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花鋏

よく行く花屋さんがある。
1週間に3回くらい通い、玄関先を飾る大きな花束は2週間に1回から2回、窓際のかわいい花は行けばその都度買ってしまう。
私は多分、重症の花中毒だ。

切り花は大体一週間で萎れる運命だが、中には根が伸びてくる強者もいる。
特に枝物、葉物はその類が多く、花束のフレームに当たる枝物葉物が元気だと、主役の花交代するだけで全然違う雰囲気に変身する。

世間ではコロナ禍、心の癒しにペットを飼う人が増えたらしいが、私は花と決めた。友人知人がペットにかけるお金を花にかければ、玄関とレッスン室、洗面台に花を飾れる。

切り花を長持ちさせるには、花瓶の中を綺麗に保つこと、毎日花の水切りをすること。
萎れてきた花は抜いて、茎を思い切り短く切って小分けして飾る。枯れた薔薇も蘇る。
その時なるべく切れ味の良い花鋏が役に立つ。

実家に行くと呆れるほど花鋏や枝切りのハサミがある。
よくわからない刃物も含め、あちこちに危険な尖ったモノが無造作に置いてあり、13日の金曜日には立ち寄らないほうが良い感じ。
父は包丁研ぎがうまく、花鋏もよく研いでいたから、ピカピカしてるやつは切れ味が良い。

両親共に花が好きで、休日になると母は庭に咲く美しい花を切って家の中のあちこちに飾ったし、父は脚立と花鋏を持って庭の木の枝を剪定していた。
「桜切るバカ、梅切らぬバカ」という言葉は父から教わった。庭には木が沢山あって、松は池に覆い被さるように植えられ、その下で鯉が20匹くらい泳いでいた。
灯台躑躅や紅葉は秋になると美しく染まり、春先には梅の木も紅梅、白梅、黄梅とそれぞれ綺麗に咲いた。
玄関前の庭には大きな桜が数本、春、見事な花を咲かせたし、柿の木には秋、実がたわわになり、色んな鳥が集まって来た。
山椒の葉っぱや紅葉の葉っぱを数枚、夕方に母に命じられて取ってくるのは私の役目で、夕食の魚などに添えられた。母は料理が好きではないくせに盛り付け、飾り付けには凝り、張り切っていたのだ。

日々の暮らしの中で庭の木々が伸びすぎないように、両親は花鋏で毎日ように枝を切っていた。

そんな実家の花鋏の中から一つもらって、東京の我が家で使っているのだが、最近切れ味がイマイチな感じになってきたので、行きつけの花屋で「花鋏ありますか?」
ときいた。
すると、「ありますよー」とセラミックの青いハサミを出してくれた。今までのハサミから見ると未来人、いや宇宙人みたいな感じがした。

買って帰って、花瓶の中で存在感のある太い枝を切ってみた。
切れる!
力を入れてないのにサクッと切れる。
下手をしたら指まで切れそうだ。
やばいやばい!と言いながら、他の枝物も切ってみる。
ひゃあ!面白い。サクサクサクサク
あまりに切れるので嬉しさで興奮してハアハアしてしまう。すごいなーコレ。
ふと、切れ味を比較するため置きっぱなしだった実家花鋏が寂しそう沈殿しているのが目に入った。

「できない子ども」になってしまい、かえって愛を感じてしまうほどだ。よしよし、心配するなって。お前も使ってやるから。
以前包丁を研ぎに出した店に、このちょっとキレの悪くなった花鋏をだしてみようかな。研ぎ名人のおじいさんが存命か心配になる。お願いだから元気で来てください。

よく切れる花鋏は、切花の寿命を延ばしてくれるそうだ。茎の繊維を潰さないでスパッと切れる方がいいに決まっている。

ところで私はレッスン生に「切り花は綺麗な音を聴くと長く咲いてくれるんだよ」と教えている。それもホント。
でも花鋏の威力には敵わないかも。
切れ味は大切。キレがある演奏するために、わたし自身も研がないとね。


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