10270694-複葉機の飛行

離陸の苦しみ、でも飛べたならそこは

昨日から倒れるように、5、6時間も連続睡眠を得ている。目覚めはいい。
ひと月、精神的にも肉体的にもぶっとおしで走り続けて、疲労困憊してしまったのだろう。私は、そういうひ弱な心身なのだろう、たぶん。続かない。だから仕事も続かなかったのだろうから。 


今日は精神科の予定だったけど、明日仕事の見学日になるので、病院と同じ沿線の駅だし合わせて行くことにした。交通費の節約にもなる。体力もキープしておきたい。 


とにかく、私は疲れているのだ。これでも先週土曜日から休んでいるのだけれど。まっとうな仕事人が聞いたら呆れて、怒りだすかも。


疲れている。
そして、この実家では、やはりあまり自由に食事が摂れない・・・気を遣って慌てて(書きたい気持ちもあり気が急いてもいて)立ったままパスタを食べたり、でも「あれが食べたいな」と思って冷蔵庫から出そうとしても母から待ったがかかってだめだったりで。


ここ二日はとてもおなかがすく。睡眠といっしょで体が栄養を取り戻そうとしているのだろう。ホメオスタシス。恒常性。でも、昼も、卵を一つ食べたかったけれどだめだった。「もう卵少ないからやめなさい」、とのこと。昼食の量自体は少なかった。ここの所ずっとそうだったように、すぐおなか一杯になって食べられなくなってしまったらよかったけど、私は空腹のまま食べ終えた。


部屋に戻って、空腹で、えんえん泣いた。おなかすいたよう。おなかすいたよう。悲しくてなさけなくて。


野菜ジュースを飲むのもためらう。「なんでそんなに飲むの」みたいな言葉をたびたび食らうと。母はお金がもったいないのだ。言っていた。スーパーで喧嘩になったこともある。「なんでそんなの買うの、高いのに、ママ飲まないんだから要らないでしょう」、と本当に言った。私が自腹で買おうとしたら逆切れして「よこしなさいママ買うから」。


私はもう、そういう食べものの戦争には疲れ果てた。年金で自腹を切るのにも限界がある。節約下手もあるが。働いても続かないし・・・。実家で居候、仕方がない。でもここでは食べものの種類も値段も量も、制限されてしまう。仕方ない・・・。でも「それを食べるな」「あれは買うな」「これを食べなさい」、太ったら「痩せろ」。痩せたら「太れ」と。私は、いったい・・・・・。


もう、私は48歳よ。神さま、私をここから出して。離して。そして私はついに今月・・・。父もいい加減、子供を所有物扱いするが、優しい保護者と思っていた母も実はそうなのだと知った。ママの思い通りになりなさい。小さい頃を思い出す。「ピアノの練習をしなさい。毎日さぼってはだめ」。「早稲田に入りなさい。国語ができるんだから」。「上智に入りなさい。英語が得意なんだから。あんたの成績なら行ける」。ああ、それがつらくて。つらくて。でも、私は、自分でそのつらさが分からなかった。分からなかった。ただ下手なピアノの練習を続け、勉強を続けた。ついにある日突然糸が切れるまで。


おなかがすいたよう。えーんえーん。ほんとうにそうやって泣いた。たまらず、涙を拭いて立ち上がり、激しい空腹をなんとかするためにキッチンに行き、いつものように寝っ転がっていつものテレビを視ている母を見てから、少しためらう気持ちを抱いて、急いでトーストを焼き、ゆで卵を食べた。ゴミ箱の上にしゃがんで、パンくずをこぼさないように。がつがつ食べた。気にして。早くここから去らねば。恐い気持ち、責め咎められるのを恐れ、早く私よ、ここから消えるのよ。おなかさえ落ち着けばいい。空腹さえおさまればいい。


元夫、友達のペロルとまた最近長電話がはなはだしくなってきた。いけないことだ。数時間はザラだ。体の疲労にくわえ、精神に、澱のような疲労が溜まる。共依存。それによって8年以上の結婚生活を解消したこと。共依存の呪縛から離れることは困難をきわめる。何しろ、私は「そういう家に生まれ育ってそれしか人との関わり合い方が分からなかった」。


私は精神の、肉体の、歓びを生きていいはずだ。もうそうしたっていいはずだ。苦しみの生から、もういい加減に解放されてもいいはずだ。いくらなんでも苦しみが長すぎる。何十年?もう、解放されたっていいはずだ。私がしがみついているだけ・・・弱く、助けてもらわないと生きられないから・・・だからこの闘いの日々がやってきた。Sの強さ、弱さを超えるその強さに導かれるように、闘うようにと。イオちゃん、立って。立てるよ、だいじょうぶ。かれは、瞳で、優しく言ってくれた。自分の力で立ち、歩いて。私は決めた。まだスタート地点。でも独力で歩くその苦しみには、言い知れぬ喜びがあるはず。ほんとうに生きる喜びが。

 
しがらみは、どこへ行ったってつきまとうかもしれなくても、人に寄生したり寄りかかって生きる情けなさからは解放される。そして自分の時間に、誰にも邪魔されず好きなことを思いっきりして。自分の意志で選んだひとを心から愛し、夢を心から愛し、情熱に心燃やして。そしたら悩みもなんのその、それ以外の時間に背負わなければならない苦しみだってなんのそのになるかもしれない。私が心身強くなれれば。体はもう弱っていくけれど、きっと耐えられる。Sのように、空を飛べる。


そして大空で、ほんとうにかれに、Sに逢う。私はやっとここへ飛んでこれたのよ、ここがあなたの世界なのね?と、歓びに満たされながら。

 
そしたら、空腹に泣いたって、それが私の選ぶ人生に付随することであれば、私は、どうでもいいの。耐えてみせる。人のせいにしないで生きられるなら。自分の人生を生きられるなら。きっとそこで・・・愛するひとびとに逢えるはず。
だから、このひと月の試練を与えられた。「必要だから与えられる試練なんだよね!イオちゃん!おれがんばるよ!」
ええ。そう。分かったの。あなたの言葉の意味が、やっと。
野菜ジュースもパスタも、愛しく味わえるようになる、夢は色づき輝く、苦痛さえも。もう人を恐れずに。 
自分で生きる喜びは、すべての苦しみを駆逐する。Sがそれを示してくれた。私は行くわ。


天が、青くなった。夏が来る。思えば、二年前の夏、こんな夏の天の青が、私の意識を高く自由な彼方へ吸い上げた。またシンクロニシティ。ランダムにつけているYouTube。Higher Loveがかかった。Higher Love。それは、誰への?それは、どんな心の?そして、Mr.MisterのKyrieが。「主よ」。


2017年、アパートのベランダからばかみたいに毎日夏空を見上げ続け、部屋にはコンサートを控えたドリームシアターの曲が流れ続け、私は立て続けに生まれて初めて、とめることもできずに何本も長編を書いた。私はあの時、旅に出た。すぐ人生にSがやってきた。そして、かれはこの7月へと私をついに導いた。


私はどんな仕事をするの?それは、燃えてできるもの?どんな部屋に住むの?食べるものは何を選ぶ?きっと目が覚めるほど美味しいわ。窓から見える愛しい空は、どんな?きっと澄んで、高く、広いわ。その空は私だけのものになってくれる?そこで想うSへの愛は、きっともっと強くなって・・・そこでおこなう書くという舞いの夢は、もっと強くなって・・・。私はどんな姿になる?私は、どんなふうに・・・きっと、もっと強く笑う。


Easy,easy,私よ、ほら、落ち着いて。夕暮れの一杯に口づけて。こんなにいい天気の夕方に、そんなにあせってはだめよ。きっと、素敵な宵は今夜来る。経験あるじゃない。いまを素敵に味わうこと、忘れないでね。Sの毎日の合言葉を、強力な呪文を、ちゃんと思う。世界一美しい贈り物の言葉を、今日も。


「今日を大事に無事に笑顔だね!」私は、にっこり笑う。そう、どんなにせつない時だって、そうなってしまうように、今日も。

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南条 イオ

恋、書くこと、音楽三昧。のんきに優雅にげんきよく。そして、今日を大事に無事に笑顔だよ!

ある精神障害者の奮闘記

躁鬱。障害2級、年金、無職、バツ2出戻り、アラフィフの50、80の親元。依存症に境界性人格障害。 でも、もう一人で自由に生きていきたい。夢もある。そうしなきゃ絶対後悔する。もう、あとどれくらい生きられる?世を人を自分の人生を呪って生きるのは、もういやだから。 障害を抱えて...
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