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「過去未来報知社」第1話・第90回

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 大家は渦に鋭い視線を向けた。
「六合は群意識の強い村だった。
 孤独を許さず、村民の意識の一体化を良しとする風潮があった」
「……それは、悪い事なのか? 今の時代だって、そうは変わらないだろう」
 笑美を掴んだまま、慶太が首を傾げる。
「和、とか絆、とか。
 俺がやってきたドキュメンタリーの企画書にはそんな文字ばっかり踊っていたぞ」
「俺のやってきた……?」
 笑美の問いに、大家は慶太を見つめた。
 一つため息をつくと、慶太は空いている手で顔を拭う。
 むさい髭が綺麗に剥がれた。
「その顔……、アカシ・ケイタ?!」
 笑美の叫びに、慶太は大きく息を吐いて頷いた。
 慶太は上で見えない壁をたたき続けているアカシと慶太を見比べる。
「え? ちょっと? どういうこと?
 ちょっと老けてるけど、アカシ・ケイタの顔してる?!」
「老けてる、は余計だ。これでもまだ若く見られるんだ」
 笑美の叫びに、慶太は口を尖らせる。
 大家は呆れたように鼻を鳴らす。
「話、続けていいか」
「あ、でも」
「そこの中年アイドルの話も、この話に繋がる」
「誰が中年アイドルだ!」
「それで、六合だが!」
 大家は強引に話を続ける。
「村民の団結力が強い村、だったんだな?」
「そうだ。だがそれは裏返せば個人を許さない、孤独を許さない、ということになる」
「……いいことに聞こえるけど……」
「そうか? 好き好んで一人でいることも許されないんだぞ。
 別にその個人を可愛そうだ、とか思いやってのことじゃない。
 この町は団結力の強い村だから、お前の様な孤独を愛する奴は許されない村なんだ、
 と、いうことだ」
「……つまりは、ちょっとしたファシズムか」
「同調圧力、団結圧迫、正義感のハラスメント……まぁ、どんな言葉でもいいが。
 六合は、そんな村のプレッシャーに耐え切れなくなった。
 というよりは、そんな村民たちに攻撃された」
「攻撃?」
「石持て追わるるだけが攻撃ではない。
 私たちは正しいのよ、正しいのよ、あなたが変なのよ、異物なのよ、と
 周りからじわじわ追い詰めたんだな。その結果がこれ、だ」
「これ?」
 笑美は足元を渦巻く緑を見つめる。
「人の元を離れ離れ、ここまでやってきた六合にも、村民は容赦なかった。
 いや、離れたからこそ、か。
 村民は自分たちの団結、絆の方向性として『六合』を『敵・異物』として
 掲げることに決めたんだ」
「……仮想敵を作って一緒に攻撃することで、団結力を強めるのか」
「そんな……」
 大家は嫌そうに頷くと、こめかみを押さえた。
「まとまるにゃ、共通の敵を作るのが一番手っ取り早いからな。 
 だが、六合は悲しいまでに普通の奴だった。そんなことには耐え切れなかった。
 そして、山には猫たちが住んでいた」
 ネコが大家にほお擦りして鳴く。
「お前に言ったとおり、人間の中には化け物を作るエネルギーがある」
 大家は笑美の額に指をつけ、その目を覗き込む。
「死者を呼び寄せるような強いエネルギーだ。
 しかし人間は、その力を使う術を持たない。
 しかし、猫は違う」
 ニャー、とネコが鳴く。
「猫は人間のようなどす黒いエネルギーは持たない。無駄なものだと知っているからな。
 しかし、猫はその使い方は知っている。
 六合は猫にエネルギーを与え、猫は六合にそのエネルギーを使った」
「猫は……なぜ?」
「知らん、猫に聞け」
 笑美が見ると、ネコはそっぽを向く。
「結果、六合は自分の力が出せる形に変わった」
「これが……六合の力?」
 途端、緑が『吠えた』。
『そんなに繋がらせたいのなら、全部繋げてやる!』
 渦の勢いが増す。
 慶太は慌てて笑美の腕を強く掴んだ。
「全部、繋げる?」
「六合はこの緑の渦の中に、村民を全部飲み込んでしまったのさ」
『孤独がだめだら、みんな一緒にしてやる!』
 咆哮の中に、様々な声が響く。
 「出してくれ」「助けてくれ」「人の中は嫌だ」
 ざわめく叫び声に、笑美は恐怖を覚えた。
「……絆だ、団結だ、と言う割には、一つになるとこの騒ぎか」
 ゾッとした表情を浮かべる慶太。
「本当の意味で『絆』を判って使っている人間なんぞ、
 ほんの一握りもいないのさ」
 大家はチッ、と舌打ちをする。
「絆なんて、崇め奉ってありがたがるもんじゃない」
「大家さん?」
 笑美が見上げると、大家は決まり悪そうに一つ咳払いをした。
「六合が飲み込んだのは、物質的な村民や村だけではない。
 六合は時間まで飲み込んだ」
「時間?」
「村の意識を作り上げた時間。六合はそれにさえ牙をむいたのさ」
 大家はぐるり、と周囲を見渡す。
「あれから随分時間が経ったが、六合の力は健在だ。
 今も、過去と今と未来を飲み込み、吐き出し、かき回し続けている。
 その影響が広まらないように、俺たちの一族はここにいる、ってわけだ」
「大家さんの一族は、一体どんな一族なんですか?」
「うちの一族?」
 大家は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「六合との絆で結ばれた一族さ」
 さらに六合が吠える。渦の勢いが強くなり、笑美は必死で慶太に捕まる。
「お前みたいなどす黒いエネルギーを蓄えた人間が来ると、
 六合はその異物に近づこうとする。呼び水みたいなもんだな」
「私の……エネルギー?」
「死んだ友人を想う気持ち、その母親を想う気持ち、
 そしてそこから、自分を想う気持ち、だな。
 絡み合って、どす黒い渦を描いている」
「きゃあ!
 自分を見下ろした笑美は叫び声を上げる。
 黒い霧のようなものが、笑美の体を取り巻いていた。
「人との絆、そしてその絆を断ち切ろうとする気持ち。
 まさに六合の大好物だな。カモがネギ背負ってきた感じだ。
 なんで、そういう人間が50周期でここに来るのかは分からんが……」
「待て、それなら50年前も同じような人間がきた、ということか」
「きたよ。映画の撮影に」
 こともなげに言う大家の言葉に、笑美と慶太の顔は強張る。
「その人は、どうなったんだ」
 大家は黙って渦を見つめる。
 渦がにぃっ、と笑った気がした。
「こんな姿になっても、六合は人間。生きていくには食料がいる」
「……食料」
 ゾッとして見上げると、冷たい目の大家が笑美を見下ろしていた。
「俺の一族がなんだ、と聞いたな。教えてやるよ。
 六合の餌づけ係だ。六合が飢えて暴れないように、
 飯を整えてやるのが、俺の仕事なんだよ。
 俺の目が、過去と未来を除き見ることができるのは、
 餌の見分けをするために六合から力を与えられているからだ」 

 

>>第91回

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