見出し画像

仕舞いのレッスン

お風呂の日だった。
けがれたかんじがしていたし、ほてりで汗だくだったから、助かった。
とにかくうちの「規則」は、週二日のその日以外には入ってはならない決まり。


さっぱりして、部屋で化粧をしようと鏡を見たら、絶世の美女が映った。
「わ?」
「おひさしゅうございます」
あさづま太夫は鏡からすうっと出てきた。
「ひさぶり、げんき?」
「ええ」
「私んとこ、じかに来たねえ。なんかあったの?ま、楽にして」あさづまは部屋の中央に舞い降りた。
私は鏡を見てみる。はあ。


「ゆか、固いかな。ベッドでもいいよ」
「ここでいいです」
「煙草、煙くない?」
「だいじょうぶ」
「きょうは何で?」
「ご恩返しに上がれと、殿が・・・」
「あー重忠さん。何で?」
「あなたがわたくしを、憐れんでくださったからです」
「あーいいよいいよこんな妄想屋。飲む?」
「これは?」
「ストロングゼロドライ。9%。そのまま口つけていいよ」
缶の酎ハイをひとくち飲んだあさづまは、美しい顔をゆがめた。
「まずい?ごめん!」
「いえ・・・おいしいけれど・・・ちょっと痛くてびっくりしました」と、笑う。そしてまた飲んだ。気に入ったみたいだ。


仕舞い、というもののやり方を、お伝えします。
「仕舞い?能の?」
それもありますが、ものを片付ける、ということです。ふつうに考えての。でも、イオは、部屋、きれいです。
「刑務所みたいよね。昨日はSのマネして散らかして遊んだ」
うふふ。イオは、ちょっと、殿に似たところがありますね。でも、イオの片付け方は、大体いいのです。だからほとんどお伝えすることはないのですが。ただ、心眼を使うやり方のほうが簡単なのです。
「心眼?」
そう。片付けることは、ほんとうはとても大切なことです。
「そうね。Sのとこもそうだけど、建設系とかの現場は片付けないと危険だから掃除が基本なのよね」
ええ。世界は、森羅万象でつねに散らかっていくので、道を作っていかなければ歩けませんし。イオ、歳を取ってきて、この所へんだな、って思って、色々覚悟を始めたのでしょう?
「やっぱ分かっちゃう?」
今朝は左手がしびれて力が入らない。昨日は目の見え方が変だった。先月はめまいで何度も倒れた。ああ、もう老衰だなあって。家も探すのでしょう?
「うん。もう、母と相談したし。父とも折り合いよくないままだから、まあマイルドに追い出される形かな。でも親元だと公営住宅応募できないから、別の課に相談に行くの」
だいじょうぶ。なるようにちゃんとなります。用意されています。
「うん。知ってる。神さまがやってくれてるもん」
うふふ。イオは、お手洗い、毎回必ずきれいにするでしょう。あれ、とてもいい。
「私はトイレの神さまが大好きなの!したいからするの!ありがとうのチューのかわりなの!」
それが、仕舞いの正しい心得です。仕舞い、というのはわたくしのような遊里のものが客に揚げられることも意味します。いとしいきもちがあるものです。
「えー、でもヤなお大尽だっているんでしょ」
だからわたくしたちは耐えて生きたか、ほんとうにいとしいかたのために死にました。
「あさづま、純だしー。ああ、いいなあ。私も死んだら、自由になれるんだよね」
それはなれますが、それにはきちんと片付けて仕舞ってからではないと、すんなりとはいきません。苦しいことになったりします。わたくしはそれをしなかったので、長い間池の底で、泣いていたのです。
イオ。もしからだの眼がきかなくなっても、眼は大事にして。眼をまず使ってください。まず、全体を見てください。しずかに。
「うん」
あなたの、中を。これまでの人生を。
「うん」
あなたには、正しいことが光って見えるようになったでしょう。
「そう」
捨てられるようになったからですよ。
「そうなの?わかんないけど、そうなった。ていうか、するしかないし、しないとつらいし、もがきながら掃除してた感じ」
捨てることで、イオ、どうなる?
「軽さを得る」
その通り。イオ、わたくし、なんだか、むだみたい?でも、殿が・・・・・
「いいって。とりあえず飲もう。あ、ウィスキーがある。こっちは?・・・あ、ストロングドライの方がいいのね、OK。続けて」
捨てるのは、イオ、つらい?
「時にひどく。でも、抱えてたら両方にとってよくないことってあるの。あとで恨まれたりしても、それは『おくりもの』よ。ちゃんとギフト。使うの手こずるけどね」
でも、イオの捨て方は、正しいです。わたくしみたいな捨て方をしては、けっしてだめですよ。
「分かってるってお嬢さん。あなた私いくつだと思ってるの」私が笑うと、あさづまはしょんぼりした。
「ごめんごめん、口悪かった。ん!ありがとうあさづま、これ捨てます。軽口でもひとを傷つける癖は。ね、泣かないで、ごめんなさい。はいティッシュ。拭いて」
イオ・・・優しい。
「ううん。わがままなの。自分だけよくなりたくて自分だけ気持ちよくなりたくていい顔したいだけ。よく見られたいから。ナルシストだから」
でも、思うけれど、イオは時々・・・・・
「いい。だいじょうぶ。でもね、私もう自分のこと悪く言わないようにしたの。自分をいじめるのやめたの。ただでさえ弱いのに自分が自分いじめたらもう立つこともできないよ。人はちゃんといじめてくれるよ。ただ、その辺が難しいの。いじめたい人と、可愛がりたい人と、両方したい人と、興味ない人と、色々いるし、見極めが」
それは、心眼で、見て、不要ならすぐ掃き捨ててください。イオには特にそれが必要。イオは拾いやすいのです。そういう意味での捨て方、仕舞い方はへたです。そでにするのが上手ではない。情けをかけてはいけないの。見ればすぐわかります。それはごみです。触ってはダメ。捨てるのは、ひとを護るためにも必要です。あなたと、そして他人を。
「ああ」
ふるいにかけているんですね。
「そう」
だいぶ、はかどりましたか?
「結構、一挙に。こうして年を取って色々できなくなったりしてくると、余計なものいらなくなるから。細かい作業をできなくなるから細かい物はもうないし、沢山持てないから荷も減らしたよ。それに死んだあと、片付けてくれる人がラクだもの。そして、最近は、近寄らない方がいい人が分かるようになったというか、それは自分の中の悪が呼んでいるだけだと思ったの。変に情けをかけたくなる。だから一番捨てなきゃいけないのはそれよね」
イオ、くるしい?
「そうでもないわ。すきなひとは、ただひとり。したいことは、ひとつだけ。それ以外、もういい」あさづまが、私に缶を差し出した。それは優雅で雅な手つき。白魚のゆび。
「ありがとう。おいしいね。一緒に、お酒飲めたね」
イオ。わたくしの死んだ時は、いとしいひとは、ただひとり。でも、したいことは、かなわないと思った。それが、だめだったのです。イオはかなえて。
「したいことはね。でも、すきなひとは、縛らない。かれはかれ。私は私。でも、地球上で私ほどかれを愛してる女は一人もいない。それが分かってるから、したいことに打ち込む。人には『くず』呼ばわりされても・・・やっぱ言われると死にたくなったり、言った人ぶち殺したくなるけど、その時は酒飲んで寝る。書けたら書く。寝て起きたらまた書く。それだけ。ごはんもほとんど食べてないけど、必要ないからみたいね。それも、捨てていくんだね」
イオ。わたくしは、弱かったの。
「知ってる。私もだよ。やんなるわよね」
でも、弱いひとが、いちばん強くなれます。
「そう?」
イオの恋人は?虐待されて捨てられて放っておかれて、夜遅くまで団地の壁に野球のボールを一人で投げ続けていたのでしょ。その小さな子は強いですか?
「違うよね。本人は言いはしないけど寂しくてたまらなかっただろうね。母親の顔も知らないんだから」
でも、かれは見かねた野球チームの監督さんに声をかけられて、運動に救われた。そして、えっとその・・・ボクシング?
「うん。要はぐれて戦争ばっかしてる不良だったけど、強くなりたかったからって言ってた。憧れたんでしょうね。始めたのは21って言ってたけど」
それで、強くなったのでしょ?
「本人は四回戦だったしいい選手じゃなかったって言ってたけど、私は強いと思ってる」
なぜ?
「優しいから。ものすごく単純に。ひとをみんな思いやるし、私をほんとうに思いやってくれる。このひと変なんじゃないかってくらい毎日励ましては愛してるって言ってくる。思いやり方はすごい。見てれば分かるもの。一緒に外歩いてるだけで。もうなんか、周りの空気違う感じ。あったかい色になってるというか」
そう。かれはとても弱かったから、強くなったのです。いじめられていたから、いじめられるひとの気持ちを想像できる。想いのはげしい子でした。強くなりたいと男の子らしく願い、果たした。かれが元から恵まれてなんでもある子だったら?
「まあ、つきあってないと思う」
かれには喉から手が出るほど欲しかったものがありました。イオには引き千切りたいほど失いたいものがありました。でも、同じことです。どちらも、たましいが欠けて弱かったのです。
かれはたくさん得て、強くなって、我を捨てました。もっとも強い男です。
イオは沢山捨てて、軽くなって、自らを得ました。しんのつよい女です。
「かれに関しては認めるけど、私はそんなんじゃないなあ。つよかったらこんなに泣かないもの。でも・・・最近は、あまり自己嫌悪は、少なくなってきた。自分のこと、認めてる。でも、負けは多いよ」
かれという選手も、そう言っていたのでしょう?
「こわいって言うの、いまだに。30年近くやってるのにね。でも好きでたまらないんだよ」
イオも同じじゃないですか。こわがりながら、ここまで生きてきて。わたくしのように命を絶たず。絶ちかけたけど、そのたびに救われました。イオがそのこわさから、きちんと自分を救ったのです。死はこわいことです。それは強さです。生きるために必要な。イオの恋人は、「イオちゃんは生命力が強い、ここまで生きてきたんだからおれと同じ」、と言った。弱いこと、こわがることは、強さにつながります。かれは、イオへの神さまからのおくりものです。
「分かってるわ。そうとしか説明がつかない。泣くほどうれしいもの」
かれといる時、どう?
「とても・・・・・安心するの。難しいことも言葉も全部わすれる。うれしくて、ぜんぶがはるか遠くに行くようで、くつろぐ。基本かれが話すけど、聴いていたい。私は変なポーズも気負いもない。こういうふうにさせられた経験はなかった。向こうはどうかな。分からないけど。でも、いつも、だまると分かるんだ。同じ気持ちだって」
それは、イオが、イオそのものまでほとんど捨てているからですよ。それが、愛というものだから。無理なちからがないのでしょう。
「ああ、そうね。もうそういうのは、ないわ。想うだけでしあわせだし」
そんなしあわせな恋をできていたら・・・でも、わたくしの恋は、わたくしの選んださだめでした。イオは素晴らしい恋を貫いてね。
「恋人でいたい。生涯ね。それは貫く覚悟」
イオ、解ってきた?捨てること・・・わたくし、説明があまりうまくできなくて。
「多分、ほんとうにたいせつなもの以外は情けをかけず静かに捨て、己の中の不要なものも見抜いて捨てなさいってことなんでしょうね。それから、行けと」


あさづまがほほえんだ。イオ。化粧のことも、「お仕舞」というのですよ。
からの缶を空中に放り、ぽんと得意の鼓を打つようにした。缶は消えた。そして深く一礼すると白鷺になり、飛び去った。
私はぽかんと窓の外へ飛んで行った白い鳥を見送った。
「立つ鳥跡を濁さず、か」


姉妹作品  『夙妻太夫(あさづまだゆう)との話』


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

ありがと♡ほかにも色々あるよ!触ってみる?
7

南条 イオ

恋、書くこと、音楽三昧の言葉屋。のんきに優雅にげんきよく。そして、今日を大事に無事に笑顔だよ!

夙妻太夫(あさづまだゆう)シリーズ

鎌倉時代の悲恋の美女、遊女あさづま太夫と「私」の、ガールズトークな物語。
2つ のマガジンに含まれています
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。