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「過去未来報知社」第1話・第35回

>>第34回
(はじめから読む)<<第1回
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 それは不思議な光景だった。
 小さな丘にすし詰め状態に人が群がっているのに、まるで人の気配がない。
 冬の冷気も、風も、星の瞬きさえも、全てが止まっているような気がする。
 ただ、大家の玉串のみが、右へ、左へ、ふるわれている。
 その大家さえ、そこにいるのか、いないのか、分からない。
 時間の流れさえも、そこには存在しないかのような感覚に
笑美はとらわれていた。
 大家の口にする祝詞は、男の声でもあるようで、女の声でもあるようで。
 全てが曖昧でありながら、この一瞬は唯一絶対に存在している。
 そんな変な確信さえ、抱かせるのだった。
 大家の祝詞が終わる。
 玉串の先についていて小さな鈴が、
 ここで始めてシャラン、と小さな音をたてて落ちた。
 途端、ワッ! と群集から声があがる。
 もみくちゃにされる笑美を慶太が庇う。
「な、なんなの!」
「吉凶占いが、吉とでたんだよ!」
「来年も、六合街は安泰ですね!」
 三宅と根津が飛び跳ねて喜んでいる。
「吉凶占い?」
「玉串から鈴が落ちれば、吉、なんだよ!」
 笑いながらバンバン背を叩いてくる三宅に、笑美は目を白黒させた。

 群集が沸く中、大家は足元に落ちた鈴を見ていた。
「どうしました?」
 傍らに控えていたネコが、不安気に近寄る。
「見ろ」
 大家は鈴を指差す。
 ネコは跪いて小さな金の鈴を拾い上げる。
 途端、鈴は真っ二つに割れた。
「若旦那……」
 ネコが見上げる。
 大家は眉をよせて顎を撫ぜた。
「先の見えない何かが、六合を包み込んでいる」
 深刻な表情の二人に、沸く周囲は気がつかない。
 ネコは黙って鈴を袂に仕舞う。
「いいじゃありませんか」
 ネコの言葉に、大家は怪訝な顔をする。
「それは、あなたが物心ついた時から望んでいたことでしょう?」
「……お前、何か知っているのか」
 ゆったりと笑うネコの顔。
「さあ、最後のお仕事をしなくてはね」
 着物の裾を払って立ち上がると、ネコは大家の髪を撫でた。
「まだ『クリスマスの妖怪』も出ていませんし」
 大家は実に嫌そうな顔でネコを見返した。

>>第36回

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