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秘密の花園

秘密の花園

那須マナミ
田中リホ
守山アリサ

小澤キツカ・バスの運転手・店員・車掌・熊・記者・タクシーの運転手・警備員

1 教室

 音楽
 幕あけ
 中央のマナミにあかり

マナミ  みなさん、こんにちは。今日は、歌のこと。

 スクリーンに映し出される文字
 『今日は、歌のこと』

マナミ  わたしたちは短歌をつくっています。

 『わたしたちは歌をつくっている』

マナミ  歌と言っても短歌です。

 『歌と言っても短歌』

マナミ  五七五七七のあれです。

 『五七五七七のあれ』

マナミ  なんて…

 『なんて地味』

マナミ  すみません、地味です。でも短歌をつくる若者は…

 『でも短歌をつくる若者は大勢いるんだよ』

マナミ  この劇には短歌もたくさん出てきます。わたしたちが作ったことになっていますが、南高の先輩の本山さんと内藤さんが作ってくれました。お二人とも文芸部で短歌甲子園に出場なさいました。
 短歌はプロジェクターでスクリーンに映します。こんな感じです。

 『きらめいた瞬間の尾を
  つかまえて
  先生と見る
  せせらぎの底』(短歌①)マナミ

マナミ  小さいですね。見えます?いかがですか?後ろの方の方。
 今日、この劇をお楽しみいただくためにはぜひ、前の方でご覧ください。
 今から客席の照明をちょっとだけ点けます。前の方にいらしてください。すごく空いてます。

 マナミ、客の移動を待つ

マナミ  よろしいですか。じゃ、客席の照明落としてください。もう一度音楽お願いします。

 音楽

マナミ  では、はじまりです。

 マナミ、リホ、アリサ椅子に座る

 教室

 夕暮れから宵へ
 マナミ、リホ、アリサが教室の前の方に座っている
 奥に座っているキツカ

マナミ  わたしのつくった短歌です。

 『きらめいた瞬間の尾を
  つかまえて
  先生と見る
  せせらぎの底』(短歌①題詠「先生」)マナミ

リホ  わたしのつくった短歌です。

 『「先生」と呼べば
  振り向く人がいて
  春の廊下は
  あたたかくなる』(短歌②題詠「先生」)リホ

アリサ  わたしのつくった短歌です。

 『先生と話すとき
  わたしの声は
  いちばんきれいに響く
  気がする』(短歌③題詠「先生」)アリサ

マナミ  短歌甲子園に出そうと思います。

 『短歌甲子園』

マナミ  一人一首、三人のチームで大会に出ます。予選は書類審査。でもまだ出す歌が決まりません。選んでくれる人がいないからです。いなくなってしまったからです。

 『わたしたちはその人を先生と呼んでいた』
 『先生はわたしたちに短歌を教えてくれた』

マナミ  わたしたちは歌をつくる。そして先生は歌を選ぶ。選ぶことは大事なことだ。選ぶからこの世に何かが生まれる。
 でもある日、先生はいなくなってしまった。

 『さよなら、みなさん。ごめんね』

マナミ  先生は古くさい。いまどき授業で文学を語る。携帯も持っていない。だから手紙を出します。

 しばらくして教室にあかり

リホ   現代文、わかった?
アリサ  わかんない。
リホ   わかんないよね。
アリサ  ていうかむかつく。

 『なめとこ山のくま』のタイトルと冒頭の部分が映し出される

 『なめとこ山のくま』
 『宮沢賢治』
 『なめとこ山の熊くまのことならおもしろい。
  なめとこ山は大きな山だ。』

リホ   あの人、だれ?
アリサ  知らないよ。マナミ、知ってる?
マナミ  知らない。

 マナミ、立ち上がる

マナミ  宮沢賢治の『なめとこ山のくま』です。あの、このね、なめとこ山っていうのはあの賢治がね、あの、賢治って言うのは宮沢賢治なんだけどね。賢治はね、あの、岩手県に住んでいて、学校の先生をしててね。主人公は熊を撃って生活してるんですね。山のね、山の上でね。大変ですね。

 二人、笑う

アリサ  そっくり。
リホ   そんな感じ。
マナミ  なんか全然、話の中身に行かないで知識ばっかり。
リホ   そうそう、書いてあることばっかり。
マナミ  先生ならどう教えたかな。
アリサ  うん。
リホ   先生だったらもっと…
マナミ うん、もっと…

 マナミ、先生のまね

マナミ  宮沢賢治の『なめとこ山のくま』です。ここで主人公の小十郎が熊の言葉がわかるような気がした、と考えるようになったのは、熊と自分が同じ命を持つものと認めたということなんですね。赤ずきんちゃんのオオカミがしゃべるのとはわけが違います。
リホ   うまい!
アリサ  言う!そういうこと!
リホ   いやあ、赤ずきんちゃんかな。もっとちがうたとえじゃないかな。

 リホ、立ち上がって

リホ   宮沢賢治の『なめとこ山のくま』です。ここで主人公の小十郎が熊の言葉がわかるような気がした、と考えるようになったのは、ふなっしーがしゃべるのとはわけが違います。

 アリサ、立ち上がる

アリサ  クマもんがしゃべるのとはわけが違います。
リホ   クマもんしゃべらねーよ。
アリサ  あれ?
マナミ  だいたいクマじゃ紛らわしいし。
リホ   マナミ、続き。続きやって。
マナミ  うん。えーと。

 マナミ、本を開いて

マナミ  あ、ここだ。
アリサ  どこ?
リホ   えーと…あ!いい!ここ、いい。
アリサ  何ページ?
リホ   286。
アリサ  「熊は両手をあげて叫んだ。『おまえは何がほしくておれを殺すんだ』『ああ、おれはお前の毛皮と、胆のほかにはなんにもいらない。』」

 『なめとこ山のくま』の一節が映し出される
 『おまえは何がほしくておれを殺すんだ』
 『ああ、おれはお前の毛皮と、胆のほかにはなんにもいらない。』

 マナミ、先生になる

マナミ  小十郎はおまえは何が欲しいのだ、と熊に言われて、非常に何か根源的な問い、生きる上で大本になるようなところに突き刺さるような問いを突きつけられたわけです。

 マナミのことばが次々に映し出される

 『おまえは何が欲しいのだ』
 『何か根源的な問い』
 『生きる上で』
 『問いを突きつけられた』

リホ   言うよー!
アリサ  先生だ!
マナミ  何が欲しいって、肝と毛皮です。そうして家族を養うのです。

 『肝と毛皮』
 『そうして家族を養う』

 アリサ、立ち上がる

マナミ  毛皮と肝、これを町でいやな思いをして荒物屋の旦那にこびへつらってしかも安く買いたたかれてお金に換えるわけです。そうしてお米を買うわけです。つまり熊の命を奪って自分と家族が生きながらえるわけです。

 『熊の命を奪って』
 『生きながらえる』

アリサ  ちょっと待って。
マナミ  なに?
アリサ  熊の命を奪って…
リホ   うん。
アリサ  奪うんだ。
リホ   うん。
マナミ  ところが熊の命と自分の命は同じ命じゃないですか。

 『熊の命と自分の命』

リホ   あ!
アリサ  ことばもわかるし。
マナミ  熊に改めてそのことを気づかされた時、小十郎はどうしていいかわからなくなるわけですよ。
アリサ  先生!
マナミ  どうした、守山。
アリサ  先生!どうして行っちゃったんですか。
マナミ  …ごめんな。
アリサ 現代文、だれが教えるんですか!
マナミ  若い先生が来てくれるから。

 リホも立ち上がって

リホ   部活は?コンクール、もう締めきりですよ。
マナミ  副顧問の先生に頼んであるよ。手続きしてもらって。
リホ   でも先生がいないと…
マナミ  だいじょうぶ。みんなならきっと予選を通るから。本大会に行ける。盛岡に行けるよ。
アリサ  でも、先生に選んでもらわないと…
マナミ  那須が選べ。いいな、那須。

 マナミ、先生に向き合うように位置を変えて

マナミ  はい。先生。

 三人、だまりこむ

 『まもなく下校時間です。生徒の皆さんは消灯戸締まりを確認して下校してください』

マナミ  小澤くん、あたしたち帰るよ。
キツカ  うん。
アリサ  あ、しゃべった。
リホ   放課後はしゃべるんだよ。ちょっとだけ。
マナミ  小澤くんも帰るでしょ。
キツカ  うん。
マナミ  さよなら。
キツカ  あ!
マナミ  なに?
キツカ  選ぶって何を選ぶの?
マナミ  選ぶ…あ、今の話?
キツカ  うん。
リホ   短歌だよ。
キツカ  短歌。
アリサ  小澤くん、文芸部入らない?
キツカ  …
マナミ  あ、ごめんごめん。短歌甲子園の予選に出す短歌を選ぶんだよ。ずっと顧問の先生に教えてもらってて、歌も選んでくれてたけど入院したから。
リホ   どうする?もう明日だよ。
アリサ  副顧問、明日の朝一で出せって。

 アリサ、副顧問のまね

アリサ  明日のね、朝ショートの前ね。先生もよく分からないから余裕を持って、ね。
リホ  そんな感じ。

 『下校時間になりました。校舎内に残っている生徒は消灯戸締まりを確認して下校してください。』

マナミ  行こう。じゃね、小澤くん。
アリサ  どうする?マナミうちで考えてくる?
マナミ  やだよ!みんなで考えようよ。

 アリサ、マナミのまね

アリサ  やだよ!みんなで考えようよ。

 マナミ、先生のまねで

マナミ  守山はおもしろいなあ。
アリサ  やめて、ちょっとホントに泣く。
マナミ  子供っぽいところがあるんだな。
アリサ  やめてー。

 アリサ、泣き出す

リホ   もうー。
マナミ  おや、守山のお嬢さんはどうしたのかな。
アリサ  先生に会いたい!
マナミ  そりゃ私だって先生に会いたいよ。
リホ   先生のまねで言わないで。

 リホ、顔を伏せる

マナミ  おやおや田中のお嬢さんもどうしたのかな?
リホ   やめてー!
マナミ  那須のお嬢さんは大丈夫だね。がんばるんだよ。短歌甲子園。

 『短歌甲子園』

マナミ 君たちならきっと盛岡に行けるからね。

 『短歌甲子園 盛岡』

キツカ  盛岡?
マナミ  短歌甲子園は石川啄木のふるさと盛岡で毎年開催されるのだよ、小澤くん。

 『短歌甲子園 盛岡 石川啄木』

キツカ  不来方のお城の草に寝ころびて…
マナミ  空に吸われし十五の心。

 『不来方のお城の草に寝転びて空に吸われし十五の心』啄木の歌が映し出される

マナミ おやおや小澤くんも啄木が好きかな。君もお城の草に寝ころんでみなさい。毎日学校に来るのもいいけどね。この歌は知っているかい。教室の窓より遁げてただ一人かの城跡に寝に行きしかな。

 『教室の窓より遁げてただ一人かの城跡に寝に行きしかな』

リホ   もうやめて…
マナミ  小澤くん、一度窓から逃げてごらん。
キツカ  あの…
マナミ  なんだい。
キツカ  …三階です。
マナミ  あはは。それはいい。それじゃ逃げられないな。
アリサ  会いに行こう。
マナミ  おやおや。
アリサ  いま、六時だよね。
リホ   面会時間すぎてるよ。
アリサ  会いたい!
キツカ  …あの。
アリサ  なに?
キツカ  帰ります。
マナミ  はい、さようなら。
キツカ  さようなら。

 キツカ、帰る
 マナミ、振り返って

マナミ  ごめんね。
リホ   泣かすなよ!
マナミ  あたしも泣きそう。
アリサ  なんで返事が来ないの!手紙送ったのに!
マナミ  …うん。
アリサ  わたしたちのつくった短歌選んでもらおうと思ったのに。
リホ   もしかして。
アリサ  言うなよ!
リホ   悪くなったのかな、病気が。
アリサ  行くよ!
マナミ  病院知ってるの?
アリサ  知らない!
リホ   あたし知ってる。
アリサ  どこ!
リホ   岬病院。

 『岬病院』

マナミ  遠い…
アリサ  電車とバスだな。行こう、行ってあたしたちの歌見てもらおう。大丈夫、見てくれるよ。バスは?
リホ   もうすぐ!
アリサ  行くよ!
マナミ  待て待て待て!
アリサ  なに!
マナミ  ちょっと待て!
アリサ  だからなに!
マナミ  無理だろ!
リホ   マナミ、マナミのせいだよ。
マナミ  なんで!
リホ   わたしたちの歌見てくれないじゃん。
マナミ  それは…
リホ   先生に選んでもらいたいんでしょ。
マナミ  うん。
アリサ  ああ、もう行くよ!
リホ   うん。

 急いで教室を出るアリサ、リホ 
 マナミ、後を追う

2 バス

 キツカ、椅子を並べ変えてバスの座席に
 走り込んで乗り込む三人

アリサ 電車の時間は?
リホ  ちょっと待って。

 リホ、スマホを出して調べる

リホ   上り?
マナミ  岬病院は…

 マナミもスマホで調べる

マナミ  岬口駅。遠いよ!

 『岬線 岬口駅』 

アリサ  いいの!
リホ   上りだね。六時四十五分。ちょっと待つね。

 『六時四十五分発 上り 岬口駅下車』

マナミ  あ!雨だよ。雨降ってきたよ。
アリサ  だいたいどこが悪いんだよ!
リホ   先生?
アリサ  うん。
リホ   …知らない。
アリサ  (マナミに)知らない?
マナミ  …
アリサ  知ってるんでしょ!
マナミ  どうして。
アリサ  知ってるんでしょ!

 『次はさくら駅前、さくら駅前、ガン治療はこちら、ガン専門のさくらガン病院はこちらでお降りください。』

アリサ  わー!(泣き出す)
リホ   降りるよ!

 リホ、降車ブザーを押す
 『降車』

リホ   行くよ!
アリサ  うん。
リホ   ほら。
マナミ ほんとに行くの?
アリサ  行くよ。
リホ   降りないの?
マナミ  降りるよ。

 バスを降りる三人
 大雨
 『この地域一帯に大雨洪水注意報が発令』

3 ロッテリア

マナミ  すごい雨だよ!
リホ   走れ!
アリサ  マナミ、早く!

 三人、ロッテリアの前へ

マナミ  すごい雨だね。
アリサ  あ!
リホ   なに?
アリサ  傘持ってた!
マナミ  じゃ使えよ!
アリサ  うん。
マナミ  今じゃないよ。
リホ   今からだと着くのが遅くなるからなんか食べよう。
アリサ  うん!
マナミ  えー。
アリサ  いいよ、行かなくても。
リホ   とりあえず、ここに入ろう。

 三人、ロッテリアに入る

マナミ  ロッテリア嫌い。
アリサ  じゃ来なきゃいいじゃん。
マナミ  ロッテリアでいい。
店員   いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ。
アリサ  何分ある?
リホ   十二分。
アリサ  じゃフライドポテト
マナミ  じゃ?
アリサ  マナミうるさい。
マナミ  じゃきなこシェイク。
アリサ  え?
リホ   じゃチーズバーガー
店員   ご注文を繰り返させていただきます。
マナミ  あ、いいです。繰り返さなくて。
店員   じゃお席でお待ちください。
マナミ  じゃ?
リホ   行こう。

 三人、席へ
 『18:38』の文字

マナミ  じゃってなんだよじゃって。
リホ   いいじゃん。
アリサ  先生言ってたね。よく。
マナミ  最近の敬語は変ですね。こちらフライドポテトになります、ってなってみろ!てんですよね。待ってればフライドポテトになるんでしょうか。
アリサ  先生…
マナミ  敬語なんてです、ますで十分ですよ。
アリサ  はい、先生。
リホ   マナミ!
マナミ  あ、ごめん。

 うつむくアリサ
 三人、黙る

 『きなこシェイクをお待ちの方』

 マナミ、カウンターに取りに行く
 歩きながら一口飲んで

マナミ  うわ。
リホ   なに?
マナミ  はじめて頼んだんだけど。
リホ   それ?
マナミ  これはない。
アリサ  ほんと?
マナミ  うん。
アリサ  ちょっとちょうだい。
マナミ  はい。

 アリサ、受け取って飲む

アリサ  えー。
マナミ  え?
アリサ  ありだよあり。
マナミ  ないよー。
アリサ  あるって。
マナミ  ほんと?

 マナミ、取り返して飲む

マナミ  ないよ。
アリサ  えー。
マナミ  ま、どうでもいいんだけど。
アリサ  うん。

 『18:39』
 『18:40』
 『18:41』
 『18:42』
 『18:43』
 刻々と数字が変わってゆく

マナミ  あのさ。
アリサ  なに。
マナミ  ほんとに行くの。
アリサ  行くよ。
マナミ  寝てるかもしれないよ。
アリサ  先生のことだから寝てないよ。夜更かしの朝寝坊だから。
マナミ  でも…

 『フライドポテトとチーズバーガーをお待ちの方』

 アリサとリホ、カウンターに食べ物を取りに行き、つまずき、落とし、片付ける
 『きらきらと
  フライドポテトの
  降る夜に
  憧れるってこんなに綺麗』短歌④リホ

アリサ  あー!時間は!

 『18:44 
  大丈夫?』

リホ   やばい!

 大慌てでロッテリアを出る

4 電車

リホ   雨!

 『注意報が警報に変わりました』

 アリサ、携帯を忘れて取りに戻る
 マナミ、意を決してついて行く
 駅の人混みをかき分けて進む
 アリサがだれかとぶつかる

アリサ  すみません!

 ぶつかって落としたものを拾う3人

リホ   すみませんでした!
マナミ  ごめんなさい!

 改札を通り、
 『改札』
 階段を駆け上がり、
 『駆け上がる』
 駆け下り、
 『駆け下る』
 ホームへ
 『ホーム』
 発車のベル
 『○○行き発車します。駆け込み乗車はおやめください』
 アリサ、走り込んでドアを閉めさせないようにしている

 『鈍行のかたちに
  雨を切り取って
  どうしてもここに
  いなきゃならない』短歌⑤アリサ

 飛び込んでくるマナミ、リホ

 息も絶え絶えにシートに座り込む三人

アリサ  時間…
リホ   ごめん…
マナミ  行くの?ほんとに。
アリサ  まだ言ってる。
リホ   行かないんじゃ乗らなきゃよかったのに。

 雨が激しくなる
 揺れる電車

マナミ  けっこうあるよ、岬口まで。
アリサ  先生、何してるのかな。
リホ   本読んでるんじゃないかな。
マナミ  ネットしない、ゲームしない。
リホ   携帯持たないからね。
マナミ  電子辞書禁止。
アリサ  そう!
マナミ  電子辞書はね、君の知りたいこと以外教えてくれないのが困りますね。
リホ   そうそう。
マナミ  君の知りたくないことが大事なことなんだよ。
アリサ  知りたくないこと…

 『知りたくないこと』

リホ   うん。
マナミ  知りたくないこと、知ろうとしてないかな。
アリサ  どういうこと?

 『知りたくないことを知ろうとする』

マナミ  先生、何も言わずに入院しちゃったけど。
リホ   やめよう。
マナミ  ごめん。

 アリサ、リホの肩に顔をうずめる
 三人、眠くなって肩を寄せ合って寝てしまう
 風が強くなる
 マナミ、目を覚ます

マナミ  すごい雨。帰れるのかな。

  『進んでるつもりはなくて
   雨の中
   まだ決めなくて
   いいことにしている』(短歌⑥)マナミ

 豪雨、強風
 轟音とともに電車が止まる

アリサ  なに!

 『乗客の皆様にお知らせします。停止信号が点灯しました。しばらく停車します』

リホ   ここ、どこ?
アリサ  寝ちゃった。
マナミ  たいへんだよ。電車とまった。

 車掌が通りかかる

アリサ  どうしたんですか?
車掌   この先で土砂崩れがあったらしいです。
マナミ  え!
リホ   動かないんですか?
車掌   もうしばらくお待ちください。
アリサ  ここ、どこなんですか?
車掌   岬前と岬中のあいだです。
アリサ  岬口に行きたいんです!いつ動くんですか!
車掌   ちょっとまだわかりません。

 車掌去る

マナミ  どうしよう。
リホ   ごめん。
マナミ  どうして。
リホ   病院に行こうなんて…
アリサ  それはあたしが言い出したから。
マナミ  しょうがないよ。こんなことになるなんて思わなかったから。

 『三十分経過』

マナミ  動かないのかな。


5 山

アリサ  出よう。
マナミ  えー!
リホ   どうやって!
アリサ  開くんじゃない?

 ドアを開けようとするアリサ

アリサ  だめだ!
リホ   無理だよ!
マナミ  だいたいここどこ!
アリサ  聞いたでしょ。岬前と岬中の間。
マナミ  だからそれがどこ!
アリサ  すぐだよ!
マナミ  ほんと?
アリサ  ほら。

 スマホを見る

アリサ  こんだけしかないじゃん!
リホ   ほんとだ。案外近い。
マナミ  縮尺は!
アリサ  縮尺ってなに!
リホ   あれ?
アリサ  なに?
リホ   これ…
アリサ  なに!
リホ   山…じゃない?
マナミ  無理だー!
アリサ  行く。山でも行く。

 『岬山 標高285M』

アリサ  低いし。
リホ   確かに。
マナミ  いやいやいや無理だって。
アリサ  無理じゃない。行く。
マナミ  ドア開かないでしょ。

 風が強くなる

マナミ  ほら、風も雨もすごいよ。見て。

 アリサ、リホ、窓の外を見る
 アリサ、窓の枠を見て

アリサ  あたしふだん電車使わないんだけど、この電車相当古いよね。
マナミ  そりゃ超ローカル線だからね。どこか都会で走っていた電車。
リホ   中古?
マナミ  そう。
アリサ  この窓なんか昔だよね。
マナミ  うん、今こんな窓ないよね。開くんだもん。
アリサ  へえ。

 『窓、開くんだ』

マナミ  えー!

アリサ、窓を開け始める

マナミ  無理無理無理!
アリサ  先生のところに行くんだ!

 アリサ、窓をこじ開ける
 『無理だろ』

アリサ  行くよ!

 アリサ、飛び降りる
 『えー!』

マナミ  えー!
リホ   行くしかないか。
マナミ  えー!

 リホも飛び降りる

マナミ  リホー!アリサー!大丈夫!

 アリサ、窓から顔を出す

マナミ  アリサ!
アリサ  案外大丈夫。行くよ!
マナミ  どこへ!
アリサ  山を越えれば病院なんでしょ!
マナミ  それはそうなんだけど…

 リホも顔を出す

リホ   しょうがないよ。こうなったら。行こう。
マナミ  そんなこと言ったって。
アリサ  行こう!

 アリサ、マナミの手を引っ張る

 『無茶』

マナミ  嘘でしょう!
アリサ  行くよー!

 マナミ、窓から出る
 キツカ、椅子を片づける
 転げ落ちるマナミ

マナミ  嘘でしょう。
アリサ  さあ、行くよ!
リホ   マナミ、こうなったら行くしかないよ。
マナミ  なんかおかしいよ。
アリサ  行くよ!

 山の中を歩き出す

 『若者の特権?』

アリサ  で、どこ?
マナミ  え?
アリサ  どっちに行けばいい?
リホ   さあ?
マナミ  知ってたんじゃないの?
アリサ  山越えたことなんてないよ。
マナミ  おい!
リホ   マナミが知ってると思ってた!
アリサ  まあ、マナミだって間違いはあるよ。
マナミ  えー!
アリサ  きっとあっちだ!
マナミ  きっとって。

 三人、山の中をさまよう。
 雨風
 音楽

マナミ  みんなおかしい。こんなことある?電車の窓から飛び降りて変になった。アリサなんてまるでサルみたいに山の中を駆けてるし。

 アリサ、山の中をかけめぐる

マナミ  リホはなんかつみ取って食べてる。

 リホ、なにか生えてるものを食べている

マナミ 野生化した?
アリサ  うほー!
マナミ  えー!
アリサ  マナミ!
マナミ  なに?
アリサ  あれ、なに?
マナミ  ちょっと待って。
リホ   早く行かないと病院閉まるよ。
マナミ  ちょっといったん集合。
リホ   なになに?

 リホ、口元を拭きながら近寄る

マナミ  アリサがなんか見たって。
リホ   なんかって?
アリサ  なんかあのへんごそごそって。
マナミ  なんかいるの?
アリサ  なんかわかんないけど。
リホ   だいじょうぶ?
アリサ  うん。
マナミ  ちょっと休もう。休憩。
リホ   うん。

 三人、木の下に入る

マナミ  傘は?
アリサ  あれ?
リホ   もう傘いいでしょ。
マナミ  アリサさっきうほーって言ってなかった?
アリサ  なに?うほー?言うわけないでしょ。
マナミ  そう?
アリサ  うん。
マナミ  リホ、さっきなんか…
リホ   なに?
マナミ  なんか採って食べてなかった?
リホ   食べる?
マナミ  そんなわけないか。
リホ   あはは。
マナミ  そんなわけないよね。

 三人、だまりこむ

マナミ  寒い。

 三人で肩を寄せ合う

マナミ  君たちは無茶をするねえ。若者の特権かな。
リホ   先生…
マナミ  でもね、ちょっとしたことでも心躍らせることがあるもんだ。たとえばコンビニで新商品のチョコレートを買ってみるだけでもね。
アリサ  それが冒険というもんだね。

    『たぶん無敵だね、
     わたしたち
     制服のプリーツに
     冒険織り込んで』【短歌⑦ 題詠「冒険」】マナミ(本山)

    『ローファーに泥はねの跡
     足先に
     星空うつして
     歩く冒険』【短歌⑧ 題詠「冒険」】リホ(内藤)

    『とびだせば冒険
     君のまばたきの
     刹那にひかる
     雨を見ていた』【短歌⑨ 題詠「冒険」】アリサ(内藤)

マナミ  あ、あたしチョコレート持ってる。

 鞄をさぐる

マナミ  ほら。

 マナミ、チョコレートを分ける

アリサ  うほ。
マナミ  え?
アリサ  ありがとう。
リホ   ありがとう。

 三人でチョコレートを食べる

アリサ  チョコレートの話覚えてる。
リホ   バレンタインデーの?
マナミ  チョコレート、何で作るか知ってる?カカオだよね。

 『カカオ』

マナミ  ガーナなんて産地として有名だね。

 『カカオ ガーナ』

マナミ  あのね、ガーナではね、毎日毎日カカオ畑で小さい頃から働いて、しかもチョコレートを食べたことない子どもがおおぜいいるんだな。

 『カカオ 
  ガーナ
  チョコレート』

マナミ  わたしたちの豊かさはだれかの貧しさの上に立っているのかもしれませんね。
アリサ  あのあと先生にチョコレート渡しづらかった。
リホ  みんなでごめんなさいって言いながら渡したんだよね。

 茂みから物音

マナミ  なに!

 プロジェクターに熊

アリサ  うほー!
マナミ  熊だ!
リホ   逃げろー!

 みんな逃げようとする

マナミ  逃げるってあの死んだふりとかしなくていいの?
リホ   いやあれデマだから。
マナミ  どうするの?
リホ   逃げよう!

 逃げようとするマナミとリホ
 動こうとしないアリサ

リホ   どうしたの?
アリサ  やっぱり、逃げちゃいけないと思う。
マナミ  えー!
アリサ  逃げちゃダメだ。

 『逃げちゃダメだ』

マナミ  うそ!
アリサ  立ち向かわなきゃいけないと思う。先生も言ってた。知りたくないことを知ることが大事。
マナミ  そういうこと?
リホ   うん、わかった。
マナミ  えー!
リホ  戦おう。
アリサ  行くよ!

 アリサ、リホ、身構える
 熊の影が大きくなる

アリサ  来るよ!
マナミ  逃げよう!
アリサ  戦う!
マナミ  どうやって!
アリサ  リホ!
リホ   うん!

 リホ、おもちゃの刀を持ってくる

マナミ  なにこれ!
アリサ  これで戦う!

 大きくなる熊

マナミ  そんなことできるわけないじゃん!
アリサ  なんのためにここまで来たの!
マナミ  なんのためって、あたしたち先生の病院に行って短歌を選んでもらうんでしょ。
アリサ  自分たちの力で病院に行き着かないと、先生に会えないよ!
マナミ  熊となんの関係がある!
アリサ  熊を、倒す!

 『熊を倒す』

マナミ  無理だ!というより何でそんなことをする!
アリサ  行くよ!
リホ   うん!

 アリサ、リホ刀をかまえる
 熊あらわれる
 固まる三人と熊

マナミ  熊?
アリサ  熊だ!

 熊、おもちゃの刀を取ってかまえる

マナミ  熊?
アリサ  熊だ!
リホ   気をつけて!

 熊、三人にきりかかる
 アリサ、リホ、かかっていく
 ひとり取り残されるマナミ

マナミ  いったいこれは何だろう。なぜあたしたちは山の中で熊と戦っている?

 熊、マナミに斬りかかる
 マナミ、刀を受け止める

マナミ  しかも刀で。なぜ熊が刀を持つ!

 マナミも戦いの中に入っていく

アリサ  戦う理由が分かっている人なんかいないよ。
マナミ  アリサ。
アリサ  って先生が言ってた。
マナミ  あたしたち、何と戦っているの?
リホ   ほんとの敵は見えないものだよ。
マナミ  リホ。
リホ   って先生が言ってた。
マナミ  なんかおかしい!

 熊、マナミをねらう
 アリサ、リホがマナミを助ける

アリサ  マナミ!
マナミ  アリサ!
リホ   大丈夫!
マナミ  リホ!

 熊、三人にうちかかる

三人   つよーい!
熊    そうだね。
三人   しゃべった!
熊    しゃべるよ。そりゃ。しゃべるだろう。
マナミ  そりゃそうだ。

 斬り合う

熊    わたしを倒さないとわたしに会いに行けないよ。
マナミ  そうか。そういうことか。
アリサ  どういうこと?
リホ   なに?わかんない!
アリサ  マナミ、あれ何!
マナミ  あれ、先生だ!
アリサ  どういうこと!

 熊、むちゃくちゃに刀を振って三人に斬りかかる
 逃げる三人

アリサ  おかしいよ!
マナミ  あんたの方がよっぽどおかしい。
アリサ  うほ!
マナミ  サルみたいだし!
リホ   何言ってるの!
マナミ  あんたはなんか拾って食ってるし!

 熊、刀をふるう

マナミ  先生は熊で刀持って、わけわかんない!
熊    こういうのをなんて言うか教えたね。
マナミ  不条理です!先生!

 マナミ、熊に斬りかかる
 熊、マナミに斬られてしまう

アリサ  やった!

 アリサ、リホ、やられた熊に追い打ち

マナミ  いいの?それ先生だけど。

 熊、息も絶え絶えに

熊   よくやった我が弟子よ。もう教えることはない。
マナミ  先生。
熊    この山の頂上に一本の木がある。その木の下を掘り返せ。おまえたちに渡すものがある。
マナミ  渡すもの?
熊    うん。
マナミ  もしかして、歌を選んでくれたんですか!
アリサ  ちょっと待って!これ、ほんとに先生なの!
マナミ  なんだかよくわかんないけど。
リホ   うそ!
アリサ  先生!
リホ   先生!

 アリサ、リホすがりついて泣く

熊    いいか、頂上の木の下だ。ガク。

 熊、息絶える

マナミ  行こう。
アリサ  どこへ。
マナミ  頂上だよ。
リホ   うん。

 三人、立ち上がって頂上へ向かう
 熊、起きあがってプロジェクターを操作

 『何これ?』
 『ちゃんとやろうよ』

 頂上へ向かう三人
 立ち止まるアリサ

マナミ  なに?
アリサ  あれ、本当に先生?
マナミ  そうだよ。
アリサ  熊だったけど。
リホ   先生で、熊?
マナミ  うん。

 歩き出す三人
 木を作るキツカ

マナミ  頂上だ!
アリサ  これが、先生の言っていた木?
リホ   渡すものって何だろう。
マナミ  行こう。

 木の下を掘り返す三人
 箱が見つかる

アリサ  箱だ…

 箱を開ける
 みんなで箱に手を入れてゆっくり出す
 マイクを握っている

マナミ  なに?
アリサ  なぜ?
リホ   直してくれた短歌が入っているんじゃないの!

6 アイドル

 キツカがマイクを持って入ってくる

記者   たいへんな列車事故から奇跡的に救出された三名にお話をうかがいます。
マナミ  事故?
記者   土砂崩れで止まっていた電車の上にさらに大規模な土砂崩れが起きて…
マナミ  ホントですか!
記者   奇跡的にあなた方三人が助かったわけですが。
アリサ  ほんとうに電車から飛び降りてよかったです。
記者   これからしたいことはなにかありますか?
リホ   したいこと…あの、歌を…
アリサ  あ、歌!
マナミ  あの先生が、残してくれた…
記者   なんですか?
マナミ  マイク…
記者   そうか!事故で亡くなった先生から託された三本のマイク、先生は歌を教えてくれた!先生の意志を継いで…
アリサ  いや先生は本当に死んだのかな
リホ   でもわたしたちが殺した…
記者   先生を残して電車を降りたことは仕方がないことです。自分を責めてはいけません。
マナミ  先生はあの電車に乗っていたんですか?
記者   え?そうじゃないんですか?
リホ   先生は、死んだの?
記者   先生の意志を継いで、アイドルになろうとする三人に話をうかがいました!みんなで応援しましょう!
三人   えー!

 音楽
 「アローンアゲイン」(有頂天)
 急いで靴下を脱ぐ三人
 歌い踊る
 歌い終わって

三人   ありがとー!ありがとー!
マナミ  あたしたちのデビュー十周年ライブに来てくれてありがとう。あっという間の、本当にあっという間の十年でした。最後の曲です。聞いてください。「アローンアゲイン」

 音楽
 「アローンアゲイン」(島田歌穂)

  『ほんとうは
   きみと一緒に帰りたい
   きらきら仕舞う
   ステージライト』【短歌⑩ テーマ詠「アイドル」】

 歌いながらステージを去り控え室に
 椅子に座って

三人   ふー。
マナミ  やりきった…
アリサ  十年かあ。
リホ   十年経ったんだ。
アリサ  あたしたちがアイドルなんて、思いもしなかったね。
マナミ  うん…
リホ   アイドルかあ…
アリサ  うん…

 考え込む三人

マナミ  デビュー曲、なんだっけ?
アリサ  なに言ってるの?あれだよ。あれ。
マナミ  なに?

 考え込む三人

アリサ  あ!「アローンアゲイン」
マナミ  それから?
アリサ  …「アローンアゲイン」
マナミ  で?
アリサ  「アローンアゲイン」
リホ   今歌ったのが、「アローンアゲイン」
マナミ  あたしたち、本当にアイドル?ていうか、なにこれ?

 考え込む三人

マナミ  そうだ!マイクだ!
アリサ  マイク?
マナミ  先生の遺言だよ!
リホ   先生の遺言?
アリサ  先生、死んだの?
マナミ  死んだ!
リホ   なんで!がん!
マナミ  あたしが殺した!
アリサ  えー!
マナミ  アリサとリホでとどめ。
アリサ  どうしてそんなことを…
マナミ  熊だったから。
アリサ  ちょっと待って。
マナミ  マイクだよ!
リホ   マイク…熊…山の中…
アリサ  熊…山の中…電車…ロッテリア…バス…教室…
マナミ  どっかで道をそれた!
アリサ  病院だ!
リホ   あ!
アリサ  病院行かなきゃ!
リホ   行こう!
アリサ  行くよ!マナミ!
マナミ  でも、十年だよ。まだ入院してるかな。
リホ   十年?
アリサ  十年って?
マナミ  デビューして十年…

 アリサ、リホ、立ち止まる
 二人マナミの顔を見る

マナミ  十年経っても行くんだね。
アリサ  百年経っても。
マナミ  行こう。

 三人、駆け出す

マナミ  あれ、乗ろう!

 マナミ、手を挙げる
 キツカ、椅子を並べる

7 タクシー

 三人、タクシーに乗り込む
 雨が降ってくる

運転手  どちらまで。
マナミ  岬病院へ。
運転手  はい。
アリサ  どのくらいかかりますか。
運転手  そうですねえ、ここからだと十五分かな。
リホ   ここ。どこですか。
運転手  岬中と岬前の間くらいです。
マナミ  え?岬中と岬前…
運転手  岬病院は岬口の駅の方でしたね。どなたかのお見舞いですか。お客さんたちびしょびしょですね。もしかして電車に乗ってたんですか。
マナミ  はい…
運転手  大変でしたね、土砂崩れでとまっちゃってね。駅から歩いてきたんですか?
マナミ  ええ…
運転手  まさかあの電車に乗ってたんじゃないでしょうね。

 雨が激しくなる

マナミ  運転手さん、今何時ですか。
運転手  今午後七時…
マナミ  あの電車って…
アリサ  あたしたちが飛び降りた電車だよね。
リホ   うん。
マナミ  あたしたち、何してたんだろうね。

 しばらく車に揺られている

運転手  雨やまないですね。ラジオつけてみましょう。

 ラジオから音楽

運転手  ちょっと山道に入りますよ。

 雨
 山道を走る車

マナミ  真っ暗だ。
アリサ  このあたりって…
リホ   熊が出たところ?
マナミ  熊の先生…
運転手  熊野先生ご存じですか!野球部の!いや懐かしいなあ。

 後ろを向いて話しかける運転手
 三人、あわてる

マナミ  いやいやいや、危ないって!
運転手  熊野先生に教わってるんじゃないの?
リホ   あたしたちが言ってるのは「熊の先生」で、「熊野先生」は知らないです!
運転手  え?熊野先生じゃないの?いやいい先生でね。よく教えてくれました。あきらめるな!いつも前を向け!
アリサ  前向いてください!
運転手  あんたたち熊野先生ほんとに知らないの?
マナミ  前ー!
運転手  なつかしいなあ、熊野先生。いつか会ったら…
リホ   前向いて!
運転手  ぶんなぐりたいねえ。
三人   えー!

 ガードレールにぶつかり、崖から落ちる車

三人   きゃー!
運転手  あ、ごめーん!

 座席ごと放り出される三人

三人  うわー!

 崖から転げ落ちる
 雨風と音楽
 三人、スローモーションで転落
 いつの間にか舞台中央へ

 8 病院

  『進んでるつもりはなくて
   雨の中
   まだ決めなくて
   いいことにしている』(短歌⑥)マナミ

 『岬口駅』

アリサ  着いたよ。
リホ   降りよう。
マナミ  えー!
アリサ  ごめんね。
マナミ  どうして?
アリサ  むりやり連れてきちゃって。
マナミ  降りよう。

 電車を降りる三人
 改札を抜け、駅を出る

アリサ  どっち?
リホ   あっち、かな。
マナミ  (スマホを見ながら)ここだ。行こう。

 アリサ、立ち止まる

マナミ  どうしたの。
アリサ  ちょっと。
リホ   行こう。
アリサ  あのね。
リホ   なに?
アリサ  怖くない?
マナミ  怖いよ。
アリサ  本当に行くの?
マナミ  行くよ。
リホ   さ、行こう!
アリサ  うん。

 三人、進んでいく

 『岬病院』

マナミ  玄関暗い。
リホ   あっち明るいよ。
マナミ  救急だ。

 泣き始めるアリサ

リホ   バカ!もう泣いてる。
マナミ  アリサが行きたいって言ったんでしょ!
アリサ  ごめん。

 アリサにつられるように泣き始めるマナミ、リホ
 肩を組んで泣く三人
 警備員がやってくる

警備員  どうしたんですか?

 三人、泣き止んで警備員を見るが、また泣き始める

警備員  こんなところで泣かないでくださいよ。

 泣き続ける

警備員  だれか亡くなったんですか?

 火のついたように泣く三人

警備員  ここじゃなんだから、入ったら?

 泣きながら、うなずく

警備員  だれかに面会なの?

 うなずく

警備員  とっくに面会時間過ぎてるよ。

 泣く声が大きくなる

警備員  看護師さんに頼んであげるから。だれに会いたいの?

 警備員が耳を近づける

警備員  (看護師に)シガさん、そう、学校の先生。え!いないの?

 一瞬、息をのむ三人

警備員  退院?え?違うの?

 三人、顔を見合わせて

マナミ  退院じゃない…

 三人泣き声マックス

警備員  まさか…あ、転院なの?今日?あ、そう、一時帰宅。

 三人、泣き疲れ

警備員  もう、帰りな。遅いから。

 うなずく三人

警備員  駅まで送ろうか?

 首を振る三人
 帰って行く
 立ち止まって

三人   ありがとう…

 また泣き始めて言葉にならない
 嗚咽しながら歩く三人
 急ぎ足で駅に
 駅→改札→電車→改札→駅
 駅前の雑踏
 ようやく泣き止む

9 駅前

アリサ  先生、どうしたのかな。
マナミ  治ったわけじゃないけど、よくなってると思うよ。
リホ   どうして?
マナミ  わかんないけど。
アリサ  うん。

 キツカ、三人を待っている

マナミ  あ!小澤くん!
リホ   どうしたの?いま帰り?塾?
キツカ  ううん。待ってた。
アリサ  あたしたちを?
キツカ  これ。

 手紙を渡す

マナミ  これ…

 マナミ、受け取る

マナミ  先生からだ!
キツカ  あのあと、教室に担任がこれ持ってきた。駅で待ってれば渡せるかなって。
マナミ  ありがとう。
アリサ  見て!早く。

 マナミ、手紙の封を切る

マナミ  ディア、お嬢さんたち。
アリサ  古!
マナミ  いい歌を作るようになったねえ。一応、選んでみたけどね。直すところはないよ。これを短歌甲子園に出しなさい。
リホ   先生…
マナミ  タンカと言ってもけが人を運ぶあれじゃないよ。
アリサ  先生…つまんないよ。
マナミ  でも、まああえて直すとすればね。
リホ   直してくれたんだ。
アリサ  先生の選んだ歌…

 スクリーンに映し出される

 『きらめいた瞬間の尾を
  つかまえて
  先生と見る
  せせらぎの底』(短歌①題詠「先生」)マナミ

アリサ  マナミの歌だ。
マナミ  こう直してみたよ。

 『一瞬の尾のきらめきを
  つかまえて先生と見る
  せせらぎの底』【短歌① 題詠「先生」改作後】マナミ(内藤)

マナミ  やっぱり先生だ。先生に直してもらった。
アリサ  次は?

 『「先生」と呼べば
  振り向く人がいて
  春の廊下は
  あたたかくなる』(短歌②題詠「先生」)リホ

リホ   あたしの歌だ。

  『先生、と呼べば
   振り向くひとのいて
   春の廊下は
   とけだしてゆく』【短歌② 題詠「先生」改作後】リホ(本山)

リホ   とけだしてゆく…いい!すごくいい。
アリサ  はやく、次は?

『先生と話すとき
 わたしの声は
 いちばんきれいに響く
 気がする』(短歌③題詠「先生」)アリサ

アリサ あたしのだ。

『先生に会うとき
 僕の声帯は
 いちばんきれいに動く
 気がする』【短歌③B 題詠「先生」改作後】アリサ(本山)

アリサ  ぼく、だって。
マナミ  いや?
アリサ  いいに決まってるでしょ!

 マナミ、手紙の二枚目を読む

アリサ  病気のことは?
マナミ  書いてあるよ。
リホ   …どうだって?
マナミ  さて、お嬢さん方。先生はもうしばらく学校に行けません。今回は返事が遅くなって悪かったね。
アリサ  いいえ。
マナミ  さすがに携帯を持とうと思う。
リホ   ほんと!
マナミ  実はもう買った。iphone6+だ。
アリサ  またいきなり最新型を!
マナミ  なにがなんだかさっぱりだ。
リホ   まったく!
マナミ  つぎからはメールをくれ。あ、アドレスが書いてある。
リホ   ホントだ!takuboku3gyo…アドレス啄木三行だって。
アリサ  先生らしいね。
マナミ  見舞いはね、来なくていいよ。
アリサ  もう、行ったよ。
リホ   もう、送ろう。

リホ、スマホを出してメール
三人、手紙を見続ける

マナミ  でも!でも、あの…
アリサ  なに?
マナミ  病気は大丈夫かな。
リホ   うん。
アリサ  悪くなってたら…

 三人、黙り込む

キツカ  あの…
アリサ  なに?
キツカ  文芸部に入りたいんだけど…
マナミ  ほんと!
キツカ  短歌、つくってみた…
三人   見せて!

 キツカ、プロジェクターを操作

   『稲の花みたいに
    地味な僕だけど
    きっと咲くから
    見ていてほしい』【短歌⑩ テーマ詠「希望」】キツカ(内藤)

マナミ 稲の花みたいに地味な僕だけどきっと咲くから見ていてほしい…
アリサ …へえ。
キツカ 文芸部、入ってもいい?
リホ  もちろん!ねえ。
アリサ うん。
マナミ ようこそ。
キツカ あの、ありがとう。
マナミ さあ、行くぞ!盛岡!

 音楽

マナミ 先生、盛岡に行ってきます。先生の好きな石川啄木と宮沢賢治の岩手県に行ってきます!はやく病気を治してください。いい歌をつくって先生に選んでもらいます。それまで、さよなら。お大事に!

2014年

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