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「悪鬼」 - 悪鬼すら憑依する女優キム・テリ

★★★★+

まあまあ怖いホラーという感じなので初めは果たして観るか観まいか悩みましたが、キム・テリとオ・ジョンセと言われるととりあえず観てみたくなり観始めました。大筋としてはキム・テリに取り憑いた悪鬼を落とすために民族学者のオ・ジョンセと刑事のホン・ギョンが奔走する話ですが、序盤こそ難解そうに感じられたものの全体にはコンパクトにまとまった観やすいドラマでした。そして何にせよ見応えがあるのはキム・テリの、内に2つの人格を宿す演技。「二十五、二十一」を愛してやまない身としては彼女の朗らかで眩しい笑顔を思い浮かべがちなのですが、今回の主人公サニョンはほぼ笑顔もなく、薄倖と不運が染み渡ったようなキャラクターです。そして奥から覗いてくる悪鬼の顔…。やはり圧倒的な役者だなと実感しました。

不安障害を抱える母(パク・ジヨン)とふたりで生きてきたサニョン(キム・テリ)はアルバイトをいくつもこなしながら家計を支えていました。ところがある日、詐欺に遭って大事にしていたお金まで失ってしまうサニョンと母。呆然とする彼女のもとに、死んだと聞かされていた実父の民俗学者ガンモ(チン・ソンギュ)の訃報が届きます。

父が生きていたことをずっと隠していた母に不信感を持ちつつも、サニョンは祖母(イェ・スジョン)のいる父の家へ向かいます。そこで祖母から遺品として渡された赤い髪飾り…。しかしなぜか母はその髪飾りを捨てるように強く言います。しかたなく置いて帰るサニョンですが、何かが彼女の身に起こった様子。そして翌朝、彼女たちに詐欺をはたらいた犯人が謎の死を遂げるのです。

一方でガンモの葬儀に訪れたヘサン(オ・ジョンセ)はガンモと同じ民俗学者ですが、特に生前に面識があったわけではありません。けれどなぜかヘサンのもとにはガンモから「娘を守って欲しい」という手紙が届いていました。そして葬儀ですれ違ったサニョンの影にヘサンは悪鬼を見ます。そう、彼は悪鬼が見える特殊な力を宿していました。サニョンにそのことを告げて説得を試みるヘサンですが、知らない相手に急に「悪鬼が憑いている」と言われても信じるはずもありません。

サニョンの親友であるセミ(ヤン・ヘジ)が引っ越したので、その新居に泊まることにしたサニョンは、夜中に窓から誰かが室内を覗いていることに気づきます。通報して追いかける彼女でしたが、その直後に覗いていた学生のうちの一人がまたしても不審な死を遂げてしまい…。「周囲で人が死ななかったか」とヘサンに言われたことが気になるサニョンは、次第にヘサンの言葉に耳を傾けるようになっていくのです。

はじめは本当に苦しい境遇の中でも自分なりに頑張ってなんとか生きている普通の女の子だったサニョン。キム・テリの華やかさは完璧に消されていて、悪い子ではないだろうが目立つこともない、といった風貌が驚きでした。一方で彼女に入りこみ、少しずつ少しずつ姿を見せてくる悪鬼。表情も仕草も喋り方も、すべてがサニョンとは違います。そして全身から滲み出るような憎悪、憤怒、悪意…。ふたつのキャラクターの間を自在に行き来するようなキム・テリに惹き込まれていきました。

片やオ・ジョンセも言わずもがななカメレオン俳優。育ちのよい学者然としながら、悪鬼が見えることにすっかり馴染んで重たい過去を抱えるがゆえの悟りでも開いていそうな物腰に、ヘサンという人物の全貌がぱっと伝わってくるようです。そんなふたりの演技の掛け合いはなんというか、画面が贅沢だなと思いました。

そしてもうひとりが、刑事のホンセ(ホン・ギョン)。イケメン的な要素も託されつつ非常にクールで、わりと終盤にくるまで悪鬼なんて馬鹿なこと言ってんじゃないよ的スタンスを崩さない常識人です。彼が加わることで物語はサニョン×ヘサン、サニョン×ホンセ、ヘサン×ホンセという3つのラインがそれぞれに紡いでいくことに。やがてサニョンに取り憑いた悪鬼の正体を辿り、消し去る方法を見つけることが彼らの共通の目的となっていくのですが、実は真実は意外な方向にあることが次第に分かっていきます。それとともに切羽詰まっていきエスカレートしていく悪鬼、自我を失う恐怖に追い込まれるサニョン。ふたつの極端さを見せていくキム・テリはクライマックスに向けますます圧巻でした。

ホラーなシーンはまあ怖いので「面白かった!」というよりは観終えて安堵した感じでしたが、悪鬼たちにも背景があるので無秩序に怖くて無理!みたいなことはありません。また良い役者たちが配置されると作品はそれだけでもしっかりまとまるもの。起承転結丁寧につくられた怪談という印象でした。民俗学がベースなので、古来からある怪談の風合いもあり、そこは隣国のお話だけに日本人としてもなんとなく想像できるような世界観だったりします。他のドラマと並行して味変な気分で観るのにオススメな夏の一本。


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