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小惑星イオの一日

一体ぜんたい社会のひとたちって、どうやってその「社会」とやらに参加してるの?
かつて、私はどうしてたろう。
長くて、2、3年の仕事。数か月で終わった数えきれないほどの仕事。
ウェイトレス、ビルの窓拭き、事務、花屋、ホステスにキャバクラ、歯科助手に店員、医療事務、スーパーのレジ係・・・・・


私はもうすべてあきらめたはずだった。
もういい。もうたくさん。持続力がない。覚えられない。ストレスでつぶれ、嘘をついて逃げて。果ては自室に閉じこもるか、精神病院のベッドか、男のベッド。
口座に貯金があったためしはなく、なのに酒と煙草を愛し、できるかぎりのお洒落を安く、時に一点豪華主義にして・・・・・流れ歩いて。


私は男から去り、去られ、死なれ、友と称する者が来ては惑わされ、逃げ、また出逢い、ああ、仕事なんていつすりゃいいの?息するだけでいっぱいいっぱいよ!
障害?何ソレ?だったら何?知るかよ。
でも、なんで、私、いつもうまくいかないの?


でも、Sがある日東の空に昇ってきて、うつむいて書いてる私の横に座った。
Sは、毎回違うTシャツとベースボールキャップで現れては、にこにこ話しかけてきた。不思議な熱。こんな熱を知らなかった。不思議な・・・・・
私は書いてるものに、じっと目を落としてみた。その肩に、Sは手を置いてくれた。


手。まなざし。笑顔。ぬくもり。熱。言葉。ひかり。水。やすらぎ。希望。


ああ、私、そういう栄養さえあれば、ちゃんと芽吹けたんだな。永久凍土じゃなかったんだ。
そして、その優しい手を、よくあるラブソングみたいに
「四六時中いつもそばにいてえええ!私のものよおおお!私はあなたのものおおお!」
ってアロンアルファで無理矢理くっつけるみたいに思わなくても、だいじょうぶなんだ、って知った。
だってあの笑顔がこの世から、この胸から、消えることはありえないでしょ?
じゃあ。
私は安心してガンガン書き始めた。


記憶をさかのぼる。
イオ、あなたが書いて、初めて、楽しい!嬉しい!もっともっとしたい!
って思ったのは、いつだった?


私は、10歳だった。


苗字は忘れた。ただ、葉子、という名前の、日に焼けた担任の先生だった。
私は、本屋さんである本をみつけて、分厚いけど、読んでみた。それは灰谷健次郎さんの
『太陽の子(てだのふあ)』という小説だった。沖縄と、神戸のまちと、美味しそうな沖縄料理と、はたらく人々と、草の葉のおもちゃと、記憶と夢と、戦争と、楽しさと、かなしみと、歌と、学校や親やお店やお客さんたちや先生やすきな男の子と関わり合う、私と同じ年頃の女の子の話だった。私はむちゅうになった。


私はたまらず、本を読んで想ったことを原稿用紙に書いて、かってに葉子先生のとこに持ってった。
葉子先生は、読んでくれて、日焼けした顔をひまわりみたいににっこりした。
ああ、先生、私、おもしろいこと、言えたの?いいこと、できたの?こんなの、親を喜ばせるいつもの通信簿の追加点にもならないのに?


それから、書いてきた。時々、振り向いてくれる人。でもそれはごくまれで、その世間という街角で、私はいっつも乞食で、書いたものを買ってくれる人はぜんぜんいない。私はあきらめて、学校に行ってバイトして彼氏と遊んで酒煙草やってマリファナもやってライブ行ったり一人で映画観たりした。


悪いことに、私は生まれる時、産道のどっかでこころをひっかけたらしい。
アタマの病気になっちゃった。知らないよ、そんなの。お医者さまがみんな勝手にそう言うだけで。私のせい?
知るかよ。セックスしてる方がよっぽど健康にいいわ。でも、享楽を求めても求めても、その享楽というコートは、私を暖めはしなかった。おかしいなあ。彼氏と毎晩お話しする深夜の電話でも、その答えは分からずじまい。


本を読んだ。でも頭がよくないから何べんも繰り返し読まないと分からない。だから、気に入ったのを百万べんぐらい読んだ。そして、初めて愛しただんなさんと暮らし始めて、でも仕事は上手く出来なくて、また書き始めた。
「イオちゃん、これ面白い。働かなくていいから書いてみろ」
葉子先生の笑顔を、死んだだんなさんは言葉で言ってくれた。私は書いてきた。


書いた。書いた。書いた。時々休んだ。色々あったし。だんなさんの死だの刃物だの病院だの仕事だの辞めるだの親との百年戦争だの男だの興奮だの怠惰だの不埒だの絶望だの無理矢理ふつうのひとみたいにしようと頑張るだの。


本はもう買わなくなった。昔から読んでるのだけでいいや。すきだし。


もう最後、と思っていた日々になった。命と魂は投げ捨てていた。再婚しただんなさんと殴り合いなじり合いながら酒びたしの床に住んだ。長い日々。もう書いていなかった。だってもう死ぬのよ、いいじゃない。
でもある日、突然、頭の中に、物語が現れた。それは、現れたと同時に「すでに完成されていた」。
酒ですべる床に椅子を据えて、私は書き始めた。猛然と。酒どころかごはんも食べずに。


賞を取る?ふざけんじゃねえ。いまさらそんなんどうでもいいんだよ馬鹿野郎。なんべん送ったって郵便代の無駄だった。いま?書きたいだけだよ。書かないと破裂するからだ。枚数はどんどん増えていく。なんだこれ?60、70、80、・・・
100、120・・・・・
ええ?


それから、不思議なことに、間もなくのことだった。
Sが笑いながら、東の空から昇ってきたのは。
私は、酒の海から、波打ち際まで必死で泳いで戻って、砂浜にたどりついた。息が切れる。心臓が、まだ動いてるんだ。


這って行って安全なところに着いたら、私のだいすきなハマヒルガオの、とき色のらっぱの形の花がいっぱい咲いていた。Sはそこで私を抱いて恋人にした。私はそれまで生きてきたすべての自分が死ぬのを感じた。


恋人は、生まれたばかりの私の耳にあまい呪文を囁き続ける。
「イオちゃんの夢・・・・・」
私は十本の指が、二つの眼が、こころが、いたたまれないほど燃え上がるのを感じた。
夢のための道具が燃える。使ってくれと泣いている。時間がないと泣いている。
なんのため?
「ああ、利己的でかまわないわ」。


だって、ねえ、いまこれを読んでいるあなたは、私に何も求めはしないのでしょ?
暇つぶしになったら、それでいいわ。
これは私のもんよ。欲しけりゃあげるけど。好きにすりゃいい。
でもこれは、私のもんよ。勝手にやらせてもらう。
恋人が、にっこりする。そして私のほほに、キスする。
そして、かれの夢の種の秘密を、話した。それは私の夢の種と、おんなじだった。
やだ、S、私と同種族だったの?
そうだよ、おれ言ったじゃん。


/来週見学する職場は一件決まった。もう一件は、書類選考。見学はただ行けばいいけど、郵送には手間がかかる。紹介されたのは昨日、今日は金曜。今日する方がいいだろう。
で、履歴書としょくむけいれきしょ、なるものを作って郵送するまで、まる一日かかった。
順序を言おうか?

①洗顔、「気に入られそうなシンプルな軽い」メイク
②「気に入られそうなシンプルな服」選び
③駅前の写真ボックスで履歴書用の写真を撮り、
④ひとつ離れた駅の100均で「職務経歴書」を買い
⑤帰ってごはんもそこそこに
⑥あんちょこ読んで悪戦苦闘しながら履歴書と職務経歴書を書き
⑦10回は確認して封筒に入れ、宛名を書き、また確認して
⑧コンビニに行っていちおうすべてのコピーを取り
⑨郵便局で切手と不足分を足して、出す。


終わり。


そして、私は真っ白な灰になった。真っ白な灰によ。
ジョー!立つんだジョー―ー―!!
あ。昨日買ったアサヒの糖質ゼロ。のんじゃお。かーうめー。あ、ホワイトホースもぬかりなく。


かーうめー。


社会参加。こんなにも大変。
街のすべての店や家や会社、道路に看板に学校に電線電柱車トラック植え込み天候、道行く人と着てる服持ってるもの全部とその人が受けるあらゆるサービス。
ぜんぶ社会だ。通貨で取引される材料になる。発狂しそうだ。
これまで消費するしかしてこなかった私が、その一部になる。取引される通貨になる。うまくいけばの話だけど。なんてことだ。発狂しそうだ。
ダメだ酒飲まないと。混乱してる。


くたくたになって、でも、私はやっぱり書く。ああ、ねえ、神さま、きいてよ、今日こんなにすごいことがすっごいいっぱいあったの!すごいんだ!Sにも言わなくちゃ。
明日ラインしよう。いまはもう多分寝てるから。
私はあの長いまつ毛の下で深く閉じられた恋人のまぶたを、想う。
ふんわり、落ち着いてくる。神さまの、頭をなでてくれる手は、今日はひときわあったかい。


いい子だね
よくがんばった
まあのみなさい
しかしおまえはおしゃべりだねえ
ちゃんとあの女について踊りをおぼえるんだよ、いいね?

はーい!


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おいでよ、ベイビー!もっとあそぼうよ☆彡
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南条 イオ

恋、書くこと、音楽三昧。のんきに優雅にげんきよく。そして、今日を大事に無事に笑顔だよ!

tales

たまに、物語が生まれます。小説、童話、詩とないまぜのもの、恋のお話に、見つけたなにかのお話。あなたにあげます。
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