見出し画像

マシュマロチャレンジのその後

以前スゴ論にて、心理学の中でも非常に著名な実験の一つである、マシュマロチャレンジに関する記事を紹介しました。幼児の自制心と将来の学力の関係性を示した、とても可愛らしい実験でしたね。この実験が行われたのが1990年。非常に著名な研究であるがゆえに、その後、数多くの研究者がこの実験の反復を試みてきました。(*実験の反復:ある実験の結果の信憑性を上げるために、同じ実験を行い、同じ結果が得られるか検証すること。)元の実験から30年以上経った今、マシュマロチャレンジは研究者の間でどのように捉えられているのでしょうか?

結論

「幼児の自制心とその後の学力の関係性」の効果の実際の大きさは、1990年に元の論文で発表された効果の大きさと比較して非常に小さいとされている。
特に、元の研究が主に社会経済的に見て中~上流家庭の子供を対象としていたことがこの効果の齟齬につながったと現在は考察されている。

復習:マシュマロチャレンジとは

マシュマロチャレンジ(The Marshmallow Test)とは、1970年代に米国で行われた、4~5歳児を対象とした実験です。
その明快さだけではなく、簡単さ・可愛らしさもあいまって、発達心理学の分野を代表する実験として知られており、「幼少期に欲求に対して自制することができる子供は成長してからより高い学力や思考力を示すようになる」という仮説を打ち立てました。

研究内容

*読みやすさのため、要約してお伝えしています。
*マシュマロチャレンジ自体の実験内容については、こちらのスゴ論をご覧ください。

この研究は一つの実験を行ったものではなく、マシュマロチャレンジの反復を試みた複数の実験のデータを総括したものになります。複数の研究サンプルをまとめることで、元の研究と比較してより信頼性を高めることができ、且つ人種・社会経済的地位・家庭環境等のパラメーターにおいてより多様性に富んだサンプルを得ることに成功しました。

このより大きく、且つ多様なサンプルの中で、4~5才の頃の自制心(マシュマロチャレンジに参加した時に我慢することできた時間数)と、15才になってからの学力・自制心・気性の関係性を調べると、以下の結果が得られた。
①4~5才の頃の自制心(我慢できた時間)と、15才になってからの学力・自制心・気性の間には確かに正の相関性は見られたものの、元の論文で発表された効果の大きさと比較しておおよそ半分程度の大きさだった。
②実験にて子供が我慢できた時間と家庭環境の関係性を調べると、より社会経済的地位が高い、または親の学歴が高い子供ほど、より我慢できた時間が長いことがわかった。この関係は統計的に有意であり、且つ非常に強い関係性であった。

考察

以下の結果を持ってすると、「子供の頃に自制心が高い⇒成長した時に学力が高くなる」という当初の仮説の雲行きが怪しくなります。すなわち、「子供の頃に自制心が高いから成長した時に学力が高くなる」という因果関係ではなく、「より豊かな環境で育った子供ほど自制心が高くなる傾向があり(教育を受ける機会や資源が豊富だったり、親が教育熱心だったりするため)、こうした子供は結果的に成長した時により高い学力を示す傾向がある」という相関関係にとどまる議論が台頭してくるわけです。
理屈っぽいようですが、この二つの仮説のすみわけは非常に重要です。「子供の頃に自制心が高いから成長した時に学力が高くなる」という仮説が正しいのであれば、私たちは子供が小さいころにより自制心を高められるような教育やしつけに注力するべきです。しかし、あくまで因果関係ではなく相関関係のみが成立するのであれば、子供の頃に自制心を高めることは私たちが期待するほどその後の学力に影響をもたらさない可能性があるのです。
もちろん、この研究は「子供のころに自制心を高めてあげることに意味が全くない」という結論を述べているわけではなく、あくまで「自制心を高めてあげても将来学力が高くなるとは限らない」という事を述べています。

編集後記

元の研究が非常に有名だったが故に、この研究をはじめとして、マシュマロチャレンジを反復した研究は2000~2010年代に心理学界隈で大きな話題となりました。この時期から心理学・認知科学のより科学的信憑性を高めようとする動きも高まってきたといわれています。元の研究がもたらした歴史的な価値はもちろん損なわれるものではありませんが、たとえどんなに有名・人気な研究であっても、100%正しいと言い切ることはできないということを教えてくれる事例ですね。

文責:山根 寛

スゴ論では週に2回、教育に関する「スゴい論文」をnoteにて紹介しています。定期的に講読したい方はこちらのnoteアカウントか、Facebookページのフォローをお願いいたします。
https://www.facebook.com/sugoron/posts/109100545060178
過去記事のまとめはこちら

Watts TW, Duncan GJ, Quan H. Revisiting the Marshmallow Test: A Conceptual Replication Investigating Links Between Early Delay of Gratification and Later Outcomes. Psychol Sci. 2018 Jul;29(7):1159-1177. doi: 10.1177/0956797618761661. Epub 2018 May 25. PMID: 29799765; PMCID: PMC6050075.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?