春、降りしきる日の。

「春を飲みこみました」

ふくふくと予感を包んでいたものだから、
ああ、芽吹く 芽吹く。
肺の奥から伸びてくる
もうこんなに長くなって
歩くたびに、さわさわ、揺れる
蕾がふくらんでくれば重くなるだろう
なんだかうまく動けなくなってきたよ。困ったように笑ってみせた。
それもいつまでのことかしら、と、呟いたひとの目は窓の外を見ていた。

花が開いてしまうまでに、たくさんの約束が必要だった。
重ねられなかった小指、
視界が覆われてしまえば見えなくなる。
透明な雨が降りだして
溶けてゆく肩は、ふれる先を探してふらつく。
やわらかくなってきた蕾には、針を刺してほぐしてしまう。

芳香は 甘く 苦く 日増しに濃くなり、薄く紅を広げてゆく。
もう歩めない足。
もう動かない腕。
さわさわ、さわさわと、
身じろぐのがどちらか、判別はできない。
耳を澄ませれば、また雨の音がする。
混じって、しゃくしゃく、花びらを食べる音。
細い指先の淡い色。
ふれたところが、冷たい。


咲いた。
春、降りしきる日。


頰が濡れている理由を、彼のひとは問わない。
答える術も、もうない。
いつしか雨は止んでいて、

飲みこんだ春だけが、揺れ続けている。


8

雨木 透子

火曜日のあくび

詩のようなもの(ときどき掌編)
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