シティボーイズ「灰色の男」(1993)

「サカキバラさんはね、まだ灰色なんですよ」

シティボーイズによる1993年の公演「愚者の代弁者、西へ」で演じられたコント『灰色の男』における、ツジ(きたろう)の台詞である。幼女誘拐殺人の容疑者として逮捕されたサカキバラ(斉木しげる)に団地から出て行ってもらうため、住民の代表として彼の家を訪れたニシオカ(大竹まこと)とツジ。しかし、サカキバラは買い物に出かけていて不在だったため、二人は彼の奥さんに案内されて、リビングで帰りを待つことに。……このコントは、主にサカキバラ不在のリビングでのやりとりで構成されている。

ニシオカはサカキバラを追い出そうという団地の方針に対して反感を抱いている。法の裁きを受け、無罪と判決されたサカキバラをどうして追い出さなくてはならないのか、と。対して、ツジはサカキバラのことを完全に殺人犯と決めつけ、この状況をむしろ楽しんでいる。リビングを物色しながら「やっぱり犯罪の匂いがしますねえ」とつぶやいたり、勝手に家の電話を使って家族に望遠鏡でサカキバラ宅を見張るように指示したり(思えば、この頃はまだケータイが一般的に普及していなかった!)、興味本位から留守番電話のメッセージを勝手に再生してしまうなど、好き勝手な言動を続ける。しかし、その行為によって、彼自身の悪行が暴かれることとなる。なんと、留守電にはツジが「人殺し!」と吹き込んだ声が録音されていたのだ。ニシオカはツジを激しく糾弾する。「裁判で無罪になったじゃないですか!」と叫ぶニシオカ。しかし、ツジはしたり顔で、冒頭の台詞をニシオカにぶつける。一瞬、言葉に詰まるニシオカ。この反応こそ、サカキバラを無罪だと主張しているニシオカもまた、彼が本当に殺人に手を染めていないと確信を抱けずにいたことを証明しているといえるだろう。

……と、ここまでの文章を読んでいて、「このコントは本当に笑えるのか?」と疑問に思った方も少なからずいるだろう。確かに、概要だけでは些かシリアス過ぎて、コントというよりも社会派ドラマのようだ。しかし、これがまた、たまらなく面白いのである。というのも、サカキバラを犯罪者だと決めつけているツジが、あまりにも無邪気で浅墓だからだ。例えば、サカキバラの妻が、実際には籍を入れていない“内縁の妻”であることを知って、「内縁の妻って言葉、犯罪の匂いがするじゃないですか!」と楽しそうに話してみせる。先に挙げた留守番電話のくだりもそうだ。ツジが録音された留守電のメッセージを聞いてしまったことで、赤く点滅していた告知ランプが消えてしまう。ニシオカに「どうするんですか!」と問われたツジは、「じゃあ、私が代わりに点滅しますから!」と言いながら、頭の上で両手をぱたぱた広げながら小躍りし始める。……とどのつまりがアホなのだ。しかし、そんなツジが先の台詞を口にするからこそ、言葉は深く記憶に残る。

やがてサカキバラが買い物から帰って来て、三人での話し合いが始まる。このサカキバラのキャラクターが実によく出来ている。いかにも人の良さそうな雰囲気を身にまとっているのだが、それでいて、激情的になる瞬間もある。クロともシロとも言い難い、まさしく“灰色の男”そのものなのだ。そんなサカキバラから「あなたがたも私のことを疑ってらっしゃるんでしょ?」と問われるシーンがある。ここでツジが、それまでの発言からは考えられないほど、態度を一変させて彼のことをフォローし始めるのだが……その時の台詞が少し興味深い。

ツジ「だってサカキバラさん、無罪なんでしょ?」

サカキバラ「無実です!」

あくまで司法の「無罪」判決という客観的視点からサカキバラを受け入れようとするツジに対して、当事者であるからこそ本当にやっていない=「無実」をはっきりと主張しているサカキバラ。言葉の意味は似ているが、その重みは全く違っている。この単語の使い分け、恐らくは意図的なものだろう。

最後に余談だが、興味本位で話題の人間に近付き、その立場の悪さを利用して無礼千万を働いておりながら、いざ事態が良くない方向へと流れようとすると態度を一変させる。そんなツジの姿は、なんだかネット炎上を繰り広げている人たちの気質に似ているような気がしないでもない。……いや、単なる野次馬か。

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