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ジャーニー、アーネル・ピネダへのラブレター

アーネルがアメリカのバンド、ジャーニーにスカウトされデビューしたのはかれが40歳の時だ。アーネルは、アメリカ人でなく、フィリピン人。


フィリピンの名産品は?
バナナ。
でもフィリピンの人々は言う。
私たちの国のいちばんの自慢は、「私たち人という資源」だと。
貧しい人々の多いフィリピーナたちは、自分を売る。女の子は、悲しいけれど自分の体を売ったり、でも、芸や歌を鍛えて世界に羽ばたく人々も多いのだ。アーネルはそんな男の子の一人だった。


アーネルは、貧しい仕立て屋の子だった。
母は歌を愛していた。そして愛しい我が子に、歌を教えた。天性の才能を持っていたアーネルは、歌った。母は喜んだ。アーネル、もっと歌って。ママに歌を聴かせてちょうだい。アーネルは歌い、子供ながら歌の賞を総なめにした。しかし母は、病で死んだ。


当時フィリピンは、医療制度がなっていなかった。保険がきかない。貧しい一家は母の医療費を、莫大な借金として抱えた。もう、食べていかれない。アパートを追い出される。
父は弟たちを連れて行き、アーネルは一人路上に立った。14歳だった。アーネルの持ち物は、母が教えてくれた「歌うこと」だけ。
かれは同じホームレスの子どもたちとくず鉄を集めて売り、喉が渇いたらガソリンスタンドで油の浮いた水を飲み、葬式で歌を歌った。歌のうまいかれは喜ばれ、代価としてマリービスケット数枚をもらった。アーネルはそれで数日間、食いつないだ。


アーネルは歌った。そして、バンドで歌うようになる。ライヴを重ね、なんとか稼ぎ、家族を呼び戻して食べさせた。小さなアパートに、家族が戻った。アーネルは歌い続けた。


歌った。いくつも恋をした。破れた。また歌った。世界に蹴られた。麻薬を覚え、酒に溺れ、のどをつぶしかけた。もう歌手をやめなさい。別の仕事を探したほうがいい。医者に告げられ、しかしもういい年になっていたのにアーネルは思う。
「ぼくは歌っていたい。歌いたい」。
アーネルは決意し、麻薬をやめた。半年後、のどが戻ってきた。歌が。


チェリー、という可愛い、若い女の子と、結婚した。子どもたちが生まれた。なんて可愛いのだろう。みんな。
でも一家の長として、愛する者たちを養っていかなければ。歌手なんて、どうするんだ?
誰も見てくれないのに。買ってくれないのに。チェリーはほほえんで、見ていた。


小さなライブハウスに出演し続ける日々。貯金は底をついている。THE ZOOというそのバンドはアメリカのロックの名曲をカバーするバンドで、そういうバンドは案外需要はある。結婚式で、ラブソングを演奏するのなんかに呼ばれたり。バーでの雰囲気づくりや。


ただ、アーネルの歌はほんものだった。
幼い頃から中年のその時までずっと、命がけだった。母の魂の受け継ぎだった。天性のものだった。ある熱烈なファンが、かれの歌う映像をYouTubeに大量にアップした。


そのファンは、マジだった。回線の遅いネットカフェで一日中、アーネルの動画を上げ続けた。アーネルはのちに言っている。彼がいなければ、ぼく、いなかったね。
ファンは信じていた。これほどまでの歌い手なんだ、世界の表舞台に立つ日は絶対に来ると。


その折、皆さんご存知アメリカのメジャーロックバンド、ジャーニーは、窮地に立たされていた。不滅のヴォーカリスト、スティーブ・ペリーの脱退後、何をやっても伸び悩む。
ほんもののヴォーカリストが必要だ。


ギターのニール・ショーンは、ヴォーカルを探す。YouTubeをサーチし続けた。
うまいのはいくらでもいる。でも、何か足りない。これだ、という奴がいない。ペリーという希代の歌い手の後釜は、ハンパな奴じゃだめだ。
探し、探し、探し、ニールはある晩とうとう疲れ果て、もうこいつで最後、とリンクをクリックした。そこに現れたのが、フィリピンの小さなライブハウスで歌うアーネルだった。


曲はカヴァーばかり。でも、小さな体でステージをはねまわり、そしてなんでも歌いこなすアーネルにニールは瞠目する。
「こいつ、すごい喉してるな」
アーネルの十八番がある。それが、ジャーニーの『Faithfully』。長年愛されている名曲だ。

ニールはメンバーに電話をした。
「見つけた。こいつしかいない。動画をチェックしてくれ」
「フィリピン人だって?英語は話せるのか?」
「分からんよ。でも、こいつしかいないんだ」


アーネルは連絡を受け、信じなかった。そんなのは嘘だ。あのジャーニーが?まさか。ぼくをからかってるんだよ。あなたがあのニール・ショーン?本当に?
しかし動画を上げてきたファンがかれを説得した。ぼくはホントだと思う。アーネル、ぼくのために行ってくれ。お願いだ。


アーネルはチケットをもらい、アメリカ行きの飛行機に乗る。嘘でもいいや。だって、本物のジャーニーに会えるんだ!宝物の、ジャーニーのアルバムにサインを貰おう。
そして、アーネルは本当に今度こそ、バンドのメンバーを魅了する。
キーボードのジョナサン・ケインは述懐する。
「あの、深い、ピュアな、透明な声・・・・・力強くて。かれしかいない。」
アーネル、世界デビュー。40歳の、フィリピン人のシンデレラ・ボーイ。


アーネルの声を聴いてみよう。メンバーがどんな風に、感じたか・・・・・



ファンは始め、懐疑的だった。
アジア人?イエローの猿。スティーブのマネっ子だろ。何がいいんだよ。アメリカ人でもないくせに。
ひどい書き込みがアーネルを苦しめた。けれど、メンバーはかれのこころを護った。
おまえの歌がいいんだ。おまえがいいんだ。ライヴをやるぞ。
アーネルは本当に、アメリカのこのジャーニーというバンドの正式メンバーとしての決意を固める。
「みんながぼくを信じてくれる。ならぼくはやる。みんなのために。歌う」。
すべての名曲をアーネルのテイクで録り直し、新曲を録り、チリを皮切りに、全米ツアーへ。ファンは?
大喝采だった。
なんて声だ!ようこそ、アーネル。お帰り、ジャーニー。待ってたぜ!


アーネルが、子どもたちをそばに置き、妻を抱きしめて歌う。
Faithfully。
ぼくは永遠にきみのものだよ。心から。
訪れた特大の幸運に戸惑い、同時に襲った悪意などの恐怖に戸惑い、けれど信じた。
メンバーの信頼を信じた。ファンの笑顔を信じた。妻と子どもたちの愛を信じた。
Don't Stop Believing。あの曲を何度も歌いながら。

アーネルは今も、ジャーニーのメインヴォーカルとして世界で歌い続けている。


さあ、夏だ。音楽?ジャーニーしかないよね!

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ありがと♡ほかにも色々あるよ!触ってみる?
9

南条 イオ

恋、書くこと、音楽三昧。のんきに優雅にげんきよく。そして、今日を大事に無事に笑顔だよ!

Love

だって、あいしているの。誰がそれを、止められて? そしてこれは、まったくのオリジナル。世に二つとは、ございません。
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