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インタビュー調査の科学的分析法①〜上位下位関係分析法

インタビューの分析については師匠の梅澤先生も最初は色々と試行錯誤されていたようです。以下私見となりますが、書き遺されたものから推測しますに最初はKJ法的なものではなかったのかと思われます。しかしKJ法というのは結局は分類であり、また、発想のジャンプを含みますのでアイデア発想法としてはともかく、調査の分析法としては望ましくなかったのだと思われます。

次に行われたのは、連想ゲーム的に要素を関係づけていくことでした。今で言うところの「マインドマップ」に近いもの(もしくはそのもの~1970年代にすでにそれを発想されていました)です。遺されたチャートを見ますとこの関係づけはまだその関係を厳密に識別するものではなかったようですが、今から説明する方法の萌芽となるものでした。

つまり、これから説明する方法はその関係を明確に定義、識別しながら構造化するものであるわけです。それは師匠が最終的にたどりつかれた分析の境地を見える化されたものでした。私は寡聞にしてこれ以上の分析手法を目にした経験はありません。なぜならば、すべての調査課題に応用可能な原理原則を備えたものであるからです。「すべての」と申しましたが、それらは定性調査全般のみならず定量調査の分析にすら使えるものなのです。

その分析法は2つあります。1つはこれからご紹介する「上位下位関係分析法」であり、もう1つは「因果対立関係分析法」です。前者は、「ニーズの層構造」の分析に用いられれ、後者はその他あらゆる課題に用いられます。

前者に用いられる「関係」は「目的ー手段」の関係であり、後者に用いられる関係は 「因果関係」と 「対立関係(矛盾・葛藤関係)」です。構造化の部分でも述べましたようにマーケティングとは結局買われるか、買われないか、ということを考えますと、買われたり買われなかったりする要因やその態度決定に至る葛藤状況を分析するのに後者は適しているわけで、用途も広いわけです。

一方、「買われる」為には、その商品・サービスを消費する「ニーズ」の存在が必要条件となるわけです。従って、ニーズを知ることもいかなるマーケティング課題においても必須であるわけです。

ニーズとは結局、幸福追求の為に人生や生活で達成されるべき目的です。その商品・サービスの存在する生活領域においてはどんな商品・サービスや生活行動が、どんな状況で、どんな目的を達成するために利用されているのかを構造的に把握することで、すでに商品・サービスが応えているニーズと応えていないニーズ、応えているオケージョンと応えていないオケージョン、それら商品・サービスや生活行動利用時の情緒などが見えるようになります。これが、「上位下位関係分析法」を利用した「ニーズの層構造分析」を行う目的です。

この分析は以下のような手順・考え方で行われます。

1、考え方
基本は単純で、抽出されたニーズを目的(上位)と手段(下位)で関係づけていきます。「上位化」のキーワード「それは主としてどうしたい(なりたい)ため」、「下位化」のキーワード「そのためには」を使って関係づけます。

2、手順

①カード化
インタビュー中に発言された「ナラティブ」から間接観察で「行動」や「満足(不満足)」が生じている刹那を読み取り、その背景にあるニーズを推測します。その行動には必ずオケージョンが伴っているはずですから、それも同時に読み取って、オケージョナルDoニーズもしくはオケージョナルHaveニーズを抽出します。言葉に囚われず、行動と満足を推測することが肝心です。
読み取ったニーズは個別に要素化します。作業としては一つのニーズを一枚のカードに転記していきます。

②「分ける」
カード化されたニーズを一対一対応で一枚ずつその関係を検討していきます。同類のものがあれば束ねておきます。少しでも違うと感じたものは違うものであると判断します。似ているが意味が違うと考えられるものはその違いが明確になるように表現を変えても構いません。上下関係があれば上下に関係づけますが、なければ横へ横へとずらしていきます。コツコツとした作業となります。

③「上位化」
一通り分けられた後は、HaveレベルとDoレベルで横関係(高さ)の調整を行います。それで、低いレベルのニーズから、「上位ニーズを推測する」という作業を行います。これが「上位化」です。推測した結果新たに上位のニーズを見出し、それをカード化して追加していきます。上位化していくと共通の上位ニーズがでてくることがあります。その場合はそれまで分かれていた”山”がその上位ニーズで一つになるわけです。そのように作業を繰り返していくと最終的に一つのニーズに収斂することになります。そこで上位化の作業は終わりです。その生活平面のニーズを一言で表現することになるわけですから、この時点で「発見・統合化」も終了しているわけです。
※その後「下位化」という作業がありますが、ここでは省略とします。

このニーズの解釈や上位化の仕方は、調査課題において異なります。下図のように同じ行動であっても、「安全・安心生活」の探索が課題の場合と、「健康生活」が課題の場合では、解釈の仕方が違ってくるわけです。すなわち、今、どのような生活平面を探索しているのかという意識を常に強く持っておく必要があるわけです。

実際に完成された構造図の例を最後に示しておきます。

ニーズを読み取る部分にスキルが必要ですし、その部分で差が出ることがありますが、このように厳密に手順を守れば、同じインタビューを素材にしている場合、違う分析者が分析を行っても、おおむね同じ結果が得られます。つまり「再現性」が確保されているわけです。尚、この分析は、主観に走ったり、個人の固定観念によるバイアスがかかることが無いように、基本的にはグループワークでディスカッションを行いながら進めます。
その際、下記の3つのルールを厳守します

■話し合いの結果を妥当にするための3つのルール

思ったことは必ず口に出す
他を圧倒しない
反論されたら「ありがとう」

このルールによって声の大きな人の主観に引っ張られることを防ぐわけですが、これは分析作業であって討論ではないので、自分の見方や考え方ではないことを受け入れながら常に視点・視座を変えて考えてみるという癖をつける必要があります。それが「反論されたらありがとう」の意味です。その目的は当然「妥協ではなく、妥当な結論を導くため」です。尚、「ニーズ」という心理を分析対象にしている以上、それを客観的に測定する方法は無いので、ここで言う「再現性」とは、「間主観性」において成立するものです。故にこの話し合いで行われるというのは重要なことです。但し、スキルが上がってくると、一人で様々な見方ができるようにもなってきますから、グループで行われる必要性は下がってきます。

この話し合いの3つのルールの効果を意識マトリクスで示すと以下のようになります。

お互いに相手と違った見方、解釈を口に出し、お互いに自説で相手を圧倒しようとしないことによって、お互いに異なった視座、視点を提供し合うことになるわけです。それで見方を変えることができるので「ありがとう」なのです。それはお互いの意識領域を拡大させることになります。すると、それまで解釈しきれなかったことが解釈できるようにもなるわけです。「グループの力」で分析者の意識領域が調査対象者よりも広がった時に、調査対象者の言動が理解、解釈できるようになるという言い方もできます。

これは分析者お互いの意識の方向を柔軟に変更させたり、意識領域を拡げたりするトレーニングとなります。それによって、やがて分析作業が一人でもこなせるようになっていくわけです。

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