僕は静かに消えていく。

◆週末になると酒を飲む。◆最初に缶チューハイを空ける。500ミリリットル缶を三本、速やかに空ける。色々な種類を楽しめる350ミリリットル缶でも良いのだが、量が多い方が豊かな気持ちになっている感覚が残る。ラインナップは当日の気持ちによって変化する。レモン、グレープフルーツ、ぶどう、桃、オレンジ……なんでもアリだ。三本ともレモンサワーを選んでいる場合もある。ただ、まったく同じ種類のレモンサワーを選ぶことはない。近年、レモンサワーの種類は爆発的に増加していて、同じカテゴリーの中でも選び放題だ。とはいえ、味の違いについて、上手く言語化できる自信はない。この時点で既に私は意識にモヤがかかったような状態になっているため、記憶も曖昧になっているからだ。一度、酔わない程度に、各社の缶チューハイを飲み比べてみても良いかもしれない。もっとも私は味オンチのきらいがあるので、それでも理解できない可能性が高いのだが。◆缶チューハイを飲み終えたら、ハイボールを作り始める。本格的なものではない。ガラスのコップに氷を敷き詰めて、そこにウイスキーを目分量で注ぎ、それから炭酸水を注ぎ足す。目分量なので、「薄い!」と感じることもあれば、「濃い!」と感じることもある。普段の私なら、きちんと分量を計測して、自分にとってベストな味わいのハイボールを作るところなのだろうが、既にそれなりに酔っ払っているので、そんなことは構いやしない。薄かろうが、濃かろうが、とっとと飲んでしまえばいいだけの話である。◆ウイスキーの種類にもこだわりがない。否、厳密にいえば、まだ自分にとってベストなウイスキーを模索している最中で、「これが好きだ!」と断言できるものに出会えていないのである。その結果、ここ最近は、「アレが気になる」「コレが気になる」と、色々なウイスキーを購入してみて、とりあえず飲んでみるという状態に陥っている。現時点で、私が気に入っているウイスキーは、【ジョニ黒】と【ジャックダニエル】である。あまりにもベタ過ぎるが、良いと思ってしまったのだから仕方がない。コークハイを作るのも好きなので、どうしても主張の強いタイプのウイスキーを好んでしまうのである。ただ、以前に【竹鶴】を飲んだときに、そのとてつもない芳醇な香りに打ちのめされたので、これは別格として認識している。ジャパニーズウイスキーの迫力を認識させられる一本だった。◆ハイボールの最大の魅力は、氷とウイスキーと炭酸水があれば何杯でも飲むことが出来るところにある。なにせ飽きない。味にも香りにも奥行があるので、いつまでも飲み続けられる。なので、気が付くと、ウイスキーの瓶が空っぽになってしまっていることもある。これはあまり芳しくない、ということで、自宅には数本のウイスキーを常備している。中には1リットルの大瓶もあるので、我が家からウイスキーが枯渇してしまうことはそうそう起こらないだろう。……おそらくは。ぐいぐい飲み続けているうちに、どんどん頭の中が真っ白になっていく感覚を覚えるようになる。この時間帯が、飲酒中で最も心地良いといってもいいだろう。元来、真正の心配性で、何を始めようと思いついたとしても、「本当に始めてしまっても大丈夫なのだろうか」と不安な気持ちに心を奪われてしまって、足踏みをしているうちに半年が経過しているような人間なのである。酒を飲んでいるときは、そういった感覚が消失する。今、現在、進行形で、酒を飲んでいる自分だけが存在する。ある種、すべてから隔絶された、圧倒的に孤独な状態が、たまらなく心を安らかにさせるのである。◆そうして、なんでもないYouTubeの動画を眺めながら飲み続けているうちに、六時間が経過している。これは誇張ではない。午後九時から飲み始めて、いつの間にか午前三時を迎えていることはザラに起きている。ラジオでいえば、オールナイトニッポンGOLD、オールナイトニッポンX、オールナイトニッポンをフル尺で聴き終えて、そろそろオールナイトニッポン0が始まってしまうぐらいの時間帯である。この頃には、流石に酔っ払った頭でも、「明日の予定に支障が生じてしまう」という危機感を覚え始める。オールをする覚悟はない。酒瓶を片付け、コップを食洗機に押し付け、歯を磨き、寝る。◆翌日は往々にして地獄である。私の場合、「頭痛がヒドい」「吐き気が止まらない」などのような苦しい症状は表れないが、とにかく虚脱感に苛まれる。何もやる気が起こらない。出かける用事があったとしても、なかなか準備を始める気持ちになれない。午前中に出かける予定が、夕方になってしまったことも少なくない。「明日の予定に支障が生じてしまう」とか言っている場合ではない。実際に支障が生じている。なんなら、支障が生じることを見越した上で、翌日のスケジュールを立てているフシがある。それでも酒をやめられない。あの空虚を求めてしまう。そして、求めすぎてしまう。ことによると、私は最終的に、石にでもなりたいのかもしれない。何もせず、何も考えず、ただ転がっているだけの道端の石ころこそ、私の理想なのかもしれない。◆そういえば、子どものころに石を拾っていた時期があった。形のいい石、キレイな石、などと選別などはせずに、パッションだけで好みの石を拾い上げて、学習机の引き出しの中や何も飼っていない虫かごの中に詰め込んでいた。もしも私が本当に石ころだったとしたら、迷惑に感じていたかもしれない。否、それは既に石なのであるから、そんなことも考えられないのだろうが。◆酒の話をしているうちに、脳に酒が回ってきたような感覚がしてきたので、ここらで筆を置くことにする。キーボードで打ち込んでいるので、厳密にいえば「パソコンの電源を落とす」と表現すべきなのだろうが。そんなことなどどうでもいい。近年、インターネットの世界は、こんなようなどうでもいいツッコミでマウントを取り合う事態が本当に多くなってしまった。私が酒飲みになってしまった理由の一因もそこにあるかもしれない。否、他人のせいにすべきではないだろう。どうでもいい。すべてはどうでもいい。さあ、このまま真っ白に……。◆

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