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角野隼斗の変化と引き算~米津玄師の地球儀~

※2023.8.16現在、ピティナ・ピアノコンペディション特級2023の公式レポータとしてnoteを執筆していますが、当記事は個人の、いつもの、ヲタ活です笑

昨日、大好きな角野隼斗(かてぃん)がYouTubeに演奏動画を公開した。
しかも大好きな米津玄師だ。
大好物に大好物が乗っかっている、なんかもうハンバーグカレーとかビーフシチューオムライスとか、そういう感じ。

過去に公開された米津カヴァーのガチさから、再生ボタンをクリックする直前、期待値は爆上がりしていた。ところが、ちょっとした事件(?)が起こることに。

というわけで本題の前に過去作を。

『海の幽霊』かてぃんVer.

原曲MVの映像までをも取り込んでいるかのようなピアノアレンジは、米津氏ファンの方がnoteで『米津のオリジナル音源の持つ繊細さと畏怖さえ覚えるようなスケール感を、たった1台のピアノで表現している映像を発見した』と太字で強調するほど、原曲の持つ世界観を忠実かつ鮮やかに表現していた。

『海の幽霊』米津玄師 

角野はこのほかにも『迷える羊』のカヴァーをしている。しかし本人的に世に出すラインに達していないとして、メンバーシップ(YouTubeチャンネルの有料コンテンツ)の中でだけの公開としていて、一般には見ることができないのでここではお見せできない。
しかし本人どんだけハードル高いのか、ちゃんと原曲のザラつき、ヒリつき、許しと諦観の入り混じった希望のような混沌とした雰囲気がピアノの音から聴こえ、角野隼斗でなければきっと大満足の出来として公開するであろうハイクオリティ。むしろ角野ファンの私たちだけが聴けてごめんなさいという感じで、米津ファンの方が聴けたらいいのにと思う。
ちなメンバーシップは月額数百円なので聴こうと思えば角野ファンじゃなくても聴けるので、興味があればぜひ。

『迷える羊(FORTNITEイベ)』米津玄師 

前置きが長くなってしまったが、そんな感じで膨らむ期待でクリックしたのはこの曲。スタジオジブリ宮崎駿監督最新であり、いまだ謎の多い映画『君たちはどう生きるか』の主題歌に採用されている『地球儀』。映画は土地と暮らしの事情により観に行けていないが、曲は既に結構回している。

『地球儀(LIVE)』米津玄師 

『地球儀』かてぃんVer.

聴き比べてお分かりだろうか。
今回、かてぃんVer.では原曲の背後で鳴るバグパイプのような音やハミング、パーカッションなどを排している。それどころか、原曲で結構メインに聴こえるピアノさえ、前に出して聴かせてはこない。
控えめな伴奏で右手の歌メロだけが響く。
独特な米津Vo.のアーティスティックささえも取り去って、透明になったような引き算のアレンジ。

私は前回までの2曲のように『原曲そのまま感をピアノだけで超えてくる勢い』のアレンジで来る、とすっかり思い込んだ耳で聴いたので、正直ものすごい困惑してしまった。どれくらい困惑したかというと、初めてマックグリドルを食べた瞬間くらいの困惑。ごはんもの系の味を想像した口に広がる容赦ないスイーツ味……。これで伝わる人がいたらTwitter(X)でハイタッチしたい。(その後、無事マックグリドル大好きに)

と同時に、角野隼斗のアレンジに対しての信頼が既にあるので、これはむしろ明確な意図なのだろうとも感じた。
一瞬でも使っていない指があれば別のパートを突っ込める、指の数以上にトラックを増やせるMIDIシーケンサーのような人なので、弾けないから弾かないなんてことは絶対にないし、Vo.の声質っぽささえ再現できる人だからだ。
ショパンの作曲に対し、『引き算の美学』と言っていたのも思い出した。パートを減らすという意味だけではない、和声の組み立てや音の減衰など精緻な計算も含めているはずで、それも含め。

そして気付く、シンプルイズベストな美しさ。透明と感じたそれは、まさに透きとおっていて、原曲そのままではないけれど、むしろ原曲の本質部分だけを抽出したような純粋すぎる原曲への敬意。原曲リスペクトというものは原曲そのままであるかどうかとは全く別なのだと改めて気付く。

原曲に存在する様々な音を使わずにアレンジした角野が、終わりの環境音を余韻に残したのが、めちゃくちゃいい。
原曲ではさざ波や鳥の声が入っていて、そことリンクしている上に、角野隼斗の現在地も記録された感じがすごくいい。
原曲の、軋むアップライトピアノの趣きをと考えれば東京の自宅スタジオのアップライトが良かったのかもしれないが、マンハッタンの喧騒が聴こえるNYスタジオならではの録音は、角野隼斗が『今、どう生きているか』を私たちに伝えてくれる、そんな気がした。

これまでの角野の演奏でいえば、『花は咲く』だとか『主よ、人の望みの喜びよ』のような、ある種の祈りにも似た崇高さも。(角野は投稿日に意味を持たせることがあり、8/15であることと祈りのイメージとの関係もあるかもしれない、が、それはあんまり掘らないでおく)

映画を観ていないので、もしかしたら作中でこういったシンプルなアレンジが使われているのかもしれない?
しかし、映画を観ての演奏として、『海の幽霊』に見られたような明らかな久石譲リスペクトフレーズも今回は聴こえてこない(少なくとも私の素人耳でそれとハッキリわかるほどには)
※海の幽霊が主題歌になった映画『海獣の子供』の音楽は久石譲

動画公開のインスタストーリーには、『(映画を観て)忘れないうちに、心の揺れ動きを演奏で残しておきます』と書かれていた。
つまり、これは原曲や映画を再現する趣旨のものではなく、『君たちはどう生きるか』という問いかけに対して『僕はこう生きていきたいです』という、彼なりの現時点でのアンサーなのではないかと想像した。

揺れ動き、と書いているところからも、『こう生きていきます』と断言するものではなく、断言しないのは変化し続ける角野らしい誠実さにも感じた。

穏やかで、控えめで、優しくて、芯が強くて、そして彼の持ち味である推進力があって。派手ではないのに雄大な音楽。概要欄でも引用している歌詞のとおり、どんなに変化するとしても角野と音楽はずっと続いていくのだなと、嬉しくなった。

この道が続くのは 続けと願ったから という歌詞が好きです。

動画概要欄から引用

それから、これまで様々な曲のカヴァー演奏動画を公開(限定公開含む)してきた角野だが、ここまで原曲から離したアレンジを公開したのは珍しいのではないかと思う。
もちろんYouTube Liveなど自由に遊ぶ場では好き放題のアレンジも飛び出していたが、過去には自作ではない曲を扱う姿勢としては自分の気持ちや考えを出すことを否としているような考えも話していた。
ので、自らの『心の揺れ動き』を自作以外の曲に込め(しかもそれを言葉にもして)公開するという行為に、人間として、音楽家としての変化を感じ、書き残しておきたくなった。

楽器は正直なので、こういう想いを込めました、と敢えて言わずともダダ洩れだったりする角野隼斗を今までも何度となく聴いてきはしたが、NYに行き、自分の気持ちを自覚して弾くことにも躊躇がなくなったのかもしれない。
それも急にということでもなく、トリスターノやオラフソンのような原曲を独自にアレンジするアーティストとの交流や、『胎動』や『追憶』、そしてツアーでのバッハのアレンジなどを通して徐々に変化してきたものだと思う。

だいぶ前のものなので思っていることは今と違っているかもしれないと添えつつ、以前に角野が記したnoteを貼っておく。

ぶっちゃけ、人気があるアーティストの曲を自分側に引き寄せてアレンジしたものを公開するなんて、本人や向こうのファンから何を思われるか不安になるものだ。
私もこんなふうに角野のことを書いているだけで怖いし、時には嫌なことを言われたりもある。
それでも書くことはやめられないし、最近は私も角野がピアノを務めるバンド、Penthouseの楽曲を用いた小説を書いたりもし始めて、怖がっているだけじゃだめだ、正直に自分のしたいことをしてみようという気持ちになってきていて、これは明らかに角野隼斗がNYに拠点を持ったことに影響されている。(角野隼斗の楽曲も物語にしてみたい想いはずっとありつつも、クラシック音楽の知識不足もあり、まだまだ実現しなさそう)

私のようないちファンの行動力に影響を与えるほど、大きなエネルギーを持って活動する角野隼斗。それはもう、彼自身が大きな地球のようなものかもしれない。音楽という宇宙を構成する『名のある惑星』として目覚めた角野隼斗。
カヴァーも大好きだが、この『地球儀』の動画を聴いたら、次の新曲がとても楽しみになった。


ちなみに、角野隼斗さんが2018年にグランプリを受賞したコンペディションが只今、絶賛開催中でして、公式レポーターとして携わらせていただいてます。

ピアノのコンクールってどんなだろう? かてぃんさんはどんな道を通って今に至っているのかな? など、ちょっとでも興味を感じていただけましたら、ぜひこちらにも遊びにいらしてみてください!

18日、21日にはYouTubeでライブ配信もあります!

読んでくださり、ありがとうございます!



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