羽化

ショパンコンクールの予備予選のあと、推しは静かだった。

そして今の彼は以前と違う空気を纏っている。

小ネタも忘れてないし、本質(と私が勝手に感じてる部分)は変わってない。だけど明らかに違う。

思い至ったのは、これは「羽化」なのではないかなと。静かにしていたのは、蛹化中だったのかなと。

蛹化中に何を考え、何を感じていたかはわからない。帰国後のインタビューが公開されて、ほんの少し心の内を見せてもらうことができたけど、彼の言葉と心は少し違うように感じることがある。嘘をついているとかではなく、心の中はもっともっと複雑に入り組んでいて、言葉で説明するのが難しい、そういう感じ。彼の言葉だけを見てはいけない、といつも思う。

「羽化」で思い浮かぶのは、『魔女の宅急便』。

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「私、前は何も考えなくても飛べたの。でも今はどうやって飛べたのか分からなくなっちゃった」
「そういう時はジタバタするしかないよ。描いて描いて描きまくる」
「でもやっぱり飛べなかったら?」
「描くのをやめる。散歩したり、景色を見たり、昼寝したり、何もしない。そのうちに急に描きたくなるんだよ」
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キキは蛹になったりしなかった。だけど悩んだり、人と接したり、助けたい友がいることで「羽化」したんだと思う。

蛹から出たばかりはとても弱くて、蛹の中で小さく折りたたまれた羽が美しく大きく広がるまで、少し時間がかかる。

この2ヶ月がその時なのかなと。

筋肉の働き、言語と音楽の関係、国や人種の歴史や背景が演奏に与える影響……いろんなことを考えて弾くようになっていると思う。

考えることは悪いことじゃない。むしろ良いことだと思うし、更なる豊かな音色や演奏のためには必ず必要といってもいいと思う。だけど、何も考えずにできていたことを分解して考えはじめたら、再構築して、完成させなければバラバラの心と身体が転がっているだけだ。答えを見つけなければならない。これが蛹化と羽化なのではないか。

人生に答えなどきっとない。だから人は蛹化と羽化を繰り返す。眠りにつくときに蛹化して起きたら羽化しているような、自分でも気づかないような小さな変化もしているはずだ。彼は今、大きな節目にあって、大きく変化するのだと思う。

弾いて弾いて弾きまくって、散歩したりドライブしたり、昼寝したり、何もしないのもいい。

きっと、見たこともないような大きくて綺麗な羽が背中についてる。

その分、広げるのも大変だと思う。でも10月はその羽で自分の思うまま飛べる。

羽化中の心を狙う敵も多いと思う。だけど大きな木になって葉になって羽化を見守る味方はもっとたくさんいるはずだ。だから今は、ゆっくり、ゆっくり、その羽を広げてください。そんなことを言いたいなと思った。




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