フジロック2018 その①

7月26日の夕方、私たちはうなだれていた。私たちというのは私と、そして過去6回のフジロックフェスティバルに同行している友人との2人のことで、理由は翌日から開催されるフジロック2018の3日間のうち、私たちが参加する土曜日に台風が日本列島に上陸する可能性が高いからである。この夏の連日の記録的な猛暑のさなかで雨が降るなんて想像すらできないほど壊れていた頭は週間天気予報のチェックすら怠っていた為に、まさかの台風直撃という不測の事態を直前になって受け入れられる余裕がなかったのだ。大型で非常に強い勢力、充分な警戒が必要。ニュースで繰り返される事務的な言葉に開催中止の文字が頭をよぎり、準備の手が止まる。違う。こんな時こそ送るのだ、念を。このフジロックフェスティバルにおいて、肝心なときに私たちはいつも念を送ってきた。その念(通称:ババアの念)は、数年前に雨予報の天気を直前に覆す、賭けで購入した1日参加の最終ラインナップに大大大好き電気グルーヴが追加される、などのかなりの実績を伴った強力な念なのだ。無力な私たちは残りの僅かな時間を使ってひたすらに念を送り続けた。新潟方面に向かって。

翌々日の7月28日土曜日。小雨の降る肌寒い早朝、不安げに家を出た。東京駅から越後湯沢まで向かう上越新幹線は、群馬付近を通過する際に窓を叩きつけるような横殴りの雨を受けて走り続ける。とはいえ朝の天気予報では台風は2日前の予測を大幅に変更し、北陸ではなく西へと進む異例のコースを辿るという。そんなつもりは無かったのに、念が通じたのだったら西の人たちには大変申し訳ないと謎の罪悪感を抱える2人。だからといって油断は禁物、直撃は免れそうだとしても暴風域にはかかるだろうし、今のところ予報は雨。雨水が入らない食事は本日最後かもしれないと覚悟を決めながらチーズケーキを食べつつ、車内で長靴に履き替えてフル装備を決める。

ところが越後湯沢の駅を降りると雨は止んでいた。それどころか若干晴れ間も覗いていた位だ。ターミナルでシャトルバスを待つあいだに着ていたウインドブレーカーを脱ぎ、いやぁタイミングが良かったのかもね、しかし山の天気はそうはいかないよ、と雨対策用にビニールシートで覆われた座席を見て改めて警戒しながらバスに揺られること40分。苗場に到着。……嘘でしょ。晴れてるし!恐るべし、ババアの念。

何だか知らないが奇跡的に晴れているので一応持ってきた日焼け止めを塗った。日差しはあるが雲も見えていてなんと快適な気温。人生とはよくわからないことが起こるものだ、と壮大な景色を前にしたせいか大袈裟に感激しながら、正午を過ぎた頃に難なく入場ゲートを通過し、1年ぶり7回目のフジロックフェスティバルのはじまり。

まずはフードエリアのオアシスに直行し、ビールで乾杯。お、美味しすぎる。昨年の大雨の経験を活かして前日に作成した、雨でも一目でわかるビニール仕様のMYタイムテーブルを眺める。晴天なのでここは迷わずデイ・ドリーミングに行くことにして、グリーン・ステージのThe Birthdayに向かう友人と別れた。着いたばかりのそのテンションでぶっちぎらなければ高所恐怖症の身としてはかなり厳しいドラゴンドラの約25分の旅を終え、まるで別世界のような山頂に辿り着き、お初目のSEKITOVAのDJを堪能。時間の都合でわずか40分ほどしか居られなかったけれど、ほっそい肩をぐいぐい揺らしてノリのいいテクノ〜ハウスでアゲていく気持ちのいいプレイを開放的な空間で味わうことができ、初っ端から満足。しかし下山のゴンドラは更に過酷で嫌な汗。ふう。

急いだのは14時から既に始まっているレッド・マーキーの小袋成彬のライブを少しでも観たいからだった。足早に坂道を下りながら届く音に耳を傾けた途端に聴こえてきたのは「夕方5時のチャイムが〜」というフレーズ。え……?息が止まりそうになる。何故フジファブリックの"若者のすべて"がここで……?理解が追いつかないままとりあえずダッシュで向かうあいだに、それが小袋成彬が歌っている声だということははっきりとわかった。あまり体力はないけれど気力だけは人一倍ある私は、気づくと人を掻き分けて混雑した会場内の真ん中付近まできていた。ステージ上では小袋成彬がそのままワンコーラスを歌い終えると、絶妙なタイミングで今年出たアルバムから"門出"を歌い始める。その瞬間、歌が何とも言えない夏の匂いを連れてきた。それはめまいがするほど強烈な匂いで、眩しくて、いつか思い出すことがはじめから決まっているような特別な空気だった。「なぜか生きていることが懐かしい」というフレーズがじんわりと胸に沁みる。ラストに"愛の漸進"で終わるまでのあいだ、美しい歌声と静けさのコントラストに魅了されたまま、じっと佇んでしまった。

余韻に浸りながら外に出て行き、友人と再び合流すると、ツイッターで交流のある方からジョニー・マーのライブにて小山田圭吾の目撃情報を頂く。グリーン・ステージに移動して前方にてマー様を数曲楽しみながらコーネリアス(&マイロ)の姿を目で確認しつつも、時間がきたのでやむを得ず聴きたかった"Easy Money"を背中に浴びながらまたレッドに戻る。お目当てのスーパーオーガニズムが始まる10分前に着いたのに、入口で既に大混雑。満員電車状態でライブを観る羽目に。敢えてのカタコト英語で煽るオロノ、日本代表のユニを着たハリー、今日も怪しくてチャーミングなコーラス隊3人、エミリーとトゥーカンは残念ながらよく見えなかったけれど、蛍光色のライトとスペイシーで馬鹿馬鹿しい映像をバックに、アルバムの曲をほぼ全曲披露、歌って踊って楽しいひとときだった。"Everybody Wants To Be Famous"はやはり大合唱で、いちばん盛り上がっていた。

終わって外に出ながら考える。入口付近を避けないと、動線部分を常に人が移動する際に押されてゆっくり観れない。次のD.A.N.は一番いい場所で観るために更に早く中に入ろう。そう決めてトイレを済ませたのが17時過ぎ。そういえば会場に着いてからまだ何も食べてないことに気づいて、慌ててもち豚の串焼きを買ってビールで流し込み、本日4杯目のビールを片手に早めに中へ。向かって右よりの前から10列目あたりの、ステージをちゃんと眺めることができるベストな位置を確保する。今年も土曜1日のみ参加を決めた頃にD.A.N.が土曜のメンツに名を連ねているのをチェックしてからというもの、この日をずっとずっと心待ちにしていた。実は2015年のルーキーのステージにD.A.N.が出たときから注目していて、その日も苗場に来ていたにも関わらず、残念ながらタイミングが合わず見逃していた。そしてこの日の直前に発売された2ndアルバム『Sonatine』(ele-kingにレヴューを寄稿してます。是非→『Sonatine/D.A.N.』)が素晴らしかったことで、更に私の期待はピークに達していて、ここ数年でいちばん好きな日本のバンドと言っても過言ではないほどに熱を上げているのだ。そして今日私たちが苗場に足を踏み入れてからこの時点ではまだ、雨は一滴も降っていなかった。

(フジロック2018 その②に続く
フジロック2018 その②

#フジロック





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