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じゃがりこに対して誠実ではなかった自分を恥じた

好きなお菓子はなんですか、と聞かれて、「じゃがりこ」が選択肢に入る日本人は多いのではないでしょうか。

売られているお店によって微妙に価格が違うところ、よくわからないキリンたちがよくわからない親父ギャグを恥ずかしげもなく語ってくるところ、サラダの概念を覆す鉄板のサラダ味。どれをとっても面白く、その揺るぎない美味しさに加えて長く愛され続ける理由が詰まったお菓子です。

しかしそんな高スペックでありながら、じゃがりこはそれを私たちに押し付けず、たださりげなくお店の棚に陳列され、時には「特売」の文字と一緒に無造作にカゴに寄せ集められています。そして来るもの拒まず去る者追わずの凛とした態度で、お客さん1人1人の顔をさりげなく眺めています。その余裕のある優しさや微笑みはまるで聖母のように買い物中の私たちを包み込み、私たちが選択に悩み迷いだしたところで初めて「私もいるよ」と謙虚に立候補するのです。


言うまでもなく私も、幼い頃からじゃがりこが大好きでした。
誰が早く食べられるか選手権をしたり、CMの真似をして食べる速度を変えてみたり。もはやじゃがりこは単なる美味しいお菓子にとどまらず、エンターテイメントと化していました。じゃがりこを食べるとき、間違いなく私たちは幸せで、その約5cmのしょっぱい棒をきっかけにたくさんの会話が生まれたはずです。


ある日コンビニに行くと、そこには「さつまりこ」が売られていました。

私は衝撃を受けました。これまであまりにもじゃがりこが生活の一部になりすぎていて、じゃがりこの「じゃが」がジャガイモのじゃがであることを、ついその瞬間まで意識していなかった自分に気づいたからです。

さつまりこはサツマイモ。じゃがりこはジャガイモ。

灯台もと暗しとはまさにこのことでした。少し考えればわかることなのに、考えようともしなかった。こんなに身近にあった大好きなお菓子なのに、私は何年もの間「じゃがりこはじゃがりこでしょ?」と傲慢な態度をとり、問題意識を向けることをしなかったのです。
幼い頃から一緒だったのに。たくさん色んなことをして遊んだのに。たしかにじゃがビーとかじゃがポックルに浮気をしたこともあったし、堅揚げポテトを好きになったこともあるけど、じゃがりこは唯一無二の存在として、心の中の好きな食べ物ゾーンに特等席があったのに。

それなのに。

私は自分の不注意さやじゃがりこへの関心の薄さ、洞察力のなさ、じゃがりこに対する不誠実さに落ち込みました。私はじゃがりこを愛していると思っていたけれど、愛している「つもり」だったのです。
そして、今こそ改めてじゃがりこのことを考え、じっくりと対話しなくてはと思いました。それこそが誠実にじゃがりこを愛することだと思いました。


そのとき私が直面した問題は、その名前に残された「りこ」の部分でした。
「じゃが」の意味はわかった。しかし、「りこ」とは一体なんなのか?


ははーん。


じつは私は、頭のなかに浮かんだこの問題に対する答えに、密かに自信を持っていました。それは、それまで20数年のあいだに出会ってきた様々な商品の秀逸なプロモーションのなかに紛れ込む、ある1つのCMが思い出されたからです。



おわかりいただけたでしょうか。

秋田を代表する銘菓「金萬」のこのCMたち。
ジャケットからおもむろに金萬を取り出したり、日本人離れした顔立ちの男性が28個食べたことを得意げに自慢したりと、秋田ではごく当たり前の日常が描かれた何の変哲もないCMですが、じゃがりこの名前の由来に関する大きなヒントが紛れ込んでいます。


そう。「リコ」と言っているのです。


じつは私は大学のときに第二外国語で少しだけスペイン語を履修したことがあります。覚えたてのスペイン語が嬉しくて、家にあるアヒルのぬいぐるみに「ウニベルシダッド」という名前をつけています。
そして前述のCMで「おいしい」という意味で使われていた「リコ」は、紛れもなくスペイン語。


ははーん。


もうここまできたら答えはわかったも同然です。

自分のなかに生まれた仮説にほぼ100%の自信を持ちながら、少しの緊張と高揚感を覚えつつ、答えを検索してみました。


ドキドキ

「じゃがりこ 名前 由来」 

ドキドキ

「検索」

ドキドキ


(引用元:カルビー公式サイト よくいただく質問



またです。
また私はじゃがりこに対して不誠実な態度を取ってしまったのです。

自分の経験や価値観をじゃがりこに対して押し付け、「どうせスペイン語のリコをジャガイモにくっつけたんでしょ?」というレッテルを無意識に貼り、じゃがりこの声を聞こうとしなかったのです。


世の中には知らないことや予想だにしないことがたくさんあります。
自分の知ってることや生きてきた世界、そこから形成した個人の価値観だけで物事を決めつけるのは、なんとつまらなく狭いことなのでしょうか。

じゃがりこは私に、そのような自分の態度を客観的に見つめ直すきっかけをくれました。

もちろん少し腹も立ちました。
ふざけないでよ、誰なのよリカコって。説明してちょうだいよ。あたしのしらない女性の名前が由来になったものを、あたしに平気で食べさせていたなんて。あたしは心の中にあなたの特等席まで作っていたのに。

そんな気持ちにもなりかけましたが、じゃがりこは私よりもずっと大人でした。そんな傲慢で自分勝手な態度に、そろそろ気づくべきだよ、と謙虚かつまっすぐに教えてくれたのです。自分がどう思われようとおかまいなしに。

態度を改めた私には、もうリカコさんが誰であろうと関係ありません。例えそれが私の知らないじゃがりこの一面だったとしても、じゃがりこは、これからもずっと大好きなじゃがりこです。

じゃがりこに深い愛情と、感謝と敬意を込めて。


おわり

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