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存在

基本的に他人から傷つけられることに対して正当性は認められるものではない。
社長も町内会長もトランプも役職や立場がある人間だが、生物として人間であることに変わりはない。
より高次な存在であれば、そのような行為も認められるのかもしれないが、そんな有ることも無いことも証明できない存在より目の前でキレてるおっさんの方が遥かにヤバイ。
今まさに傷つけてきている。
しかし、キレていることは理由にならないし、謝れば済む問題でもなければ、おっさんに同じだけキレ返してもチャラにはならない。
お互いが傷つくだけ。
僕は誰も傷つけてはいけないし、誰も僕を傷つけてはいけない。
傷ついた分だけ強くなれるサイヤ人的な世界より争いのない世界の方が僕は望ましいと考えているのだが、どうやら外は危険ばかりのようだ。

一見おとなしそうだったおっさんが急にキレて、お前のせいで血圧が上がった、死んだらどうするなどと、どんどん加速する蒸気機関車みたいにポーポーポーポー、村西よろしくな絶頂の雄叫びを上げている。
あんなに大人しそうだったのに、草食系男子の成れの果てみたいな雰囲気を醸し出していたのに、荒れ狂う稲妻が如く飛び交う罵詈雑言 like a dragon、発源地はおっさん、キレにキレたキレキレのおっさん。
液体化した感情のおつゆがおっさんの不快な息とともに顔面に飛び散る。
豪雨のようなおっさんシャワーで前も見えないし、口角泡をまともに受けた顔面は溶け出しているに違いない。
かあさん、ごめん。
僕はおっさんに溶かされている。
いよいよ視界から入る情報を遮断し始めると、平凡そうだったおっさんの平凡具合について考えだした。
そもそも平凡な人間、無色透明無味無臭、そんな人間は存在するのだろうかと有ることも無いことも分からない存在に問う。
たまたまこのキレキレなおっさんを平凡と勘違いしただけで、七つの海のどこかには無色透明無味無臭なクリスタル親父が隠れているのかもしれない。
地球規模でクリスタル親父の生産に取り組めば、きっと世界に平和が訪れる。
今までずっと上の世代には泣かされてきたが、同じ思いをこれからの若い人にもさせてはいけない。
この悲しみの連鎖を断ち切るために僕がクリスタル親父になろう。
感謝の正拳突きを毎日一万回やろう。

やがて嵐が去ると、人々は優しい言葉をかけてくれた。
それに触れて、思わず溢れ出した涙が飛沫したおっさんのおつゆによって生まれた顔面のクレーターを満たした。
しかし、ハートの傷は埋まらないままだった。
この傷を埋めるにはどうしたらよいのだろう。
帰宅後、ハートの傷の深さを知るために鏡で見ると背後にある冷蔵庫が僕のハートがあったところから無愛想な顔を覗かせていた。
どうやら貫通してしまっているらしい。
ため息をひとつ、このままではハートの傷が広がり、やがて僕は人を傷つけるようになってしまうだろう。
目指すべきところが見えた矢先に大きな挫折が背後に回ってきたような気がして、緊張が走り、引っ張られるように目を見開いた。
七つの海のどこかに、これもまた有ることも無いことも証明できない存在であるクリスタル親父を目指すなんてことは、分不相応だったのだろうか。
そう考えた途端に体の力が抜け、その場に倒れこんだ。
ドッタンと大きな音を立てると、下の階の住人がホウキか何か先の尖ったものでうちの床、または彼の天井を数度打った。
その振動が傷に響き、ひどく腹が立った。
痛い、キレそうだ。
何かに乗っ取られるような気分になりながら、意識が朦朧とする中、ふと目をやると微かに見えたものがあった。
小さくなって壁と冷蔵庫との僅かな間に潜んでいたそれは有ることも無いことも証明できない存在の類であったが、確かにそこに有った。
こんなになるまで気づかなかったが、そういう存在を僕はすでに知っていたのだ。
涙を流し、その存在に手を伸ばした。

以上、真夜中にカップヌードルおみそ味をいただくに至るまでの思考でした。

貯金はせず、音源やグッズの制作などにあてたいと思います。 よろしくお願いします。