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音に就いてーー『奇病庭園』朗読ライブ「耳に就いて」に寄せて

 
 2023/10/28(土)に開催した、『奇病庭園』朗読ライブ「耳に就いて」。
 歌人・小説家である川野芽生さん初の長篇小説『奇病庭園』から、著者が厳選したエピソードを自ら朗読、そして私が制作・演奏する音楽とともにお届けしました。

 この書き下ろし音楽について、どのようなイメージで制作したかを、制作順にお話ししたいと思います。
 ピアノを弾くことは割と早くから決めていたので、ピアノは必ず各曲に入れることは決定していました。
 テンポがあまり上下すると朗読がやり難いだろうと考え、基本のBPMを120にし、「真珠」「尾」「声」は110、「蹄」のみ130としました。


ending

 実はこの曲はそもそもエンディングとして作ったわけではなく、最初に全体のイメージとして「声に就いて」に登場する「歌」に音楽をつけよう!と思って作りました。

 該当部分をたくさん音読することで、段々と節が付いてきます。呟きのような、少しだけ民族調のような、「古くから伝わりふと口について出てくる」そんなイメージでメロディを作ります。
 シンプルなほうが良いと考えたため、伴奏はピアノのみにしました。
 歌とピアノのみの曲の場合、私はあまりピアノが伴奏らしくないほうが好みであるし、訥々とした、そして不穏さの見え隠れする曲調に相応しいと考えたため、途切れ途切れの不思議なピアノパートになりました。

 ある種の終わりの物語であり、同時に始まりの物語であるこの『奇病庭園』を象徴する音楽には「明確な終わりらしい終わり」は相応しくないと考えたため、歌のあとピアノは唐突にふと終わります。物語はこのあとも続くのです。

 最終的に川野さんご自身に歌っていただくこととなり、こんな謎メロディの歌を歌うのはかなり大変だったと思うのですが、お引き受けいただけてありがたかったです……。

 本編の一番初めに流れるこの曲は『奇病庭園』全編に漂う不穏さと美しさを表現するために、シネマティックシンセパーカッションと木管楽器をメインとしました。
 調性はなく、混沌が流れ続ける、ところどころ泡ようなシンセサイザーが浮き沈み。

 一番最初の一文、そして最後のフレーズはあえて音楽を鳴らさず、印象強くなるように演出しました。

鰭に就いて

 オアシス都市が舞台のお話。私にとって、オアシスのイメージはシューゲイザーやドリームポップです。多分伝わる人はほとんどいないと思われるのですが……。リバーブやディレイをたくさんかけた、夢の中のようなサウンドとノイズ。砂漠で見る夢。
 私はギターを弾くことができないので、ギターではなくあえてシンセサイザーの尖った感じの音にエフェクトをたくさんかけて、なんとなくシューゲイザーのサウンドような雰囲気を出してみました。モロにシューゲイザーではお話の雰囲気に合わないので、あくまで「なんとなく」。
 これになんとなくそれっぽいドラムとベースを合わせ、ピアノを入れます。これでメインのフレーズを作りました。

 登場キャラクター「月火夫人」のイメージに合うようなきらびやかなシンセサイザーと夢の中感を増すためにハープをプラスして。
 「偽火」のテーマは、ピアノでこのキャラクターの容姿を表したような、未完成さのあるような……。そして月火夫人の夫は、「権力者」ぽさと夫人を大切に思っていることが伝わるようなイメージで、ピアノにチューバの低音を合わせました。

 水の夢や月の夢のようなイメージを経て、「置き去りにされた」ようにメインフレーズの残響を残して、この曲は終わります。

脚に就いて

 中華風な後宮が舞台のイメージ、ということで、メインフレーズには中華風のメロディに中国の楽器(銅鑼と二胡)を使い、豪奢な雰囲気を出すために金管楽器メインのオケをプラスしました。あくまで架空の世界なので、要素が出過ぎないように、あくまで「それっぽさ」に留めて。

 「道楽の君」と「側女」そして「宦官」の巻き起こす悲劇であり喜劇。
 「道楽の君」の気持ち悪さやいやらしさ、混沌とした後宮を表すために、不協和音を多用した不穏なオケにしました。特に「道楽の君」が語り手の宦官に「男か女か」を尋ねて揶揄うシーンは、一番音も気持ち悪くなるようなイメージです。
 ふと流れるピアノの穏やかなフレーズは、時折語られる語り手の穏やかな思い出をイメージして、清涼剤に。

 「道楽の君」のお腹の中で育つ「死」、さらなる混沌を深めながら、終わりは訪れるのです。

真珠に就いて

 これは「真珠」のイメージからコロコロとしたシンセサイザーの音を使った、少しポップな曲にしようと考えていました。「Pearl」という名前のシンセサイザーの音色があったため、これは良いな!と思ってそちらも使用しています。生楽器の音源は使わずに、ピアノ以外は全てシンセサイザー。

 そしてこの曲の特徴は、三拍子であることです。これはずっと同じ拍子ではつまらないし、歪んだワルツのようなイメージをこのお話から感じていたからです。

 「真珠に就いて」はストーリーとしてはかなり怖いお話だと思うのですが、表面上は真珠を孕む父親を穏やかに語る娘の思い出話であり、あくまで不穏さは表に出さない・少しずつ少しずつずれている、ようなイメージを大切にしました。だから、パッと聞くとわりとポップで綺麗な曲です。
 父親の語りやお手伝いの「福さん」の語りなどでお話の「決め」になる部分は、曲調を変えたり無音にしたり、と音楽的にも変化を付けました。
 最後も真珠が転がるイメージの音です。

蹄に就いて

 蹄の音をイメージした、パーカッションをメインに。前半はピアノはまったく入りません。
 蹄の鍛冶屋の踊りのステップに合わせて、踊るようなヴァイオリンのメロディが登場します。そしてそれにつられるようにピアノがリズムを刻みます。

 「破滅の鐘の音」が打ち鳴らされ、物語も曲もテンションは最高潮に。
 その後鍛冶屋が「本の虫」に連れて行かれ、緊張は続きます。ステージは罌粟の花咲く曠野へ。逃げる写字生を追いかけるようなオクターブ移動のピアノと不穏なオケは続き、「夜が落ちてくる」シーンでストリングスメインの美しいオケへ。このオケは夜のシーンを象徴するもので、前半にも出てきます。

 写字生と狼の上のひととの会話を経て、残酷なまぼろしは去り、音楽も穏やかなものへ。

 最後は長調(メジャー)の和音の余韻を残します。

逆鱗に就いて

 「怒り」がテーマの本編。私にとって「怒り」の音とは、心臓の鼓動でありそれを模した時計のカチカチという音です。全編にこの時計のような、ともすれば不快な音を鳴らしました。
 そして怒りの音楽といえば、レクイエム「怒りの日」。モーツァルト作曲版のメロディはかなり有名だと思うのですが、これはニ短調(d minor)の曲です。ここから、「逆鱗に就いて」もd=レの音をメインの曲にしようと考えました。
 ピアノによるずばりレの音と、時計を模した音で始まり、物語が動くと同時にオケも動き出します。シネマティックパーカッションと平行移動が続くピアノのメロディが、静かな、根底にある怒りを感じさせるようにしました。

 主人公が自分の喉元に触れられ、だんだん己の中に「怒り」を覚えてゆくシーンではだんだんと音楽も狂騒的になってゆき、怒りを自覚した瞬間はあえてコードの残響だけが残るようにしています。
 後半ずっとピアノではリズミックなレの音が、淡々とした主人公の語りに合わせて鳴らされ続け、ぴたりと止まります。

尾に就いて

 かわいらしいお話なので、かわいい曲にすることは最初から決めていました。かわいいといってもシンセサイザーやエレクトロの「カワイイ」ではなく、オーケストラによるアコースティックでクラシカルなかわいさ。
 このかわいさを出すために、チェロとコントラバスによるピチカート奏法をメインにしました。そして木管楽器とマリンバの丸い音で、少女たちのかわいらしい悪戯を表現しました。
 かわいいだけでなく、秋の空気を出すために、少し寂しく切ないメロディも混ぜています。

 ピアノもこの雰囲気を壊さないように、ころころとした音の動きと残響の残るコードを使いました。
 チェロやコントラバスのサステインした音は、文書館の空気や学寮長の厳格さと優しさを表現。
 茶目っ気を残して、最後も終わります。

opening

 席でお客様にお待ちいただいている間に流す用の曲です。全編にわたり、endingのメロディのアレンジとなっています。
 endingが歌とピアノのみだったのに対し、シンセサイザーや木管楽器、エレピを入れてポップに仕上げています。4つ打ちのドラムを入れることでリズムを作り、プラスして全体的になんとなく調性を作ることで、ループで何度も耳にしてもストレスにならない音楽を目指しました。
 ポップさがありながらも音楽全体の美しさと不穏さを損ねないバランス感になったのではないかと思っています。

声に就いて

 最後の曲です。最後に相応しく「声に就いて」はお話としても、「鰭」に登場する偽火や「真珠」に登場する娘、「脚」に登場する道楽の君といった今までのキャラクターたちが現れ伏線が回収される、散らばった星々がぐるぐる巡りひとつの星座となるようなお話です。
 それを表現するため、「鰭」「真珠」「脚」で使ったメロディやフレーズをアレンジして繰り返しました。そこに「いつしか昼の星の〜」の詩がうたわれるシーンではendingの歌のメロディをピアノの単音で弾くことで、印象付けました。それをまとめるために4つ打ちのドラムのリズムを入れています(openingとも共通する)。

 きらびやかさと寂しさと物語の終わりそして始まりを感じさせる、そんなイメージを意識して最後につくったのがこの曲でした。

おわりに

 以上になります。
 お聴きになった方々は、音楽についてどのような印象を持たれたでしょうか?朗読と合わさって、どのような効果を生むことができたでしょうか?
 こっそりでも、大々的にでも、教えていただければ大変ありがたいです!(既に教えてくださった方は本当にありがとうございます!)

 朗読と音楽による新しいステージの形をつくることができたのではないかと、自画自賛な面もありつつ、感じております。
 この朗読ライブが完成するには、何よりまず川野さんの素晴らしい小説が、そして川野さんの朗読と音楽に対する真摯な姿勢があってこそ(もちろん素敵な音響空間であるRITTOR BASEと優秀なPAさんも!!)ですので、なかなか簡単に他にやるぞ!といってできるものではないかもしれません。ですが、少しでも小説や朗読、そして音楽の可能性を広がるものができていれば、こんなに幸せなことはありません。

 まだ配信のチケットは購入できますので、興味を持たれた方はぜひ下記よりご購入いただけますと、嬉しいです。(11/12の23時までです!)
https://miminitsuite.peatix.com/
 

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