Lunch#20 辻大地さん

人には、歴史があって、今がある。
思いがあって、未来がある。

そんなことを実感するようになって始めたプロジェクト、
「みんな、素敵でおもしろい」Lunchです。

内容はいたって、シンプル。
話を聞く。ランチをする。
目標は、毎週1人で、合計100人!!

チャーリーさんのこの記事を見て始めました。
http://careerhack.en-japan.com/report/detail/228

先日の、SUGOIのプロジェクトに参加してくれた辻さん。

話は面白いし、イケメンだし、声はいい。

弱点も欠点も見つからない、そんな素敵俳優の辻さん。
その過去には苦労がたくさんありました。

そんな辻さんのポイントはこちら。

・3度の挫折
・人運
・ブレるという芯を通す


1つ目が、3度の挫折です。

現在は、俳優として活動されている辻さんですが、
何といってもバスケットボールとの繋がりなくして
辻さんを語ることは不可能。

それは、弟さんの存在もそうですが、
それよりも辻さん自身がバスケットボールを強く愛しているから。

ちなみに、辻さんがバスケットボールを始めたのは、小学生の時でした。

当時、父親の影響でソフトボールもやっていて、
地域ではナンバー1ピッチャーの声も出るほどの腕前でした。

それでも、バスケットボールの方が楽しくなって、
中学の時には、バスケ部に入りました。

ここでメキメキと頭角を現した辻さんは、
中学3年生の時に、キャプテンとして地区優勝を果たします。

その勢いのまま、大阪の強豪校に進学。

入部してすぐに、能代カップへの遠征にも帯同します。

ちなみに、能代カップとは、
能代工業高校が中心となって主催している
高校バスケットボールの大会の1つです。

この大会は、全国から招待を受けた強豪校だけが参加できるもので、
全国の強豪校と能代工業高校(スラムダンクの山王のモデルと言われている高校です。)が対決するという、高校バスケファンにはたまらない大会だそうです。

ちなみに、日本人初のNBA選手の田臥選手も能代工業高校出身ですね。

そんな能代高校の遠征メンバーに選ばれた辻さんでしたが、
ここで最初の挫折を味わいます。

それが、怪我。
足首の剥離骨折が発覚しました。

とにかく、手術だけは避けようと、
いくつもの病院を周り検査を繰り返しました。

手術をするということは、
プレイできない時間、運動できない時間が長くなり、
その間に同級生に追い抜かれるかもしれない。

そんなことを恐れ、いくつもの病院を回るのですが、
結果は、手術しか治しようがないことがわかっただけでした。

手術を受けてからおよそ半年間、
辻さんは、プレイできない時間を過ごします。
この時は、イライラが募り、家族にあたることも多く、
迷惑をかけていたと教えてくれました。

それから春になって、プレーヤーに復帰するのですが、
この後に2つ目の挫折を経験します。

3年生が引退した後、新チーム発足のタイミングで、
キャプテンから、マネージャーになってほしいと打診されます。

それは、プレーヤー引退、戦力外通告でした。

代々、メンバーの中から、マネージャーを選ぶ伝統ではあったのですが、
(男子校ということもあり)
まさか自分が選ばれるとは思っていなかったために、困惑してしまいます。

確かに、1つ下の代がかなり上手い選手が多かったこともあり、
さらに、手術後の半年間プレイできなかったこともあり、
とも考えられたのですが。

それでも、辻さんはプレーヤーを続けたいという意思を貫き、
マネージャーの話を断ります。

その後、チームの統率力を買われてキャプテンに就任します。
しますが、3年生になってもまた挫折を経験します。

それは、11年連続で続いていたインターハイ進出の記録が途絶えた瞬間です。
高校3年生の最後の大会のインターハイ。

12年連続出場を目指していたのですが、準決勝で敗退。
誰もが負けるはずがないと思っていた準決勝。

それなのに負けてしまったのです。
この時の悔しさは本当に忘れられないとおっしゃっていました。

高校生の3年間で3度もの挫折を経験した辻さん。
それを乗り越えてくるまでに、大変な苦労もあったのでしょう。

ただ、それだからこそ、
あの明るさと優しさがあるんでしょうね。


2つ目が、人運

もともと印刷業者のサラリーマンとして働いていた辻さん。
入社のきっかけは、実業団でのバスケの活動を支援してくれたからでした。

実業団で、バスケがプレイできる。
そこに魅力を感じて入社したのでしたが、
2年目から東京に転勤となり、忙しくなってくると、
バスケより仕事をしなさいという空気になってしまう。

そして、気づいたら、バスケをすることのない、
普通の営業社員となってしまっていました。

いつか大阪にまた転勤になったら、実業団でプレイできるかも、
そんなことを考えながら過ごしていたのですが、
転勤の約束は伸びに伸びて、
気づいたらうやむやになってしまっていました。

バスケをするために入社したのに、
できなくなってしまったということもあり、
辻さんは会社があまり好きになれませんでした。

それでも、バスケ時代に培った体力と元気と
持ち前の明るさと行動力で一生懸命仕事をしていると、

お客さんとはとてもいい関係を築いてくことができました。

ある時、辻さんは、会社に数千万円の損害を出すようなミスをしてしまうのです。

もしかしたら、その瞬間にクビになっても
文句も言えなかったのかもしれません。

でも、なんと、
そのピンチを損害を受けた側のお客さんが
辻さんをかばってくれたのです。

まだ若い辻さんに仕事を任せた会社が悪い。
辻さんは一生懸命やっていた。

そう言って守ってくれたんだそうです。

数千万円の損害を受けながら、
担当者を守ろうとするお客さんもすごいですし、

それだけの信頼を若くして手に入れていた辻さんもすごいですね。

お互いの信頼関係が、本物なんだなって、確信できます。

この経験以来、
お客さんに喜んでもらおう、
この恩をちゃんと返せるようになろう、
辻さんは、心にそう強く誓います。

さらに、この職場を辞めるという話をした時も
いくつかのお客さんの職場から誘われたそうです。

とにかく、素直で人に対して正直な辻さん。
そのまっすぐな誠実さと持ち前の明るさで、人運を引き寄せているのです。

辻さん自身も、
人運にだけは自信あります、と力強くおっしゃっていました。


ブレるという芯を通す

辻さんは、今、役者やナレーターとして活動されています。

その時に一番大事にされていることが、
とにかくブレること。

それは、ただやりたいことが多い、とかそれ以上のことです。

確かに、辻さんに将来やりたいことを聞くと、
ワンピースのアニメに出るとか、
映画の吹き替えをやってみたいとか、
アニメの声優をやりたいとか、
CMに出たいとか、
本当に色々なやりたいことを持っている人です。

でも、そんなやりたいことがたくさんあること以上に、
そもそものスタンスがブレているのです。

ブレているというのは、
1つのことに固執しない。
自分の限界を決めつけない。
他人を決めつけない。

つまり変化し続けるということです。

というのも、辻さんは、自分のことを、
知らないこと、できないことが一杯ある人間だ、って言います。

そして、そんな自分が好きとも。

だから、とにかく知らないことを知る、
知らない人、理解できない人に会って話を聞く、
そうすることの大切さを強く感じている。

そして、とにかく固定されたとこにとどまることを嫌い、
動き続ける、変化し続けることを好みます。

だから、ナレーションをやったり、
自分で役者業の営業をやったり、舞台に出たり、
Bリーグ関係のお仕事をしたり、
本当にいろんなことをしています。

そして、どんどん周りから貪欲に吸収していっています。

それだけ、色々なことをしている人が、
つまり変化をし続けるような人が、
なぜ俳優をやめないのか、諦めないのか。

それは、社会人時代のバスケの経験からです。

会社の都合で気づいたらできなくなっていたバスケ。
自分がやりきったと思えるところまでやらせてもらえなかったバスケ。

この悔しさを2度と味わいたくない、後悔したくない。

だからこそ、辻さんは、
役者として、自分がやりきったと思えるところまで、
休みなく走り続けていくのです。

ブレながら、変化しながら、自分の可能性を増やしながらも、
筋を通すところはしっかり通す。

とても男らしい素敵な人です。

2018.9.3 渋谷にて
辻大地さん


「みんな、素敵でおもしろい」Lunch以外にも、いろいろなプロジェクトが進行中です。詳しくは、SUGOIのフェイスブックページをご覧ください。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

サポートいただいたお金は、クリエイティブに、人と人とのつながりに、誰かへのサポートに使わせていただきます。GIVEでつながる社会のために!

はげみになります!
3

「みんな、素敵でおもしろい」Lunch

みんな、素敵でおもしろいを合言葉に、毎週新しい人と出会い、ランチをしています。 どんな人にも、素敵な物語があり、その物語を文章にさせてもらったnoteです。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。