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ショートストーリー「祖母の旅路」

「由紀子、ハンバーグ。ハンバーグにしなさい。美味しいから」
 祖母はメニューを広げて嬉しそうに言った。
「自分で決めるから」
「そう? もう5年生だもんね」
 いや違うし。もう社会人で来年40だし。おまけに私は由理であって、母じゃないし。何度繰り返されたろう、このやりとり。うんざりしつつ心の中で呟いた。
 ガラーンとだだっ広いドライブインの客は私達だけ。昭和を感じる古ぼけた椅子やテーブル。壁には色あせた海洋博のペナント。当時は賑わったのだろう。
「沖縄はねぇ、由紀子が就職した時に連れて来てくれたの」
 ふと祖母が真顔になった。みるみる目に涙が盛り上がる。母は3年前にガンで他界した。そこから祖母が少しずつ現実から離れてしまった。
「お決まりですか」
 タオルを頭に巻いたおじいさんが出て来た。
「私はね、Aランチ! 由紀子は?」
「……ハンバーグで」
 祖母は屈託のない笑顔を向ける。私は涙を飲み込んで祖母の手を握った。

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