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担降りブログというやつを自分が書くことになる日が来るとは夢にも思わなかった。何故ならジャニーズ事務所で、私が後にも先にも胸を張って好きと言えるのは関ジャニ∞の丸山隆平さんで、この人が私の中の世界一、から退く日なんてないと思っていたのだ。大真面目に。他のコンテンツや他に目が行くことがあったとしてもジャニーズというある種一つのジャンル、分野ではずっとこの人を見つめて生きていくと信じていた。

今でも信じていたいぐらいだ。

何をもってして信じていられたのか自分でも分からないが、でも、それ相応に一生懸命にまるやまくんの事が大好きだったし、関ジャニ∞が大好きで、好きで居られる事でこんなに幸せになれるなんて事があるのかと。勿論今でも大好きで、最強で最高だと胸を張って言える。


その中でなぜまるやまくんを好きになったのか、きっかけがあやふやな所があるけれど、意識してみていた最古の記憶は確か嵐にしやがれでゲストに出て、7人が肩に手を置いてかくかく踊って途中でふざけている場面だ。

ちょうどあの頃私の周りの友人たちが嵐にハマり、気付けば関ジャニ∞にみんな仲良く移動していて、オタクの受動喫煙は本当に恐ろしい。ふとTVをつければ目につくし、ラジオが面白いと聞けばレコメン(当時はよこひな)を聞いてみたり普及に余念がない友人たちにカウコンを見せてもらったり英才教育を受けていた。…英才教育ってなに?

話は前後するが私がジャニーズにハマったのは大学2年生ぐらいの頃で、それまで一切誰も分からなかったぐらいの知識。それまでは邦楽ロックやバンドを愛していた。ジャニーズを少し馬鹿にしていた節もあった、優劣なんぞないのに、それを判断する立場にもいないのに。銀杏BOYZが好きだった高校時代、峯田さんが主演だったボーイズオンザラン。ドラマ化、主演はまるやまくんだった。まったく名前も知らないジャニーズが同じ題材で映像化。だったはずだったが、その頃にはすっかりマーメイドと413manに反応する身体になったわたしは毎週録画を始めた。

ボーイズオンザラン、演技よりも顔の印象しかないけれど、あんなに童貞くさいジャニーズ、いていいのだろうか?借りたDVDの中でステージに立つこの人は、本当に同一人物なのだろうか?きっとこれもきっかけの一つだった。

初めて自分の意志で買ったジャニーズのCD、あおっぱな。怒髪天が書いたのも好感度しかなかった。気付けばわたしは8ESTの味スタにいて、まるやまくんだけソロが無いことを憤り、生まれて初めてFCに入り、丸山隆平さんの名前を書いた。気付けば東京ドームにいて、初自名義はアリーナA8ブロック。団扇も作れてない、顔うちわを持って、目が合って、大好きで、泣いたあの日からもうすぐ8年が経ってしまう。

JUKEBOX初日のビーストの美しい身体も横顔も、リサイタルで弾いてくれたベースも、無理やり入った十祭でみた、愛革命で大きなビジョンに移った大好きな顔に崩れ落ちたのも、元気が出るライブのふりむくわけにはいかないぜ、で相方が引くぐらい泣いてたのも、エイタメのThe Lightで急に王子様になったことも、こんなにも鮮明に強烈に思い出せる。その時その時、ああ、あの時よりも好きだと、年々、好きが増していった。関ジャニ∞は関ジャニ∞でしか越えられなくて、前よりずっと好きにさせてくれた。毎年その年のライブが最高だったと胸を張って言える。関ジャニ∞のコンサートが、ライブが、大好きだった、楽しくて楽しくて仕方がなかった。舞台はわたしが好きになってからはめっきり少なくなっていたけれど、舞台の上のまるやまくんは恐ろしいぐらい、美しかった。マクベス。

まるやまくんは美しい顔をしている。

それは、いつもの笑っている時のまるやまくんとは違う時にしか見れない。みんなのマルちゃん、の時には見れない顔で、わたしはそれがとても、とてつもなく好きだった。見てはいけないものを見てしまったような、でも目を離せない。まるやまくんの目に光のない顔が冷たいあの眼差しが、好きだ。

まるやまくんは、歌声も美しかった。

ダンスは振り入れこそは遅くとも、最終的には魅力的な手つきで踊ってくれて、そこも大好きで。歌声が綺麗で交じりが良すぎて個性がないようにみえるけれど、それって、上手じゃあないと出来ないじゃないか。すばるくんと歌うときは下ハモなのも大好きだった。どちらも担えるからこそ、大倉君がメインでいれる下ハモにいることは僅かだったけれど、響く、支えるあの低さも大好きだった。歌っている時の声も表情も、曲に合わせて変幻自在に変わっていく。そこに自分の感情は乗せていないように感じた。曲の中で求められている感情、は見せてくれても、丸山隆平のその時の感情は歌に出てこない。ような、気がしている、ずっと。そんな所がまた、大好きだ。相手が求めることに全力でいるひと。求められることに完璧でいようとするのかもしれない。求められていることを返さないと、と、思っているからみんなに追いつかない自分に苛立ちを隠せないところが、人間らしくて大好きで、だいすきでしかたない、

まるやまくんには関ジャニ∞しかなかった。

もしかしたら、だから、関ジャニ∞であるために求められればなんでもしていたのかもしれない。2年前のあの時、関ジャニ∞を続ける事だけを考えていたまるやまくんのことがとてつもなく好きだ。

まるやまくんとすばるくんが笑っているのが好きだった。

まるやまくんの好きなお顔は真顔の美しい顔ではあったけれど、あの二人の二人だけが笑い合ってる世界がだいすきだった。んだよなあ。最後の日の堪える顔が忘れられないな。にねんご、具合が悪くなったのも含めて、大好きしかない。

関ジャニ∞のまるやまくん

感情を歌に乗せないまるやまくんが、ここに、で見せた歌い方は知っているけど知らないまるやまくんだとおもった。笑わない。目が笑っていないでがなるようにうたう。叫ぶようにうたう。また違うまるやまくんに会えてうれしかった。自分の気持ちを少し見せてくれたような気がした。6人の事が大好きだった。応答セヨ、Heavenly Psycho、今、あの人が歌ったパートをまるやまくんがうたう。どんな顔して。耳が良いあなたは寄せてしまうし、求められた声をだしてしまう。声が震えていた。すきだ。あの痛みが苦しさが、6人を好きな気持ちにすり替えられた。

7人も勿論引き摺っているけれど、わたしは6が5になった時の方が悲しかった気がしている。守れなかった、また。最後、十五祭。二人の花、ロイヤルミルクストーリー、一生分の幸運をあそこで使い果たした気にさえなる。関ジャニ∞を辞める選択と関ジャニ∞続ける選択。最後の一人は村上君だと自分で仰っていたので疑ってないが、最後の二人には残っているだろうな、とは、おもう。

まるやまくん。

すぐに出た十五祭のメイキング。前向きスクリームで毎回前を向く方向を変えてくれて、すべてのお客さんに笑顔をむけていたまるやまくんを思い出して、びっくりするぐらい鑑賞会のホテルで泣いて笑った。我人生旅。生きている限り旅は続いていく。


なんだ、こんなにも大好きじゃないか。でも、だから、7月28日からずっと泣いている。

自分自身も世界も環境が一変して、決まっていた6月の舞台は夢に終わったし、47も、今後同じ場所にいれて、泣きながらまるやまくんを見て大好きだと思える機会はないかもしれないと思うだけでまた泣けてくる。

まるやまくんのことが大好きです。

歌も、顔も、踊りも、世界一かっこよかったまるやまくん。

なんで他の人に目が行ってしまうのか分からなくて、その状態にいちばん混乱して取り乱しているのはわたしで。自分の意志でそうなっているのは分かっているのに悲しくてくるしくて悲しくてたまらない。あたらしいひとのことを胸を張って担当なんてまだまだ、もしかしたらこの先も言えない。

でも、今の私を丸山担とも言いたくない、

今でもあなたはわたしのひかり




何も降りても無ければ何にも別にみんな好きならそれでいいじゃないかいったい何に泣いて何に苦しんで、何に罪悪感を抱いているのだろう。

8月のすべてを捧げたら答えが見つかってくれればいいのに。