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1-1*誕生~就職までの経緯と時代背景|1章 はじめに|ニューロマン都会編

私は1986年に愛知県豊田市に生まれた。
父はトヨタ自動車株式会社の社員、母は専業主婦である。私が育った家はトヨタの社員をターゲットとして開発されたニュータウン(新興住宅地)であり、その地域の小学生の親は95%以上がトヨタの社員であった。1991年、小学1年生の時にバブルが崩壊。以降長期にわたって不況が続いた。

2008年、名古屋芸術大学デザイン科を卒業。
2011年までの約3年間、新卒採用で広告代理店の営業として勤務した。しかし、同年9月にリーマン・ショックが起こり未曾有の不景気に見舞われた。朝7時半に出勤してメールチェックやミーティングを行い、朝9時から夜8時まで(月末の締切前には夜10時過ぎまで)1日300件以上の電話営業を行なった。業務後も原稿の制作や提案資料の準備、営業先リスト作りなどを自宅に持ち帰った。土曜日・祝日も第1週目以外は全て出勤になり、文字通り馬車馬のように働いた。寝ても覚めても仕事のことばかり考えていた。

バブル期を体験している上司からは、景気は必ず回復するから今は耐え凌ごうと言われた。しかし、好景気など経験していない私には全く現実味が無かった。それでも仕事を続けていたのは、辞める勇気が無かったからだ。
私はサラリーマンの家庭に生まれ、育った環境で出会う大人もほとんどがサラリーマンだったので会社勤め以外の働き方を学んでこなかった。
正社員として会社に勤めることこそが美徳であり、その社会的評価を失うのが怖かった。また、単純に生活費や各種社会保険の支払いなど金銭的な不安により退職を踏み止まっていた。


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