Our funny valentine 浮乃と歌蓮の事件帳、壱の巻

 突然照明が消えて真っ暗になった。もうそんな時間になってしまったのか。
 何度も来ている、はわい温泉の足湯である。夜九時になると、自動で照明が消える。一日の仕事を終えた温泉宿の従業員が、次々と車に乗り込んで帰って行くのを横目に見ながら、今日はもう進展はないだろうと腰を浮かした瞬間のことだった。
「歌蓮ちゃん、お酒はだめだよ。これから忙しくなるからね。」
 まるで心中を見透かされたかのように、鋭い声が飛んできた。
「全てわかったんだ。チョコレートは取り返してくるから、歌蓮ちゃんは皆を学校に集めてくれるかな。」
 先程まで、いくら話しかけても無反応だったのが嘘のように、声は溌剌として目も輝いている。しかし今からはさすがに遅すぎだろうと思ったのを、またもや見透かされたのか
「今日中に解決した方が良いんだよ。バレンタインデーが終わる前にね!」
と言い残し、勢いよく足湯から飛び出したはわい東郷浮乃は、裸足のまま向かいの旅館に駆け込んでいった。
「女将さん、探偵セットに着替える!」
 よく見れば、裾が湯に浸かってずぶ濡れだ。自己管理ができないのはいつものことだが。
 本当に彼女一人に任せて大丈夫なのだろうかと思いながら、まずは道後に行かなければと、宮本神社の鳥居をくぐるのだった。

 皆が持ち寄ったはずのチョコレートが忽然と消えてしまったのは、今朝のことだった。私のも無い、ああ私もだと騒然とする中、全員教室待機の指示が下った。

 誰が、何のために?

「本日は自宅待機になりました。下校の準備をしてください。」
校内放送を聞いて下校しようとしたところに、生徒会長がやってきた。
「歌蓮さん、浮乃さんがいないんだけど、ご存知ないかしら」
 校内に有能な探偵がいるのだから、協力を依頼しない手はない。
「何も聞いてませんけど、大体わかります。呼んできますね。」

 お社渡で、宮本神社を出て右手へ、早歩きで向かうと、やはり最初の足湯にいた。東郷湖畔には七つの足湯があるが、一番近くの足湯だろうということは容易に想像できた。一刻も早く推理を始めたいのだ。
「歌蓮ちゃん、良いところに来たね。いずみんを呼んできてよ!」

 生徒会長には「呼んでくる」と言ってしまったが、こうなると謎が解けるまで足湯を出るはずがない。仕方なく来た道を戻り、生徒会長の方をを連れてくることになった。
 生徒会長と話したあとは、次は誰、その次はと、むすめ達を呼んでは話を聞く。当然、呼びに行くのは私の役目なのだが、いくらお社渡ができるといっても、足湯から神社までは歩かなければならない。いったい何往復させるというのだろうか。
 影がのびるにつれて足の疲労もたまり、もう無理だと思った頃、浮乃ちゃんは急に押し黙り、何を話しかけても反応が無くなってしまった。
 かれこれ数時間、つきあって足湯に入っていたのだが、九時の合図を区切りとして帰ろうとしたところで、呼び止められてしまったわけだ。
 おかげで、足の疲れはすっかり取れたけれど。

 体育館、まだ全員がそろっているわけではなさそうだ。
 浮乃ちゃんがいないのは当然。佐間様は起きないだろうし(そもそも学校で見たことが無い)、八重夏ちゃんは沖縄時間だろう。生徒会長の姿も見えないが、まさかね。
 下級生が騒ぎ始めたと思ったら、トレンチコートに瓢箪を提げた探偵スタイルの浮乃ちゃんが入ってきた。中等部のむすめ達は初めて見るのかもしれない。たしかに、見た目はカッコいい。不注意で制服がずぶ濡れになったからあれを着てきたのだとは、誰も思わないだろう。

「チョコレートを返すから、中等部から順番に並んで」
 片手で持てるサイズの瓢箪を浮乃ちゃんが振ると、次々にチョコレートが出てくる。よくわからないが、中国の仙術らしい。なんでも吸い込んで、自由に取り出せる。何度も見ているけど、いつも見入ってしまう。
 ともあれ、私が作った「酒粕ラジウムチョコレート」も、無事に戻ってきた。地酒の酒粕と、薬師の湯から汲んだ温泉を練りこんだ、回復力抜群のチョコレートだ。酒粕からこしらえた甘酒を飲みながら作ったので、出来上がったころにはホロ酔いになってしまい、ラッピングが少し雑になってしまったのだが、手元に戻ってきたものは心なしか、いや、間違いなく綺麗になっている。
 「犯人は誰なんですか?」誰かの声で、皆の目が一斉に浮乃ちゃんに集まる。
「あのね」
固唾をのんで次の言葉を待つ。
「私は犯人を咎めるために探偵をやってるわけではないんだ。あとはスクナヒコ様といずみんに任せるよ。」
と言って帰ってしまった。

 「皆さん、おそろいですか?」
 呆気にとられて沈黙していた生徒達の頭上に、生徒会長の声が響く。
 「チョコレートは戻ってきたと思います。今回の件、スクナヒコ様とも相談したうえで、不問に付すことにしました。犯人がこの中にいるのかいないのなも含めて、一切公言しません。そもそも、悪気があってやったことではないの。戻ってきたチョコレート、綺麗になってるでしょう?」
 もう一度、手元の酒粕ラジウムチョコレートを見る。やはりそうだったのだ。
「そうじゃな…」
スクナヒコ様のお声を聞くのは久しぶりだ。
「良かれと思ってのことじゃが、やり方は良くなかった。ことが大きくなりすぎて、言い出しにくくなってしまったというのもあるしのう。ワシからもよくよく言い聞かせておいたので、皆もそれで許してくれまいか。」
スクナヒコ様にそう言われては、納得するしかないだろう。
「今回はそうではなかったが、仮に悪いことであったとしても、万座の前で犯人を晒し、吊るし上げるのが良いとは、ワシは思わんぞ。いくら正しかろうと、感情的に責めるのは醜く、そこからは何も生まれん。これからお前達が地元に帰り、温泉地を盛り上げでいく時にも、似たようなことはあるじゃろう。その時には、ことを起こした本人と、周りの者達の言うことを丁寧に聞くことじゃ。決して外形に囚われて、拙速に判断してはいかんぞ。何を考え、どんな思いでおこなったのかをしっかりと聞くことが重要じゃ。」
「さて、今日はもう遅い。チョコレートを渡すのは明日にして、帰るがよい。」
長い一日が、ようやく終わった、と思っていた。

 スクナヒコ様と生徒会長から労いの言葉をいただき、意気揚々と学校をあとにしようとしたところだった。浮乃ちゃんも帰らずにいれば、直々に労ってもらえたのにと思いながら、ふと校舎を振り返ると、帰ったはずの浮乃ちゃんがいるではないか。
「歌蓮ちゃん、良いところに来たね。私の靴を知らないかな。」
どうしてこうも、自分のこととなるとポンコツになるのか。

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