見出し画像

自分の個性を活かして起業する方法

創業40年になる川崎の本店から、こだわりと技術を受け継いで2006年に代々木上原に開店したとんかつ屋「武信」。国内では有名百貨店で取り扱われるだけでなく、ミシュランガイド東京のビブグルマンに2度掲載されるなど、非常に高い評価を得ている。近年は海外のとんかつ専門店のプロデュースやコンサルティングも行う。

(代々木上原の閑静な商店街の一角にあるお店の外観)

そんな「武信」の店主、武田和也さんにとんかつのこと、お仕事のこと、海外展開のことを聞いてみた。

目次 - content -
第1回 「とんかつ」の魅力と美味しさ  
第2回 自分の個性を活かして起業する方法
第3回 海を渡る「とんかつ」 

第2回 自分の個性を活かして起業する方法

末吉
武田さんはとんかつ屋さんを経営されるお父様がいらっしゃり、二代目でありながらお店をそのまま継承されなかったのはどうしてなんですか?

武田
はじめは、継ぐという話をもらって親父の店で働いていたんですよ。だんだんと任せていくという話でしたが、一緒に仕事を始めても、父もまだまだ若くてエネルギーもあるし、まだまだ任せて引退していくという年でもなかったんですね。また、親父は親父のやり方があり、僕の方もこうした方がいいのに、という思いが出てきて、意見が割れてしまうことが増えました。


末吉

やり方の違いですか?


武田

そう、親父と僕の考え方とが違うと、周りで働くスッタフやバイトにいい影響はないし、他の店でもっと修行した方がいいなと思って、出ることにしたんです。でも、「とんかつ」の作り方は、親父に習いたかったから、他のお店で働きながら「とんかつ」作りを教えてもらう時は我慢して、親父の言うことを聞いていましたよ(笑)


末吉
そんなエピソードが(笑)では、お父様と同じ「とんかつ」の事業で、独立することに抵抗はなかったのですか?僕の場合は、父親が建築関係の会社を経営しているのですが、今は全然違う業界にいて、このままたぶん継ぐことはないと思うので、個人的にも興味があります。

武田
やはり幼少期から実家のとんかつに親しんでいて、本当にたくさん「とんかつ」を食べていました。武信の「とんかつ」が大好きだったんですね。だから、この「とんかつ」には本当に愛着があって、守っていきたいという思いがありました。そして、親からお金は借りたけれど、自分らしさを大切にしたかったから、経営には口を出さない、ということを条件に、別のお店を出店することを決めました。

末吉
そうだったんですね。

武田
他の飲食店でも働いてみて、色んな食材を扱うよりも、一つのものと向き合う「とんかつ」はやっぱり面白いと感じて、最終的には「とんかつ」に戻ってきました。

末吉
不思議な形で、お父様の事業を継承された感じですね。

武田
代々木上原で別のお店を開業したから、事業を継承したという感じでもないですかね。経営は別だし、実家のある地元で「武信」は知られていたけれど、上原では誰も知らないゼロからのスタートでしたね。

末吉
そうですよね、そんな大変ななか、独立しようと思ったきっかけは何だったんですか?

武田
うーん。昔からいつかは、自分の店をやるだろうなとずっと思っていましたね。自分の店をやるというよりも、性格的に人に雇われるのは向いてないなと思っていたので、いずれ何かしらのカタチで独立するんだろうな、と思っていました。

会社勤め中にいろいろ経験積んでタイミングを待つよりも、大変だろうけど、準備万端で始めるのではなく、試行錯誤しながら店を作りあげていこうと思いました。親父のお店ではぶつかるし、自分でスタートを早めに切って、後から帳尻を合わせながら、なんとかやっていこうと決めたんです。それで最初の3年くらいは、「もっとちゃんと準備してから始めれば良かった」と、とても後悔するんですけどね(笑)

末吉
それはすごい。 でも、不安は感じなかったですか?

武田
うーん、どうだろう・・・

末吉
「よし、やるぞ!」と前向きな感じですか?

武田
最初は意気込んで始めましたが、常に前向きでいるのは難しかったですね。やっぱり最初の頃はスタッフが定着しないし、お客さんが来ない状態だったから、毎日掃除したり、集客のことを考えたり、新しいメニューを考えたりしていました。・・・きっと違う人がやっていたら、「止めたら?」とアドバイスしたかもしれません(苦笑)

それくらい、きつかったです。

末吉
起業した会社は、3年以内に90パーセント以上が潰れるといわれますしね。

武田
このままお客さんが来なかったらどうしようと不安を感じたりもしていたけど、潰れたからと言って、何をこれからやっていくんだ? と自分に問いかけても、それは考えられませんでした。だから「失敗したかな」と思った時も、閉じようとは思えなかった。なんとかしてやろうと必死でした。


本当に苦しかった創業時代


末吉

その時は、苦しかったですか?

武田
夜寝て朝目覚めると、今日もこの現実か・・・と気が重くなる日々は、お店がオープンして3年は続いたかな。はじめの頃は、テレビに出て一瞬ポンとお客さんが来るようになっても、1か月も経つと同じ状態に戻ったりと、集客に悩まされる日々が続きました。

末吉
それはきつい。ちなみに、お店の場所を決めたきっかけって何かあるんですか?

武田
はじめは、三軒茶屋、中目黒などいろんな物件を歩きまわりました。いろいろと探しているうちに、この物件が出てきて、簡単に物件出てくることがないな、と思いながらも、家賃は何十万とするし、高いし、どうしようかな、とずいぶん迷いましたよ。

末吉
この物件にした決め手は?

武田
この物件を下見に来た時、「この場所はやめた方がいい、良いとこじゃないよ。何軒も入っては潰れてるいわくつきの物件でこの辺では有名だから」と偶然通りかかった知らないおばさんに言われてね(苦笑)でも、前に修行先で勤めていたお店のオーナーに相談したら、「人がやらない方がいい物件だからやるんだよ」という言葉で決めたんです。

末吉
結果的には、おばさんの言葉をくつがえした(笑)のは、その方のおかげですね。でもいい状況になったのは、しばらく経ってからのことで、苦しい日々は続いていたんですよね?

武田
本当にね。朝が来たら、またか…。(お客さんが来ないしスタッフもいない)でも、決めたらやるしかない、と。

末吉
その状態で、耐えられた理由はありますか?

武田
この店は僕の最後の砦、後ろには逃げるとこがない状態だったんじゃないかと思います。

末吉
退路を断つということでしょうか?

武田
そうですね。父親と同じ屋号でやっている以上、ちょっとお店やってそこで潰れてしまったというのはみっともないという気持ちがあったのは良かったかもしれません。

末吉
そうだったのですね。

武田
普通、お店をオープンしてすぐの頃は、知り合いとかに声かけて、少しずつ軌道に乗せていくという形を取る人が多いんです。でも、この広いお店では、お客さんが入っていないとガランとしてしまうから、知り合いを呼んでもうまくいっていないことがわかってしまうのではないかと気になって、はじめの頃「ぜひお店に来て」とは言えませんでした(苦笑)

末吉
それはまた大変ですね。この時に意識をしていたことは何ですか?

武田
うーん。できることを淡々とこなしていたかな、と思います。5年後、10年後のかけ離れたヴィジョンはかかげず、リアルに目の前の改善できることを見つけて、実行に移して、粘り強く店を続ける、ということをしていました。昔は、アルコールを飲む人向けの串揚げなどの一品メニューを用意していたり、冬は豚しゃぶを出したり、このエリアに合わせて、とにかくいろんなことを試していました。今、スタッフに昔のことを話すと「そんなことやってたんですか?信じられない!今と全然違う店だったんですね」と言われますね。

末吉
それは僕も、同じ気持ちです。では、光明が見えた時はいつ頃だったんですか?

武田
妻が、店に入ってくれるようになったことかな。あと、代々木上原という立地もあって、おつまみメニューを多く揃えていたんですが、中途半端に出してたメニューをどんどんやめていって、もっともっと「とんかつ」に集中して磨きをかけていこう、と決めてからですね。それが2009年ごろです。

末吉
奥様が店を手伝ってくださったんですね。

武田
それまでは、店のことを自分一人で悩み、決断していたけれど、飲食の経験のある妻が側にいてくれたことで、相談しながら決めていけたことは心強かったです。あと、お店に女性が入ることで、スタッフも馴染みやすくなって、アルバイトが定着するようになったのも大きかったと思います。

末吉
なるほど。

きっかけは常に「人」


武田
オープンしてからは、ちょっとずつは上がったり、下がったりしていたけど、起業から、7、8年目でようやく売上が安定して伸びるようになってきました。それはちょうど、今の料理長が入ってくれるようになった頃ですね。

あと、フィリピンでのプロデュース事業開始が2011年。起業して5年目で、まだ任せられるスタッフがいないから、フィリピンへ行く3日間は店を閉めていたのを覚えています。自分の店を閉めて人の店を手伝うって、俺何やってんだって思いましたね。だから、必死で人に任せられる店をつくっていかなきゃって思いましたね。最初、妻には「うちの店はどうなるの?」と言われたけど、チャンスだと思ったから、その時はチャレンジすることを決めました。

末吉
勇気のいる決断でしたね。武田さんは、いつも人が絡んで結果が出ているという感じがします。奥様や料理長など。どういうことを意識してコミュニケーションをとっていますか?


武田

これまでスタッフが辞める度に、「原因は自分の中にあるのではないか?」と内省を繰り返していました。すぐには自分を変えることはできないとしても、同じようなことが起きることがないように、現状を直視して向き合って、変えた方がいいところがわかれば、変えるように努力をしてきました。

末吉
その時の気づきや、どんなことを振り返ったりしていましたか?


武田
うーん、わからないな、難しいですね。でも、きっと、何かがちょっとずつ変わってきたんでしょうかね。思い当たるのは、以前は、あまりに人手不足で、働いてくれれば誰でもいいと思って採用していたけれど、「うちのお店は、こういうことを大切にしている」ということをきちんと伝えるようにして、その方針に外れている人は入ってこれなくしてから変わったと思います。仮に入ってきたとしても、すぐにやめてしまうようになり、店に合う人が集まるようになりましたね。


末吉
素晴らしい変化ですね。ちなみに、売上が上がり始めた、安定し始めたタイミングはいつですか?


武田
最初は低迷、低空飛行を続けて、6年目から急激に毎年のように伸び始めました。

末吉
伸びるというのは具体的には?


武田
3、4年くらい前から、40ヵ月以上にわたり、前年同月比で10~20パーセントくらい成長するくらいになりました。


末吉
えー、それはすごい!


武田
売上が上がったのは、本当に今のスタッフのおかげです。お店が大きい分、良いスタッフが揃うことで、たくさんのお客さんを対応できるようになり、キャパを活かして売上を伸ばすこともできるようになりました。それに、それぞれのスタッフが個性と長所を活かしあって、逆に弱みをフォローしあえるようになったんです。

末吉
おぉ、このお店を選んだ実が結び始めたのですね。


武田

料理に関しては、最初から胃もたれしないさっぱりしたとんかつということを目指したわけではなく、お客さまの評価から店の強みを明確にしていった結果、今の武信のとんかつに行き着くことになりました。

末吉
お客さまが求めていることを把握して、自分の強みを明確にしてから磨きをかけているという感じだったのですか?


武田
そうですね、たとえお客様からのネガティブな意見があったとしても、そこにお店として改善していく余地はないんだろうか、という視点は持つようにしています。

末吉
お店によく来てくれていたお客さまが、その時食べた時のとんかつの揚げ加減に不満があってメッセージを送ったら、ものすごく丁寧に返事を返されて、逆にお客さまが驚いた、なんてこともあったそうですね。本当にお客様の声を大切にされているんだな、と思いました。


武田

頻繁に通ってくれるお客さんは、常に同じものを安定した味で食べたいという想いがあるから、店の方はある一定のものを提供し続けることが大切なんだろうな、と思っています。ただ、その部分のスタッフへの伝え方に関しては、例えば「とんかつ」の揚げ加減は料理長に一任していますが、「いいものを常に出す」ということを意識して出すように、と伝えるようにしていますね。


末吉

武信さんの常連さんと新規客の割合はどのくらいなのですか?

武田
7:3くらいですかね。


末吉
じつは、僕もまだ今回の対談のお話をいただくずいぶん前に、武信さんを「美味しいとんかつ屋さんがあるんだよ」と、親しい友人3人から勧められて食べに行っていました。どうして何度も食べに行ったり、口コミしたくなるんですかね?

武田
うーん。通が好きなものを出すのではなく、スタンダードなものを提供しているからでしょうかね?末吉さんはどう思いますか?

末吉
僕がちょっと思ったのは、小さい店で行列ができて何十分も毎回待たないといけない店だと「いつもあの店に気軽に食べに行こう」とはならないですが、武信さんはいつ行っても人気でたくさん人が出入りしているけど、ほとんど待たされたことがない、ということです。武信だとキャパがあるので多少混んでいても待っていればすぐ入れるので、行きやすいんですよね。他にも、料理だけでなくスタッフさんたちの対応とか、店全体のバランスも、庶民派に行き過ぎないけれど高級だったり通好みに行き過ぎない、そんな感じがしました。王道を意識して、みんなに愛される、ということでしょうか?

武田
いえ、意識しているわけではなく、結果的にそうなったというのが正しいような気がします。王道かと言われるとわかりませんね、メニューも「とんかつ」だけでなく、カキフライなど魚介もいろいろやっていますから。

末吉
確かに「とんかつ」だけ、というわけではありませんよね。

武田
ただ、メニューの幅が広いというところは、フィリピンのオーナーがパートナーとして僕の店を評価してくれた理由のひとつでもあります。

末吉
うーん、不思議なご縁と展開ですね。最近ではフィリピンだけでなく、西武百貨店のカツサンドをプロデュースされたということですが、きっかけは何だったんですか?

武田
すごく親しくお話をしていた常連のお客様が、たまたま西武百貨店の社長さまだったことがきっかけで、ご縁をいただいたんです。ご来店されるたびにフィリピンでの事業のことや、お店のことなど、いろいろお話していたのですが、ある時お名刺をいただいて、西武百貨店と取引をする気はないか、というお話になりました。

末吉
そんなことがホントにあるなんて!ここに至るまでに苦しいことがありながらも乗り越えて、海外展開や大手百貨店への進出、ミシュランのビブグルマンに選ばれるなど素晴らしい広がりが生まれて、ありがたいお話ですね。

ここで一つ、改めてお聞きしたいんですが、起業されて10年以上が経ったわけですが、振り返って、武田さん自身が「よかった」と感じることを教えていただけますか。

武田
大変なこともあるけど、やったらやった分だけ、充実感やお客さんの評価があります。自分のお店をもつということは、自分の思い通りに物事を動かしやすいからこそ、やったことがダイレクトにお客様からの評価につながり、その辺りの感動や充実感を大きく感じることができるように思います。また、自分のお店があることで、外でもいろいろな方と出会う機会が広がったこともうれしいことです。

末吉
ではこれから、「こうしていきたい」というビジョンや目標などはありますか?

武田
安定して今まで通りのものを保ちながら、今のお店をよりよくしていくことに力を入れたいと考えています。具体的には、もう一人社員を入れ、よりオペレーションを安定したものにしていきたいです。今もいい状態だけれど、まだまだ売上の頭打ちということではないから、さらにできることがあると思うので、今の店に磨きをかけたいですね。代々木上原のお店は、まさに僕の活動の基盤ですから。

末吉
足元を固めるということでしょうか?

武田
そうですね。


末吉

経営も安定して、しかも海外展開のお話もある中で、職人として現場に立ち続けることも忘れないなんて、武田さんは本当にブレない方だな、と改めて思います。

武田
最近は、店が僕だけの個性ではなくなってきているから、店の運営や雰囲気作りに関してもスタッフと話して考え、決めるようになりました。お店で何かある度に、密にスタッフとコミュニケーションをとって、マインドを共有することを大事にしています。

お店の営業は、常にチャレンジだと思いますね。いろんなお客さまがいらっしゃるし、天気の状況によっても全然違うからこそ、スタッフには、その都度きちんと本質を伝えるようにしています。何かトラブルや不測の事態がある度に、ブレてしまわないようにするためにも本質を伝えることが大切だと思っています。

末吉
ただマニュアルを伝えているだけではないんですね。

武田
何を大切にして店づくりをしているかなど、スタッフと営業後に飲みに行ってコミュニケーションを取ることもありますし、あとは、仕事の話をしなくても、スタッフと一緒にテニスをしたり社員旅行に行ったりと、ベースになる関係をちゃんとつくっていくように心がけています。

末吉
遠回りのように感じるかもしれませんが、大事ですね。

武田
一緒にどんな店にしていこうかということを共有していきたいですからね。

末吉
お店として大事にしたいものや、他店とはこれが違うというものは、やっていく中で見えてくるものですね。ちなみに、ここまでのお話を踏まえていうと、武信さんの持ち味はどんなところになるんでしょう?

武田
今は本当にスタッフにも恵まれているので、皆で同じ方向を向いて、より良い店にしていこうと、常に意識できているところでしょうか。今後も、凛とした店構えや雰囲気を大事にしながら、新しいことへのチャレンジは続けていけるようにしていきたいと思っています。

末吉
本当にそう思います。武信さんは本店から引き継がれた、伝統の味を保つ職人としての働きを続けながら、なおかつ、起業家としての学びや、いろいろな経験をして知見を広げることを忘れないというのは素晴らしいことだと思います。その柔軟な姿勢が、今の武信さんを作りあげている感じがします。

(第3回「海を渡る『とんかつ』」につづきます)

とんかつ 武信

主に千葉県産のSPF豚を使用し、こめ油で揚げた「とんかつ」を御膳や丼にして提供。魚介のフライメニューも用意するなど、「とんかつ」専門店でありながら豊富なメニューを用意。夜間営業では豊富に取り揃えたアルコール類も楽しめ、昼夜で異なる雰囲気の「とんかつ」を楽しむことができる。

所在地: 〒151-0066 東京都渋谷区西原3丁目1−7
電話: 03-3466-1125

営業時間:[火~金]
11時30分~14時00分 (L.O.)
18時00分~21時45分 (L.O.)
[土・日・祝]
11時30分~14時30分 (L.O.)
17時30分~21時30分 (L.O.)

公式HP:http://take-shin.net/bunten/
公式ブログ:http://take-shin.net/wp/


追伸、、、
フランスはパリから書いていますが、この記事を書いているとどうしても「とんかつ」が恋しくなってきます。あー、とんかつをソースとお塩でパクパクと口に頬張りたい。

この記事が参加している募集

コンテンツ会議

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?