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バーボンと対決の夜

●ノベルジャム2018参加記録 9 [2日目 夜]

結局「その話いつまでしてんだよ」のタイトルはその後どうなったのかというと、暫定タイトルがめでたく正式採用となった。これは(仮)の状態でほとんどフィニッシュさせてしまったデザイナーへの配慮ではまったくなく、森山さん熟慮の結果である(そう思いたい)。

夜になっても仕事場は煌々と明るい。ほぼ脱稿状態となった根木珠さんが先に休んだので、チームは男ばかり3人となった。
二校提出の前後であったかと思う。最終校へのブラッシュアップに向け根木珠さんの「ひつじときいろい消しゴム」と森山さんの「その話いつまでしてんだよ」のチェック読みを行った。その間、森山さんは麓のコンビニにビールを買いに行くという。森山さんの歩き体質は既にチーム内の共通認識でもあり、米田さんも快く送りだしていた。

さて。
「ひつじときいろい消しゴム」という作品を校閲視点で読むのは、ちょっと難しい。明らかな破綻や矛盾でない限り、それが味なのかミスなのか、正直よくわからないからだ。
僕はモノカキではないが読書はそれなりに好きなタチなので、一般的な広告業従事者と比較して小説の読解力自体はある方だ、と思ってはいるのだが、この作品を「チェックのために読む」のは少々難易度が高かった。一見素人めいた表現も、端的に状況を言い当てた上での事だったりと、この微妙に拙い感じが演出だとしたら正直怪物めいていると思われた。
なのでここは三木一馬さんの仰せに従い、いち読者として「まず面白がる」事を基本姿勢とし、その上で明らかな矛盾や誤字以外、指摘は最小限にした。やはりカリスマ編集の言葉は正しかった。
それだけ「ひつじ」の難易度が高いのだと思いたいが、それにしても、この牧歌的な世界を覆うそこはかとない不安をどう表現したものか。

そうこうしている間に森山さんが帰って来た。携えたビールはなんとかマイスターという高級なタイプだった。森山さんも「ひつじ」のチェックに加わる。
その森山さんのチェックが実に鋭角なのだった。劇作家らしく「事実のあり方」にこだわりを見せる的を射た指摘ばかり。しかし全てを直すと「ひつじ」の味わいを、おそらくは削ぐだろう。

森山さんも当然それは心得ており、あくまで自分が書くならこうします、というスタンスではあったが、しかし舌鋒止まるところを知らぬとはこのことか、と思わざるを得ない程の、引かぬ媚びぬ省みぬ的に米田さんに迫る森山さん。疲労と気遣いで消耗した上、タジタジになる米田さん、それでも根木珠文体の素晴らしさを激しくアピる米田さん。僕は外野でビールを飲んでいたが、空気は張りつめつつあった。

米田さんはひとまず森山さんの指摘を受け止めつつ、だが最後は編集者権限を発動し、修正しないところはしない、と判断したようだ。それは最後に受賞という形で報われる。
僕は仕事柄コミュニケーションのロジックを企画書に書くことも多いので、生態的には理屈屋である。ゆえに森山さんの指摘は腑に落ちたし「ひつじ」の曖昧さに戸惑いも感じていたから、米田さんほどの自信を持って「ひつじ」を信じきることが、できていなかったかもしれない。だから、あの夜の米田さんはカッコ良かったです。

それにしてもだ。最終的に指摘箇所に幾つか修正を施した「ひつじときいろい消しゴム」だが、校が進むにつれても世界の輪郭が明瞭にならない印象を受けた。矛盾点や表記揺れ、乱れなどを修正してなお曖昧を失わない様子に慄きを覚えたほどだ。その世界のありようは、どこかしら彼岸めいており、今思えばブローティガンを読んでいる時の手触りに近かったようにも思う。

しかし何というか、第二の編集としてサポートする、とか校正得意、などと嘯きつつ肝心なところで「自分デザイン担当なんで」と、「自分不器用ですから」的な高倉健風味を醸しつつ逃げの姿勢に出るとは思い返しても情けない。いやそれだけ「ひつじ」の難易度が、、、
そしてすみません、夜中の校正読みがなかなかドラマだったのですっかりビールの代金を払うのを忘れていました(こんど払います)。

そのビールが切れたので持参したジム・ビームの小瓶を開け、コーヒーで割った「ケンタッキーコーヒー」にしてチビリチビリと飲りながら、今度は「その話いつまでしてんだよ」の読みに入る(というか運営の方が丹精込めて淹れてくれたコーヒーを酒の割物にしました。すみません)。
「その話いつまでしてんだよ」の森山さんの語り口は大変に好みの文体。とぼけたノリに一見隠されてはいるが実にシリアスかつシニカルな話だ。劇作家らしく会話のテンポも絶妙で本当に面白い。数カ所、読み手として気になったところを相談し、直すべきと森山さんが判断した箇所は直していただきつつ僕のチェックは終了とした。

そうして何時くらいになったろうか。おそらく2時半か、それくらいだったと思う。プレゼン用のテンプレートも作り、表紙も完成させた僕は、米田さんの勧めもあり森山さん共々一旦部屋に下がることにした。集合は明朝6時。森山さんは朝にもう一度内容を確認し、問題なければ脱稿の手筈。わずかでも作品と距離を置き、本当に最小限ではあるけれどクールダウンとするようだ。

顔を洗ってベッドに横になったものの、深夜のドラマチックな校正読みにちょっとアテられていたのかもしれない。横になってもなかなか眠れず、薄ぼんやりしたまま夜明けを迎えた。
ちなみに同室だったBチーム編集野崎さんはついに帰還しなかった。野崎さんが徹夜するほどであったBチームのその夜の動きについては波野發作さんのレポートに詳しい(ので読んでみてください)。
Eチームに起こった事は朝になってから聞いた。我々はそこまでではなかったが、それでも程度の差こそあれ深夜のドラマはそれぞれに訪れていたんだな。

また僕らが部屋に下がってから根木珠さんが仕事場に戻り、米田さんと修正点について討議をしていたそうだ。
著者二人を直接会わせることなく、それぞれ入れ違いに校正と修正を行いトップで提出するとか、鉄道のダイヤ引き職人もかくやなタイムコントロールがあまりに米田さんのキャラクターにマッチしてマジで凄いのだが、ちょっと気にしすぎな気がしなくもない。僕が呑気すぎるんだろうか。
でも本当、編集は気苦労が多い。端から見ても極度に大変そうで、なんかもうスミマセンスミマセンと無闇に謝りたくなるくらいだ。

(10に続きます)

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