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「過去未来報知社」第1話・第79回

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>>第78回
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 重苦しい雰囲気の中で大家はふっと息を漏らした。
「そりゃあ、また難儀な話だ」
「私がいったい、何をしたって言うのよ……」
 笑美は両手で顔を覆った。
「あの子が電車に轢かれたのは私のせい?
 あのオバサンが追いかけてくるようになったのは、私のせい?
 なんで私ばっかり、こんな目に!」
「あ、勘違いされたら困るんだが」
 叫ぶ笑美をひょい、と片手をあげて遮ると、
 大家は飄々とした調子で続けた。
「難儀なのは別にあんたのことじゃなくて、俺の仕事な」
「え」
 顔を上げる笑美に、大家はいかにも嫌そうに肩を震わせた。
「この場合、どっちが化け物か、ってことにも問題があるんだよ」
「どっちって……、そんなの分りきってるじゃない!」
 立ち上がる笑美を、まぁまぁ、とネコが抑える。
「あっちがおかしくなって追掛けてきてるんだから、
 あのオバサンが化け物じゃなくてなんなの?!」
「他人を化け物よばわりする時点で
 あんたも相当おかしくなっていることを自覚するべきだと思うが?」
「!」
 ああ、嫌だなぁ、という目で見てくる大家に
 笑美はカッと顔を紅潮させた」
「ああ、だから人間って嫌なんだよ。
 自分のことしか見てないくせに、万物の長みたいな顔しててさ」
「っ!」
「大体……って!」
 言い募ろうとした大家の頭を、ネコが巨大ハリセンでしばく。
 盛大にテーブルに突っ伏す大家。
「はい、そこまで!
 引きこもりの偏屈野郎に人様をそこまで言う権利はありませんよ」
 にこにこと微笑んだまま、笑美はハリセンを手で弄ぶ。
「そもそも、あなたもその、人間。
 万物の長気取りの一人ぼっちだということを忘れてはいけません」
「……はい」
 大人しく頷くと、大家は起き上がり腕を組んだ。
「真面目な話。発端はその電車に轢かれた子の母親だったんだろうが、
 その後に生まれた化け物がどっちのものか、と言われれば
 なかなか判定が難しい」
「どういう……ことなの?」
「いいか、奇人・狂人がイコール化け物ってわけじゃない。
 ありゃあ、人間の範囲を出ないのさ」
「十分、迷惑ですけどね」
 ちらり、と自分を見るネコを無視して大家は続ける。
「問題はその”異常”から生まれたもの、だ」
「生まれたもの?」
「愛惜・歓喜・驚嘆……まぁ色々あるが、
 大きいのは恐怖と脅威、かな」
「恐怖……」
 笑美の脳裏に、月になって浮かぶ女の顔がよぎる。
「奇人や狂人の恐怖、形のないものからの脅威から逃れるために、
 人はそれを何かしらに分類しようとする。
 それを形作ってしまう、というほうが正しいか」
「形作る?」
「これは、お前はこういうものなんだよ、と形の無いエネルギーに
 形を作ってしまう。気ぐるみみたいなもんかな」
 わさわさと手で形作って見せる大家。
「そうやって”存在”を与えられたこの世ならざるものが意思を持ち
 具現化して現実に影響を与える」
「……具現化って。だって、夢でしょ?」
「夢の講義は長くなるから今はしないが、
 例えばそれがお前の中でお前の意識をのっとって
 お前として行動することがある、といったら?」
「そんな……」
「そのほうが分りやすいだろ?
 現にお前はその”心の闇”を自分の中でスクスク育てて
 戸籍まで捨ててここにいるわけだ」
「それは……私の意思で」
「オバサンが金を送ってきている最中、一度でも顔を見たのか?
 何かされたのか?
 現実にあったことは”金が送られてくる”ということだけだ。
 お前はその行為の裏側にある感情を”想像”して
 どんどん自分の中の”化け物”を育て、その”化け物”を理由に
 行動している、そう思わないか?」
「……」
 青ざめた笑美は自分の胸を押さえた。
「だから、難儀だって言ったんだよ。
 化け物は本当にいるのか、いないのに作っちまったのか。
 いるとしたら、どう対処するのか。
 作っちまったならこの先どうするのか。
 面倒くさいだろ~。大妖怪でも現われてくれて、
 それを草薙の剣とかでぶった切るほうがはるかに楽で俺はいいな」
 はあっ、と大きく息を吐く大家。
「”過去未来報知社”ってのはな、そういう”妖怪退治”をする会社なの。
 妖怪にとりつかれた人間の心と将来のケアまでしなきゃならんの。
 しかも知ってるか? 
 一重にそれは六合を守るためだからノーギャラなんだよ。
 だから、俺は仕事したくないって言ってんだよ」
 にっこり微笑むと、ネコは大きくハリセンを振りかぶった。
 


>>第80回

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