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弱音をこぼす。

 マンションから一歩外に出る。まぶしい太陽が、おはよう、にっこりあいさつ。公園の横を通ると、小鳥がちちちと歌ってる。たいへん気持ちのよい朝に僕は、目にしたツイッターのつぶやきで心がほんのすこし、もやん、としていた。

 気になったのは確かなのだけれど、とりわけ強い「もうムリ」感を抱えている自覚はなかった。だけれど、「こういうのって、実際にやることが大事なんだよなぁ〜。でも、なかなかむずかしいんだよなぁ〜」ウダウダと頭に浮かんだのだけは覚えている。しかし、駅に着くころにはすっかり忘れてしまっていた。

 きょうの仕事場の近く、ランチの時間帯、僕は母親に電話した。そのすこし前に着信を見つけたからだ。どんな話の流れだったかはうろ覚えだが、そんなつもりもなかったのに、僕は電話越しの母に向かって弱音をこぼしていた。そう、こぼしていたという表現が適切で、よーし、弱音を吐くぞ、などと思っていたわけではない。ほんとうにいつのまにか、「ここ最近、契約が2件なくなっちゃってさぁ。キツいんだよね……」と力なく話していた。

 基本的に僕は、弱音をこぼさない。「大丈夫大丈夫、なんとかなるよ」と言うタイプ。とくに母との関係では、病弱だった母に対して励ますことがほとんど。だから、我ながら余計に驚いた。途中から心配そうになる母。でも、元気に、大丈夫に、振る舞うのはやめた。うんうんとうなずく母が目の前に見えるようで、いつもよりたくさん話を聞いてくれた。「がんばらんねね。うまくいくように応援しとるけん」電話を切る間際の母の声はつよく、やさしかった。

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 きょうも読みにきてくださって、ありがとうございます。べつにことさら強調したいわけではありませんが、昔の母からは考えられません。ずいぶんとぐちゃぐちゃな親子関係でしたので……。と、そんな当時のことを思い出し、電話のあとしばらくベンチに座って、母のあたたかさを味わっていました。

 繊細な内容も含んでいるので有料マガジンに入れていますが、「母親から安心感をもらう」を思い出しました。こちらはずずいっと踏みこんで、母親との関係を改善する方法を書いています。母親といい関係を築けると、世界がやさしい場所に感じられるようになるんですよね。


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