で何をしているんだ」と中露ではなく「韓国」を批判した。日韓の関係がどれほど悪いのかを知りたかった中露にとって、この反応はシナリオ通りであり喜ばしいものだった。

日韓の関係は一層悪くなった。日本に見放された韓国は、日米韓の関係性の中で「アメリカには見放されてはいけない」と米韓合同軍事演習を8月に実施した。北朝鮮は韓国を大きく非難した。韓国は一層追い込まれた。

決め手は同年8月の日中韓の外相会談だ。まず、アメリカはロシアと結んでいたINF全廃条約から正式に脱退し、韓国をはじめ東アジアにミサイル配備を予定した。同会談で当然中国は韓国に強い拒否反応を示し、韓国は「配備することはない」と中国に近づいた。そして、韓国はGSOMIAから脱退した。中露朝と隣接している韓国は、日米につくよりも中露朝についたほうがリスクは低いのかもしれない。ちなみに、文在寅は金正恩が「信用していない」と公言するほど信頼されていない。

次に、韓国が抜けた後の対中包囲網について述べる。

「米日豪印」対中包囲網がよく言われる。オーストラリアは、有志連合やポストINFなどには消極的だ。しかし、オーストラリア北部ダーウィンにアメリカの軍事基地を計画しているとの報道があった。しかもダーウィンは、中国の一帯一路の拠点として港湾施設がある場所だ。太平洋における中国の存在に対して、日米で連携をとったとみられる。一方インドは、モディ首相がプーチン大統領と仲がいいので、単純に対中包囲網として一括りにはできないと思われる。

一方、中露では軍事協力体制が進んでいる。ミサイル攻撃を探知する早期警戒システムの構築に関して、ロシアが協力しようと中国に持ちかけた。中国の国防力は一段と高くなると思われる。また、中国はミサイル開発がかなり進んでおり、世界一と言っていいところまできている。というのも、そもそもINF全廃条約に中国は調印していなかった。また国民党時代に優秀な人材がアメリカに技術を学びに留学に行っており、この6年間の進歩は凄まじい。


しかし中国も全てにおいて順調ではない。国内問題は山積みである。まず、債務問題について述べる。

そもそも、中国の債務はすべて合わせると中国GDPの303%になる。しかし、それ以上に地方債務(隠れ債務)の大きさが問題となっている。以下、時系列で述べる。

まず1978年、鄧小平は文革で荒廃した中国経済を必ず回復させると決意し、地方人民政府に互いに競争するよう自主権を与えてしまった。つまり、地方政府の投資が増えていった。1991年、ソ連が崩壊したことで社会主義に危機感を覚えた鄧小平は中国を社会主義市場経済体制へ変更した。その時「分税制改革」を行った。中央政府と地方政府で税を分けるというものだったが、大方の税収が中央政府に回った。一方、土地譲渡収入は地方政府のものとなり大きな収入源だったが、そのせいで土地の譲渡・開発が活発化し、土地が高騰して不動産バブルも引き起こした。1994年予算法の制定では地方政府に「債権を出して融資を受けることも、赤字を出すことも禁止」された。「融資プラットフォーム会社」など闇融資が横行するようになり、中央政府が取り締まった。

2019年、国家開発銀行が地方政府の隠れ債務を肩代わりする処置が初めて行われた。このままでは他の地方政府の申し出が増え、中央政府の財源を圧迫すると考えた政府は米中貿易戦争がひと段落したら「不動産税」を導入することを決めた。しかし未だ実現されていない。


中国にとって、香港台湾も大きな問題である。

香港では2019年、逃亡犯条例改正案をめぐって大規模なデモが起こり、結果的に香港政府は改正案を撤回するに至った。逃亡犯条例改正案とは、中国大陸、台湾、マカオの要請に基づいて容疑者を引き渡す条例だ。香港は従来、それらの地域と犯罪人引き渡し協定を締結していなかった。

デモが起こっている理由としてまず、1997年中国返還後も50年間「一国二制度」で高度な自治が認められているのに、同制度が事実上崩壊するのではと香港市民は懸念している。また、香港市民が中国当局の取り締まりの対象になる可能性もある。むしろ中国政府の目論見は後者で、「民主活動を行う国民を摘発する」ことが重要な目的だと思われる。

ちなみに香港の最高裁判所の裁判官17人のうち15人は外国人だ。中国返還の際、未熟な中国に対して香港は国際金融センターとしての役割が期待され、外資を呼びやすいのではないかということでイギリスのアドバイスがありこのような形になった。したがって香港の裁判官は民主的な人が多く、厳しい判決を出さないので中国政府が取り締まりたいのであろう。

台湾も状況は香港と似ている。中国政府は台湾の独立も、外交関係を持つことも認めていない。そして、香港と同様「一国二制度」を持ちかけている。アメリカは台湾に武器を売却しており中国政府は「このように台湾分裂分子が猛り狂った行動に出るならば、武力行使も辞さない」との姿勢を強めている。

2020年の総統選は再選を目指す民進党の蔡英文と、国民党の韓国瑜の一騎打ちとなる。台湾では世代間で世論が異なり、若者は独立に傾く蔡英文を、熟年層は中国との関係を重視する韓国瑜を支持する傾向にある。熟年層になればなるほどビジネスを重んじているのだろう。ちなみに総統選は、民進党の蔡英文の圧勝に終わった。台湾国民は中国政府に大きな拒否反応を示したことになる。


最後に日本について述べる。

日本はいつだって中国にとってありがたい存在であった。中国共産党が国民党に勝った時、日本は毛沢東から国民党の情報を高値で買取り国民党討伐に大きく貢献した時からずっとそうである。1989年天安門事件で西側諸国から経済制裁を受けた時も、一番最初に手を差し伸べたのは日本である。当時、天皇訪中をきっかけにアメリカなどの制裁が解除されるようになった。そして今韓国と対立したことで、日米韓の協力関係が崩れ、米中対立は中国優位となっている。

米中対立の中、注目すべきはインドだ。モディ首相は中国に毅然としているし、アメリカのシリコンバレーは中国と同じ程度に理数系人材、IT系人材に満ちていた。しかしトランプの移民政策によってその数は大きく減少した。また、アメリカは雇用ベースの永住権許可数が年間14万人という制限が設けられている。インドと中国は、国別の上限に早くも到達しており、インドに至っては14年も許可を待っている人がいるという。今後、インド(そして中国)の永住権許可を増やしていくという。

本著は日本がインドのIT人材をとれという。日本が米中対立の鍵となる。




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