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快楽主義者の貯蓄術

あら、ウィスキーが切れたわ。スーパー行こ。いつもの広場を通って。


ああ、世界は真夏。まばゆい太陽、ゆたかな緑、愛らしい花、精いっぱい歌う蝉。
「ぐがッ!」
何度目だろう。この広場で転ぶのは。
なんか段差があって、周りに気を取られていつも転ぶのだ。
「ッ痛てえ」
見るとみごとに膝をすりむいている。別に泣かないけど、内心、1ミリくらい、泣く。
やだパンツ丸出しだ。スカートスカート。きょろきょろ。よかった誰もいない。逃げよう。


先日、痛々しいほど無理矢理な自分節約術を書いたが、そう、そもそもこんな将来設計のカケラもない人間が貯蓄などできるはずがない。
責任もないし、あんまり不安もない。


責任がないのは、私が選んだことだ。私は結婚したって、子を望まなかった。
子がないと、自分をどう生きていくかだけになる。
山ほどの不安を抱えるのを、近年やめた。生活保護を受けたり、現在は障害者年金をいただいていることも大きい。そして周りに早死にした人も多い。
困ってもなんとか助けてもらえるし、遅かれ早かれ人は死ぬ。金なんか抱えててどうするのだ。死んだら遣えなくなるのに。そして私には遺すべき者もないってのに。


貯めよう、と思ったことがない。じゃ、貯まりません。終わり。


貯められる人は、「貯める!」と思う人だ。そういう人は工夫する。
私はお金以外に興味があった。お金でどうしようもないことにばかり、興味があった。


音楽のメロディやリズムを聴き、歌う。その心にねだんはない。YouTubeで足りる。
かたちのない美を表すアートにふるえる心に、ねだんはない。好きなだけ見られる。
お酒が飲みたいわ。明日死ぬかもしれないのに、なぜ今我慢するの?飲めばいいでしょ。数百円か、千円札いちまいで、私は快楽を手にする。ああ、美味しい。
このひと、なんて素敵なの。恋してしまった。胸が熱くときめく。それにも、お金はかからない。


なんだ。お金なんて、ほとんどいらないじゃないの。ね、昨日56になった亡夫よ。もとはあなたが教えてくれたことだ。
電気工事士として私を食べさせながら、絵を描くことと読書と酒とひとを、人生を愛した。短い生涯であっても。あなたはお金のうまい使い方と、その無意味さを私に教えた。


好きなことすりゃいいんだよ。エアコン?ないけど水風呂気持ちいいよ、浸かって一服しながら本読むの好きでな。スクリュードライバー飲むか?そこの服のポケットに入れてあるオレンジで作ってやるよ。待ってな。
部活で骨折してからなんか美術部、ぶらっと見に行ってみたら、可愛い娘がいてさ。気になって、絵、始めてみたら、その娘、いいねって言ってくれて。「それで、絵勉強したの?」うん。佐川で季節労働すりゃ学費払えたし。ワイエスとユトリロが好きだ。きれいだろ。
素で飲む二階堂。もう。飲んで帰って来たってのに、毎晩。かまってよ、私のこと。うるさくかまうと、そりゃもういとしげに私を愛する。
行きつけの店々で、でも、毎晩みんながかれを待っている。三浦ちゃん!のもー。煙草のけむりが楽し気にたちこめるあの店。かれは私を連れて行った。
「わー何事?三浦ちゃんがこんな女連れてくるなんて」
「うっせえ。嫁にするんだよ」
「マジかよ三浦ちゃん!」


お金。
不足なんかなかった。毎月食べて飲んできれいになくなっても、愛してた。
お金?不自由はさせない。そんなものより、「イオ」。何より私を死ぬほど愛してくれた。
挙句の果てに、階段から落ちて死んでしまった。私をひとりぼっちにして。私を置いて行ってしまった。
私は何年、泣いたろう。10年?


お金はいつもなかった。お金持ちと縁がなかったわけじゃない。ただ、お金持ちはほぼ100%、意地悪だと分かったから、避けた。私は意地悪なひとは嫌い。
私には生活能力がない。そして酒煙草が好き。ぜいたくはそれだけでも、みんないっつも私のこと、怒るんだ。酒も煙草もやめなさい。だからお金貯まらないんだよ。
私は天を仰ぐ。死んだだんなに話しかける。


ねえ。煙草やめなきゃ、だめ?好きなのに。美味しいのに。それだけなのに。迷惑なんかかけてないよ?昔はみんな吸ってたのに妙な話。値段は上がったけど、私借金だってしてないし。貧乏きわまりないけどさ。
あのひとは、あの、にぱー、という笑顔を見せる。
それが、答え。
あなたは私の教科書。
私はほほえんで、アイコスに火を点け、酒をグラスにそそぐ。ダブルのキス。
ありがと、ダーリン。さすが私が見込んだだけの男ね。いいオトコ。あなたのことみんな不細工とか言ったけど、私は知ってたわ。最高の男だって。だからイエスと言ったのよ。


お金は、なくなったし、そもそもはじめからなかった。稼げなかったし、暮らした男は皆素寒貧。ただ一度だけ大金を抱いたのは、会社の経理にいた時、みんなのボーナスを銀行から預かって紙袋で受け取った時。ふるえがとまらなかった。なくしたら?盗られたら?私死ぬわ。こんな恐ろしいもの、いや。


私がお金にかかわることを早いうちから抜け出したのは、子を持たないと二十歳で決意したからかもしれない。守るものはもうない。あの子は送った。あとは、神さまに預けよう。私には、できないから。あの子を、決して傷つけたくないから。あの子だけは。
じゃあ、あと、守るのは我が身のみ。私、生きるのに何が必要かしら。考えてみよう。


私はどんなにひどい物件でも住めた。きれいにして工夫すれば、どこだって気持ちがいいもの。

ダイエットをしたいから食べものは少なくなったし、かつ食いしん坊だから美味しく食べたくて、余計なものを買わずに少なく、本当に食べたいものだけをチョイスして食べる。たまに奢られると、じっさいに足をバタバタするくらい美味しくて、生きててよかったって思えるし。

服は、太ってる時は苦労したけど、体が普通になったら一着500円で済むと知った。そして大事に愛すればずっときれいに着られる。そしてそもそも数が少なければ、着る時組み合わせで悩まないし、シンプルなお洒落が楽しい。

車は、一台だけ最高のが思い出の中にある。最初の婚約者NAOさんがいつも乗せてくれた、下取りにも出せないようなあの最高の車。エアコンもなく、ぼろぼろで汚くて。彼は私をどこにでも連れてった。エンジンとステレオがあれば、私たちは世界の果てにだって行ったものだ。

宝石を欲しいと思ったことは、ないわけじゃない。オパールが欲しかった。でも、ある日屋台で、オパールにしか見えないピアスを見つけた。ひとめぼれした。2千円しなかった。宝ものだ。トパーズが欲しかった。夜の灯りを、恋人から贈られたつもりで眺め愛しんだ。しかしふと気づくと、おばの形見が引き出しにあった。トパーズの指輪。


求めるまでもなかった。
快楽をしか見なかった私に、美しい快楽と富はいつだって用意されていた。
笑ってこころから愛すれば、世界はかんたんにその富をくれる。
ただ、その富に、高い値段がついているとはかぎらない。私の死後、100円でも残ったらそのお金はユニセフにいくよう遺言状に明記してある。私の子どもたちへ。


値をつけるのは、いつだってあたし。


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南条 イオ

恋、書くこと、音楽三昧の言葉屋。のんきに優雅にげんきよく。そして、今日を大事に無事に笑顔だよ!

Love

だって、あいしているの。誰がそれを、止められて? そしてこれは、まったくのオリジナル。世に二つとは、ございません。
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