電子書籍購入の仮説インサイトと「ツイハイ」のジャケット

ノベルジャム2018において個人的に素晴らしいと感じたデザインは、渋澤怜(著)澤俊之(デザイン)の「ツイハイ」の表紙です。
なぜ素晴らしいと感じたのか。直感のまま「これいーねー」と言っているだけではいけないので、言語化を試みます。

まず前提として、通常の商業デザイナーは、対象の商品やサービスが見込み客である生活者に何をもたらすのか、いわゆるベネフィットを上手に伝達するコミュニケーションを目指します。本の装丁は私は素人ですが、本もまた同じロジックであるならば「読書体験の予感をデザインする」ということになります。注意すべきなのは「内容の要約」ではない、という点ですがこれについては別段で後述します。

書籍の購買決定における新しいインサイトか?

今回様々な場所で作品への言及がなされていますが、購入者がどの作品を読むか検討する際に「タイトルを見て中身が想像できそうなものは外した」といったコメントがちょいちょい目につきました。実はこれは書籍の購入決定プロセスにおける重要なインサイトではないでしょうか。

生活者には通常、よく知らない商品の購入を検討するとき「失敗したくない心理」が働きます。だから特に店頭では過剰なほどのPOPが氾濫する。購入検討に対する情報提供も過剰となればただのノイズで、このため購入者は無意識に「信用度」で情報をフィルタリングしています。WhatよりWhoを重視する姿勢などもこれにあたります。ヴィレッジヴァンガードの店員POPがこのタイプの極北と言えますが、価値伝達、という視点では発信源が異なるだけでメーカーPOPと基本的には同じものです。
「何が入っているのか」「使うと何が起こるのか」という体験価値の伝達は、アプローチの違いはあれど商業デザインにおける、それだけ重要な課題です。

ゆえにこの「タイトルを見て中身が想像できそうなものは外した」は、読書における体験価値の捉え方において極めて示唆に富む態度だと思うのです。
もちろん売価の問題もある。2000円3000円の商品ならば、購入者は必ず中身を確かめる。けれど200円という微妙な売価設定の場合「失敗したくない心理」は既に売価の段階で解決しているとも考えられるので、その仮説に基づくならば、例えば「ごくライトな未知の体験」を商品の提供価値のコアに据えた場合、その先のトライアルに導くためにはむしろ情報は少ない方がいい、という議論も成り立つわけです。
未だ仮説の段階ですが、これを「単価の低い電子書籍の購入インサイト」と仮定して今後ナレッジの蓄積が進めば、タイトルとデザインも含めた情報の作り方が変わって来るかもしれません。

「ツイハイ」のデザインの凄さ

で「ツイハイ」の表紙なのですが、私が今まで商業デザインの世界でやってきた事の真逆を行っているように見えて、実はかなり緻密な設計がされているよう感じました。ベストセラーはないかもしれないが、わかる人には熱狂される、という販売ストーリーを最初から意識しているように見えます。
デザイン上の構成要素はタイトルの「ツイハイ」と著者名、謎のアイコン(それも油絵で描かれている)。たったそれだけの要素ですが、戦略的に構成されていると感じました。

まず「ツイ廃」というスラングで読者をフィルタリングしている。ツイハイ(ツイ廃)が何かわかならい人はこの時点で見込み客から外れる。次にフィルタリングされた読者ですが、彼らはTwitterのヘビーユーザーなので、デザインはひとまず彼らに対するアプローチになります。普通であればここで、いわゆるデジタルチックなポップ感や、SNS世界を感じさせるパーツなどを使いたくなるのが人情なのですが、シンプルな構図の油絵という異物を持ってきている。タイトルでフィルタリングした上で、その先に答えではなく別の謎を用意することにより「想像のできなさ」=「想像したくなる何か」を強く補っているように感じます。

その上で、前述したインサイト(仮)を捉えるならば、ここでの「総体としての情報量の少なさ」も、「ツイハイ」でフィルタリングされた以外の層への一定の訴求力にもなり得ている。よくできたジャケットだと思います。

ついでに言えば「ツイハイ」のフォントの作りも素晴らしい。カタカナの「ツとイとハとイ」のこの並びは、比較的ゲシュタルト崩壊を起こしやすい文字列だと思うのですが、崩壊をおこなさい、かなりギリギリのところを攻めている感じで、すごいな、と素直に思いました。

また後述する作家性とも絡むのですが、ツイハイの場合、デザイナーの澤さんの世界と作品世界のマッチングの異様さが際立っており、異種格闘技というか、予想を裏切る何か得体の知れないものの存在をその先に感じさせることに成功していると思います。一瞬「なんだろう」と思わせるパワーは、他の表紙より明らかに高い。この「なんだろう」という0.2秒のコミュニケーションは店頭や、恐らくはECでも大変に重要で、そこにひっかからなくては購入リストの中にすら入らない。

そこをクリアしているのならば「なんだろう」から先の、サムネイルをクリックした後の周辺情報をどうするのか、が次の課題になると思うのですが表紙評なのでこの辺りで。
いやしかし、いいデザインだなぁ。

出典:BCCKS https://bccks.jp/bcck/153419/info

【追記】その後ツイハイのデザイナーの澤さんから、担当したもう1点の作品も含め『モノクロになった際にいちばん味わいが出る』ような色使いをしているというコメントをいただきました。KindlePWは電子書籍の多数派と思いますので、この目配せは大切だと思いました。(私は盲点でした。KindlePW持って行ったのに、、)

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sugiura.s

ノベルジャム2018 デザインノート

2018年にデザイナー枠が新設され、表紙の仕上がり含めパッケージとして評価されるようになったノベルジャム。参加デザイナーが電子書籍の表紙について感じた事あれこれです。
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