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僕らはこうしてパスタに襲われる

 春キャベツが美味しい。丁寧に火を通したガーリックオイルに、鷹の爪とアンチョビ、たっぷりの春キャベツ、それから隠し味でケッパーを少し。
 スーパーマーケットに春キャベツが並び始めてからというもの、僕はアンチョビ・キャベツを製造する特別な機械になったみたいだった。作った後はせっせと食べた。
 ワインもよく飲んだ。アンチョビキャベツを相手に昼間から。1年を通して金に困っている僕は、近所のスーパーで手頃な白を買った。

 この「今日のランチはカルボナーラ」的な、とりとめない文章を、このまま続けると物語になるだろうか?なるかもしれない。ならないかもしれない。
 例えば、アンチョビ・キャベツばかり食べる僕に嫉妬した、直径1.7mmのパスタが突然襲い掛かかってくるとか。
 僕はひ弱なので嫉妬に狂った直径1.7mmのスパゲッティーニに襲われたら、ひとたまりも無いだろう。抵抗虚しく首に巻きつかれて絶命する。
 一人称で書いていたら物語はそこで終わり。せいぜいエピローグで、死因は窒息死だったと語るので精一杯。
 三人称で書いていれば、僕を殺した後、突然変異で直径6mに巨大化したパスタの話しが書けるかもしれない。東京で猛威を振るう巨大パスタに米軍主導の多国籍軍が戦術核を使用。核の炎の中で、直径6mのパスタがアルデンテ!アルデンテ!と叫びながら絶命する。
 無理矢理エピローグを入れるなら、「アンチョビとキャベツのパスタ」を食べるイタリア男が登場。「なんでパスタは、アンチョビキャベツに嫉妬したんだ?」と言って終わりとか。

 ……まるで駄目だ。パスタが襲ってくるという部分が新味に欠けるし、核の炎は特に良くない。
 そもそも、文学や物語に意味や意義などあるのか?文学や物語のおかげで、人が死ぬとか、逆に人の命が救われるとか、せめて僕の財布にささやかな金が入るだとか。
 今の時代、もうそんなことは起こらない。インスタグラムに太ももの写真を上げる方がずっと良い。
 僕もいい加減、こんな出鱈目な文章を書く生活に見切りをつけないといけない。作家なんて辞めて真っ当に働くべきだ。真っ当に働く?毎朝通勤電車に揺られて、会議に出たり、書類を作ったり…もうよそう。

 この見込みの無い文章にうんざりし、昼食を作ろうと思った矢先、携帯にメッセージが届いた。痩せて貧乏な友人からだった。
 僕はメッセージに目を走らせた。
 「パスタに襲われている」
 なんてことだ。僕は即座に返信した。
 「首を守れ、すぐに行く」
 すぐに行くとは言ったものの、タクシーに乗る金がなかった。仕方なく、バス停でぼんやりバスを待った。
 僕にはたった2人しか友人がいない。痩せた貧乏人と太った金持ち。どちらも大事な友達で、どちらも前科がある。痴漢と下着泥棒。どっちがどっちだったかは忘れた。
 友人の危機でもタクシーに乗れないミジメさ。普段は目立たなくても危急の時には貧富の差が出る。こんな切り口で物語を捻り出せないか?と考えるうちにバスが来た。混んでいた。座れなかった。

◇◆

 アパートの鍵は開いていた。ドアを開けると、痩せて貧乏な友人が仰向けに倒れていた。
 眉間に鋭いペンネが1本深く刺さっていた。死因は恐らくショック死か失血死。自分の首を絞めるような格好で、両手でしっかり首を守っていた。胸が痛んだ。まさかペンネだなんて。
 キッチンからシクシクと泣き声が聞こえた。行ってみると、80gほどのペンネ達が一箇所に固まって泣いていた。取り返しのつかないことをしてしまった、そういう泣き声だった。涙で柔らかくなったペンネを1つ食べてみると、塩分が程よく効いた絶妙なアルデンテ。
 僕は素早くフライパンにオリーブオイルを引き、にんにくと赤トウガラシに丁寧に火をとおす。香りがたったところでトマト缶を入れ—イタリア産の高級トマト缶があったのは嬉しかった—コクを出すためにパルメザンチーズを振ってから、塩と胡椒で味を調えた。
 シクシク泣く80gのペンネ達をフライパンにうつし、ソースとざっとあえると、泣き声は止み、ペンネアラビアータができた。缶ビールを開け、せっせと食べた。
 パスタを平らげてしまうと、玄関に転がったままの友人の死体が気になった。気分が落ち込んだ。警察のことを考えたのだ。真犯人は僕が食べてしまった。厄介なことになった。
 思いがけず犯罪に巻き込まれるのは初めてではない。街で若い女を買った時の話しだ。コトを終えてから、その女は天使の笑顔で言った。
 「未成年なの」
 嫌な思い出だ。僕には厄介な犯罪に巻き込まれる傾向があるのかもしれない。
 ところで、ペンネは何に嫉妬したのだろう?貧乏人がイタリア産の高級トマト缶?冷蔵庫を調べるとタッパーの中にはミネストローネスープ。ミネストローネかもしれないな。僕はそんなことを考えながら、痩せて貧乏な友人の家を後にした。
 バス停でバスを待つ間に死体や警察やペンネのことは、すっかり忘れてしまった。代わりに思い出したことがある。痩せて貧乏な友人の前科は痴漢だった。

◇◆

 家に帰った僕は、80gのペンネを消化しながら、自宅の窓辺で本を読んでいた。西日がきつかった。
 一足早く夏を感じる、そんな爽やかな読書をしようと、タイトルに惹かれて買った。
 『8月の砲声』(バーバラ・W・タックマン著)
 読み始めるとずっと戦争の話だった。第一次世界大戦のノンフィクション。塹壕を掘ったり、凍えたり、無理な突撃で全滅したりしていた。ドイツ第八軍の参謀ルーデンドルフが、ロシアのレンネンカンプフ第一軍を攻めるか逡巡しているあたりで、僕の携帯にメッセージが届いた。

 メッセージは太った金持ちの友人からだった。
 「パスタに襲われている」
 まただ、今日はどうかしている。とにかく今度は助けなくては。返信にも力が入る。 
 「オーケー、問題ない、落ち着いて。まずは、パスタの種類を教えくれ」
 「種類?」
 「パスタの種類だよ。スパゲッティーニとか、ペンネとか、フェットチーネとか。どれなんだ?」
 「知るか」
 ワインやチーズにはうるさかったはずだがパスタには無頓着らしい。とはいえ、短いながらも、返信が来るのは良い兆候だった。少なくとも生きているし、返信する余裕がある。
 取るものも取りあえず、僕は勢いよく家を飛び出し、バス停でバスを待った。今度のバスは空いていた。座れた。

◇◆

 バスを降りた僕は、太った金持ちが住むマンションまで夢中で走った。辿り着くと、肩で息をしながら、オートロックを前に途方にくれた。
 インターフォンを押すと、5回目のコールで反応があった。声はしなかったが、滑るように自動ドアが開いた。
 玄関の鍵は開いていた。靴を乱暴に脱ぎ捨てて駆け込む。リビングの壁際、インターフォンのすぐ側で、太った金持ちの友人—下着泥棒の前科がある—が床に背を丸めて、もがいていた。
 彼の首回りには、嫉妬に狂った直径0.9mmの極細いパスタが見える。良かった、カッペリーニだ。スパゲティーニより細身で力が弱そうだ。少なくともペンネではない。
 友人は太い腕でしっかりと首をガードしているが、疲れ知らずのカッペリーニの猛攻に疲労の色が濃い。
 太った金持ちの友人が力なく言った。
 「助けてくれ」
 「待ってろ」
 僕は答えると、キッチンへ急ぐ。思った通りだ。まな板には、切りかけのトマトとモッツァレラチーズ、それからルッコラの葉。カッペリーニは「トマト・モッツァレラ・ルッコラのサラダ」に嫉妬にしたのだった。
 僕は早速にんにくをみじん切りにし、包丁の腹で丁寧にすりつぶす。トマトとモッツァレラを手早く1センチ角にカットし、にんにくと一緒にステンレス製のボールに入れた。バジルをちぎってまぶし、オリーブオイルと岩塩で味を整え、隠し味にバルサミコ酢を回し入れる。そこまで終えてから、休む間もなく友人のもとへ駆け戻った。
 首にまとわりつくカッペリーニを1本引き離そうと手を伸ばす。カッペリーニもアルデンテ!アルデンテ!と大声でわめき立てて激しく抵抗する。なんとか、1本抜き取り食べてみると、格闘による汗の塩分も効いた絶妙なアルデンテ。
 僕はキッチンへとって返し、ステンレスのボールを持ってくると、首に巻き付くカッペリーニをトングで掴み、手早くソースとあえていく。悲痛な叫び声を出していたカッペリーニも、ソースにあえられるやいなや、大人しくなり、トマトとモッツァレラの冷製パスタができた。
 カッペリーニ達を冷製パスタにしてしまうと、僕はキッチンへ戻り、透明なガラスの大皿に品良く盛り付けた。仕上げに、まな板の上に残っていたルッコラを周囲に散らして、ダイニングテーブルに運んだ。冷蔵庫からよく冷えた白ワインを選びグラスに注いだ。
 「出来たよ」と僕は言った。

 トマトとモッツァレラの冷製パスタを2人でせっせと食べた。太った金持ちの友人は改まって僕に言った。
 「本当にありがとう」
 「水くさいな。友達じゃないか」
 「一体どうやって思いついたんだ?」
 「何がだい?」
 「冷製パスタにすれば大人しくなるって」
 「作家だからね」
 「ふうん」

 パスタを平らげた僕は、帰り際に太った金持ちの友人に言った。
 「ところで、ここまでタクシーで来たんだけど….」
 「ああ、そんなこと」
 太った金持ちの友人は、数枚の紙幣を僕に渡してくれた。

 忙しい1日だった。痩せた貧乏人が死んだ、太った金持ちの命を救った、そして、僕の財布には数枚の紙幣が入った。

END


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コメント17件

mahsonoblog 様
コメントありがとうございます。「はちゃめちゃ」なテキストだけど、なんだか最後まで読めちゃうみたい、なのが書きたかったので「はちゃめちゃ」と言って頂けて嬉しいです。フェットチーネは力が強そうです。首を守ってお召し上がりください。お読み頂き有り難うございました。
そう、手強そうです。
助けにきていただけますか?
あっ、タクシー代払いますから。
星新一のショートショートみたい。奇妙でドライでなぜかあたたかい。素敵な短編ですね。スドウさんの筆力に嫉妬してわたしも首に巻きついてしまうかも。そのときはピリッとしたペペロンチーノにしてください。
Ginger ale様

コメント有難うございます。筆力に嫉妬頂けたら、それは書き手冥利につきます。
星新一は子供の頃、文字通り貪るように読んだ記憶があります。そして、大人になって読んでも面白くて。あんなショートショートがいつか書きたいものです。ご注文はペペロンチーノで承りました。
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