あさ

スマホを持ち上げて時計を見ると、数字が4から5に変わる数分前。昼夜逆転、とまではいかないが、布団に入ってから寝付くまでの時間が長くなっている。

特に意味もなく、Twitterを徘徊したり、ネットサーフィンをしたり。起きた後は必ず目がなんだか重くなることはわかっているのに、どうもやめられない。以前は布団に入ったらほぼ気絶のように、瞬時に寝れていたはずなのに。これが自宅警備員の弊害か!最近の目標は、ムロツヨシがやっているインスタライブをリアルタイムでコーヒー片手に見ることである。ちなみにまだ一度も達成していない。

4時半を過ぎると、カラスが鳴き始める。空がだんだん明るくなっているのか、窓の外から光が入ってくるようになる。このカラスの声、聞き覚えがあるな、と思いながらスマホを閉じて、記憶の糸を辿る。


小学生の夏休み。毎年、祖父母の家に同世代の従兄弟が大集合していた。毎日合宿状態、あの頃ずっと一緒にいたからか、今も兄弟同然の関係性だ。

朝、6時20分、ラジオ体操に行くように起こされる。寝起きがいいはずもなく、みんな半分閉じた目を擦りながら布団から出る。玄関に下げてある、紐のついたラジオ体操カードを首からぶら下げ、サンダルを履いて近所の公園に向かう。もちろん足取りは重い。のんびり歩いていると、公園が見えるよりも先にラジオ体操の歌が聞こえる。


ああ、その道中で聞いたカラスの声と一緒だ。起きた時に聞いていたはずの声を、眠る前に聞いている。なんだか不思議な気分だ。

夢の淵で思い出した景色は、今よりいくらか低い目線から見た、大好きな街だった。


公園に着くと、サンダルできたことを後悔する。朝露を纏った草の上を通ると足が濡れてしまうし、体操をしているうちに砂がつく。あーあ、めんどくさいけど靴下履いて靴で来ればよかったな、と毎朝思うのに、次の日になると忘れている。第一の時間はまだ目が覚めていないし、体操自体もあまり覚えていない。間の首の運動をしている頃にだんだん目覚めてきて、第二が終わる頃には朝ごはんのことしか考えていなかった。行きの時とは打って変わって、帰りは駆け足。ただいまと同時に冷蔵庫から瓶牛乳を取り出して、一気に飲んでいた気がする。今思えば、ちょっと贅沢だからパックでもよかったのでは?と思うが、あれが堪らなく好きだった。

1度だけ、すごい雨に降られたことがあったのを覚えている。小さなお店の軒先でみんなで詰めて雨宿りをした。紙製のラジオ体操カードが濡れないように、寝巻きの中にカードを隠して。「走って帰っちゃう?」「もうちょっとで止むんじゃない?」そんな会話をした気がする。一瞬の通り雨が、永遠のようにも感じた。

3年前、祖父が亡くなった。久しぶりにあった従兄弟たちと、葬儀場から家まで歩いているときにその道を通った。不思議なことに、あの時の雨をみんな覚えていた。並んでみると、とても窮屈で入りきれなかった。幸い、喪服や制服を着た割と大きな人たちが軒先に並んでいる様子を見ていたのは、路肩でひなたぼっこをするのら猫だけだった。時間が止まっていたのではないか、というくらい、何も変わっていないと思っていたのに、知らないうちにみんな大人になっていた。記憶とちぐはぐなその姿が可笑しくて、少しだけ寂しく感じた。

今もほとんど変わらない街だが、たまに行くとあの頃よりも小さく感じる。歩幅のせいか、あの公園も随分近くなった気がする。大きくなったのか、みんなで並んで寝ていた部屋も狭くなった気がする。玄関もみんなの靴が並ぶときつそうに見えるし、祖母も小さくなった気がする。そんな沢山の「気がする」がセンチメンタルで。大人になるっていうのは、案外こういうことなのかもしれない。


目を開けると、真っ暗だった部屋が明るくなっている。時刻は5時半。今日もいい天気らしい。1時間だけ寝て、ラジオ体操しようかな、と思いながら目を閉じる。きっと起きないだろうけど、なんだか心地よくて、あっという間に眠りに落ちた。

夢の中で会えたのは、朝ごはんを食べている祖父だった。



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