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余った僕らと姉の声

僕には結婚を考えている彼女がいる。彼女といると楽しいし、仕事もキツいが順調だ。
けれども、僕には悩みがある。ときどき僕の姉だと言い張る女の声が聞こえるのだ。この幻聴は、彼女と付き合って数ヶ月後に始まった。
ついさっき聞こえた声はこんな感じだ。

「私はあなたのお姉ちゃんなの。それだけは認めて。」

意味が分からない。僕には姉はいない。一人っ子だ。僕が心の声で「知らない。」と返しても彼女は無反応だ。やっと僕の人生は良くなってきたのに、こいつの声で僕は疲れている。

自称姉の声は、夜に良く聞こえてくる。毎晩、話しかけてきて眠れない。
僕は彼女に秘密で精神科に行った。
医者は仕事の疲れが原因で休めば良くなると言い、睡眠薬を処方してくれた。しかし、薬は効かず寝不足のままだった。

そんなとき、彼女から連絡が来た。
「最近、疲れてない?」
彼女にはずっと声が聞こえることは隠していた。僕はモテるタイプじゃない。彼女に捨てられたくなかった。
僕は「大丈夫だよ。」とだけ返した。

これ以降、彼女の前では何ともないように振舞った。

ちょうどその頃、僕の友達が外国人の彼女と結婚すると言ってきた。最近は外国人と結婚する男性が多い。この国は男余りだからだ。
その話を聞いた夜、あの女の声がいつもよりも大きく聞こえてきた。

「あなたは結婚するの?」

余計なお世話だ。僕のことは僕が決める。僕は怒った。すると女は初めて言葉を返した。

「私は結婚してほしくない。繰り返されそうで怖いから。」

女は泣き出した。意味が分からない。もう限界だ。僕はその晩苦しく、翌日仕事を休んでしまった。

母から電話が来た。

「彼女さんから聞いたの。あなた、疲れているでしょ。」

電話の後、平日は何とか出社して、休みに実家に帰った。疲れ果てた息子の様子を見てた母はうなだれていた。
僕は限界で全てを話してしまった。
姉と言い張る女の声が聞こえること、精神科に通っても消えず、寝れないことを。
母は姉という言葉に反応した。
「お姉ちゃんがいたこと、どうして知ってるの?」
僕が返す前に母は父の部屋に走っていった。母は困るとなんでも父に相談する。

僕は父の部屋に呼び出された。久しぶりに会った父は少し小さくなっていた。
父は強い口調でこう言った。

「姉のことは知っているのか?」

「いえ、僕は・・・」

父は僕の話を遮った。

「母さんはなかなか子供ができず、やっと妊娠した子は女の子だった。女の子はいずれ家を出ていく。意味が無い。お前のような男の子じゃないとダメなんだ。母さんももう歳だから、女の子を産んでから再チャレンジでは遅すぎる。時間が無い。だから、その子を諦めさせた。」

僕は唖然とした。この国では女性より男性が多い。それは男児を好む親が多く、産み分けたり、中絶させたりしたからだ。それは知っていた。しかし、僕の家はそんなことなんて絶対にしないと思ってた。
・・・僕がそういうことをする家の息子だったなんて!
しかも、「歳だから再チャレンジが・・・」か。お母さんは産む機械なのか!僕の父はこれほど昔の人になっていたのか!

「だがな、お前は霊というものを信じるな。お前は選ばれて産まれたんだ。誇りをもて。」

父がそう言うと、父の後ろに女性が現れた。母の若い頃に似ているが、目元は僕と同じだ。姉だ。姉は涙を堪えて立っていた。そして、聞き慣れた声で話した。

「お父さんは、私よりあなたが大切なの。」

「違う!」

僕は立ち上がって、叫んでいた。

「僕は選ばれたくなかった!」

僕は初めて父に反抗した。狼狽える父を無視して、部屋を飛び出し、荷物を取り、家を出た。それ以降、姉の声は聞こえなくなった。

それから数年後、彼女は妻になり、僕はパパになった。目元は僕、笑い方は妻とそっくり。かわいい、かわいい一人娘だ。
娘が3歳になる直前、父が僕に直接電話をかけてきた。こんなこと初めてだ。

「本当に申し訳なかった。絶対に取り返しのつかないことをした。父さんは罰を受けるだろう。けれども、お前の娘に会いに行きたい。」

父は泣いていた。

僕は父を許しきれなかったが、父が感情的になるのは珍しい。僕は怒りを堪えて、父を家に招いた。

父は一人で来た。手土産を沢山持って。
その日の娘はおじいちゃんとクタクタになるまで遊んで、たっぷり美味しいものを食べた。
娘は遊び疲れたのかいつもより早く寝た。父が帰る前にもう一度娘を見たいというので、娘が寝る部屋に通した。
ぐっすり寝ている娘。その横に姉が見えた。
僕が「あっ!」と声を出すと姉が微笑んだ。
父は娘の方を見て泣いていた。

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