ロゴ4

泥の国のアリス❤4

"彼は、お茶を淹れるのが上手かった。
            だが、彼の悲しみまで味わう者はいなかった"


 アリスが森の中をしばらく歩いていると、水の音が微かに聞えてきました。背の高い草むらの中を歩き続けたせいで喉がカラカラです。音がして来る方へアリスは足を速めます。急に森が開けたと思ったら、とても美しい湖が目に入ってきました。鏡のように空の色を映した湖に花の匂いを乗せたやわらかい風が吹き抜けています。アリスはしばらく呆けたように湖を眺めていました。「やあ、おじょうさんいい天気だね?」
急に声をかけられアリスの肩がビクッと震えました。ドキドキしながら声がした方を見ると大きな青虫がレジャーシートの上でくつろぎながらお茶の準備をしています。青虫のたくさんある手には見たことない不思議な光沢の茶碗に木で出来た泡立て器にどう使うかわからない曲がりくねった棒を持っていました。

「これから君のためにおいしいお茶を淹れようと思うんだ。ほらここに座りなさい」
アリスはどうしたらいいかわからず、言われるままにレジャーシートに座ることにしました。
「はじめましておじょうさん!僕は見ての通り青虫で名前は虫虫(chu-chu-)と言うんだよ。可愛い名前だろ?」
そう言って青虫の虫虫はウィンクをしました。
「ちゅぅ…ちゅう」
「そうだよ、それが僕の名前。さっきまで彼女といたんだけど、怒らせてしまってね」
そう言うと虫虫はため息をつきました。
「えっと、私はアリスよ。どうして彼女を怒らせてしまったの?」
アリスは早く逃げなければならないのに、座ったとたん妙に落ち着いてきて心の焦りはどこかへ消えてしまいました。
「僕にはとても逢いたい人がいてね、その御方に1度でもいいからお茶を淹れたいなと思ってるんだけど、とても気難しい相手なんだ。その御方はダイヤの女王でね、とても美人なんだよ。だけど、あの御方を怒らす不手際が過去にあってね、小国が2、3滅んだんだ」
そう言うと虫虫は黙ってしまいました。
虫虫は茶碗の中のお湯を木の泡立て器で混ぜたかと思うと、さっとアリスに茶碗を差し出しました。

「ここもそうなんだよアリス。ここはダイヤの女王が昔暴れたところさ、だから誰もいない。さあ、ゆっくり飲むといい」
手渡された乳白色の茶碗の中には、緑色の液体が揺れていました。
「虫虫さんの彼女は、ダイヤの女王と虫虫さんが逢うのが嫌で怒っちゃったの?」
ふーふー冷ましながらアリスは聞きます。
「うーん嫉妬だねえ」
そう言うと虫虫はケラケラ笑い出しました。
「うっわにっがーい!!!」
虫虫から貰ったお茶はとても苦くて、アリスは半ベソになりました。
アリスの顔を見て虫虫はのけぞりながらさらに笑っています。
「すまない!甘い茶菓子は彼女と食べきってしまったんだよ。今度から君に会った時のために砂糖とミルクを用意することにしよう!クククッ」
虫虫はよほどおかしかったのかしばらく笑い続けていました。そんな虫虫を少し睨みながらアリスは苦いお茶に苦戦しつつ喉を潤していきます。お茶を飲み終えるとアリスは少し思いつめた顔で虫虫にこれからどうやって逃げたらいいか相談してみました。
「ふむふむ、君は泥の国にはじめてやってきたのに泥の国の協議会は君を処刑すると言ってきたんだね。どうもありがとうアリス!僕はダイヤの女王とお茶をする口実ができたよ!!こうしてはいられんぞ!!!さあ、アリス茶碗を貸して!」
呆気にとられながら茶碗を虫虫に返すと、虫虫は持ってきていた紫の布でぐいぐい拭いてまたアリスに渡しました。
「この茶碗に湖の水を汲んで来るんだ。ああよかった、彼女が荷物を置きっぱなしにしてるからこれで助かったぞ」
虫虫は急いで茶道具を片付けていっています。アリスは言われた通りに湖の水を茶碗に汲んで虫虫の元へ帰ってきました。
「アリス君は僕が偶然ここにいたと思ってるだろう?でもね、僕は彼女の星占いに従ってダイヤの女王に逢うためにここにいたのさ。ここはダイヤの女王が昔滅ぼした国であり今はダイヤの女王が保護してる泥の国と別の国の間さ!」
そう言いながら虫虫は、アリスの持っている茶碗に縫い針を浮かべました。
「これから君は北へ向かうといい。しばらく待てば針孔は北へ向くようになる。一晩中かかるだろうが歩き続けるんだ、歩いて歩いて歩き続けたらものすごく態度の悪い店員がいる喫茶店に着くだろう。その店はいつもcloseになってるけど気にせずいすわり続けるといい。そこが一番安全なんだ。僕はこれから全力でダイヤの女王を説得するから、君はなにも心配せず歩くんだよ?いいねアリス」
虫虫は笑顔のまま続けます。
「その茶碗は僕と君の記念に贈ろう。それと、アリス大事なことを言うから忘れないように。もし誰かに招かれることがあれば誰だろうと楽しませなきゃだめだよ、彼奴等はそれを怠ったんだ。それはとてもいけないことだ、ダイヤの女王はとても恐ろしいが凡てにおいて僕らよりなんでも知っている。もしかしたら我々の出会いをもう気づいているかもしれない、だからアリス気をつけるんだよ。僕は全力で君を助ける。なんせこれからダイヤの女王とお茶ができるからね!」
そう言うと示し合わせたように馬車がこちらへやってきました。
「あっあの泥の国って一体なんなのですか?」
「答えてあげたいけど時間が無いな。泥の国はとても弱い国なんだ、それを何故かダイヤの女王が興味持ってしまってね。いや、ダイヤの女王が興味を持ってしまったから泥の国は存在しているかな」
馬車から下男が降りてきて、虫虫の荷物を中に入れ虫虫自身も下男に担がれて馬車に乗せられてしまいました。
「旦那様お迎えに参りました」
馬車の中から澄んだ女の人の声がします。
「うむ。上々だ!ダイヤの女王の城へ向かってくれ!」
虫虫が目的地を大声で言うと馬車はゆっくり動き出しました。
「虫虫さん!ありがとうございました!!」
アリスが馬車を追いかけながら声を張り上げて言いました。
「こちらこそありがとうアリス!またお茶をしよう!!楽しいお茶を!!」
虫虫は馬車の窓から体の半分以上を出しながら叫びます。馬車はどんどん小さくなっていき、アリスの手には小さい希望と虫虫の作った簡単な方位磁石が静かに揺れるのでした。



❤5へ続く
【投げ銭形式】のためここまでです。ここまで読んでくださりありがとうございました。

ここから先は

0字

¥ 100