神さまも知らない国で私たちは

鮮度そのまま、蘇る感触がある。

例えばカッターナイフで、手首に傷をつけるとき。効果音は「ぎじぎじ」や「じりじり」に近い。何年経っても手に浮かぶ。

あれは、コピー用紙をスパッと切る快感とも、ティラミスをぬまっと切る抵抗感とも違う。握りしめる刃を進めながら、かすかに拳に響くその“濁点の感じ”は、切れ味としてどっち付かず。それは20歳という、どうとでも取れる時空間に対し、はっきり絶望することも存分に謳歌することも出来ず、脱出することも居直ることも出来なかったあの頃のわたしそのものな気もする。まいにちが、子音みたいだと思ってた。単体では発声され切らない、表立たない、だけど無いことにはできない、内密で個人的な日々。思い出すたび母音で叫びたくなる。芋づる式にあらわれる他の感触を封じるために。

それは、爬虫類みたいに冷たく湿った手のひら。眼球に押し当てた双眼鏡の硬さ。空席ばかりのファミレスから漏れるセンサー音が揺する鼓動。エンジン音で痒くなる耳の奥。すねを浅く切った岩の尖り。命をふきとばす事もできた風の分厚さ。

なぜ次々思い出したかというと。
今朝、5歳の娘が自分の髪を切ったのだ。 登園前の制服の白に黒い束がかかり、シンクにはらはらそれが落ち、思わずうばった裁ちばさみを持つ私の手は震えていて、授乳とちゅうだった次男を落としそうになった。彼女は頬をまっかにさせ、全身の力を前歯にこめ、唇を、紫になるほど噛んでいた。そのどれかがスイッチとなって、私の脳味噌のどこかから白手袋をつけた誰かが丁寧に、あの頃の記憶を自動再生させる。


その秋は。
秋の秋たる部分が凝縮された、天気の良い日ばかりの続くとにかくいらつく秋だった。文系の大学2年の秋なんて、みんな同じようなものだろうけど、雲がない空は筒抜けにあお過ぎて、宇宙まで平穏が続き、キャンパスの芝生はひんやり適温、日差しは甘く、単位は余裕。自分自身が不穏にならないとバランスが取れないような環境だった。秋という文字における禾のとなりは火なわけであるのだけど「禾」のしめす高い稲穂みたいな巨大植物が集まってでできた森のような場所が大学構内にあって、そこに小さな「火」のように佇んでいたのが彼だった。

出会ったその日は土曜で、わたしは前日提出期限のレポートをさりげなく教授のポストにすべりこませ、閑散としたメインストリートを手ぶらで歩いていた。その視界の左の奥の奥、ぼうっと鬱蒼とした「禾」に囲まれたベンチに、彼はいた。朽ちた木の黒や茶や、おちかけた葉っぱの灰色、そういった、モノトーン一体のなかでひときわ、ポップに燃えるような彼を、思わず私は凝視したのだった。

宙にまう、赤と青と緑と黄色の小さいボール達、ピンクと黄緑と蛍光グリーンのクラブ(その名はのちに彼に教えてもらった。ボーリングピンみたいな形のもの)、ときどき現れる朱色の長いリボン。それらを彼は座ったまま、手の上や頭の上でくるくると、お手玉みたいに操っていた。ずいぶん吸ったあとであろう短くなった煙草を、薄い唇で器用に咥えたまま。ずっと真上の一点をみつめたまま。

手の上だけ騒がしく、あらゆるカラフルを司る彼の視界は長すぎる前髪と自分の吐いた煙でもっとも鬱蒼としていた。ときどき邪魔そうに眉毛で前髪をどかしながら、せわしなく(だけど流れるように。そういう動きをし続けなければ死んでしまう動物のようにナチュラルに)、両手を動かし続ける彼のうしろに、気づいたら私は立っていた。そして、今でも信じられないが、彼の顔の横からすっと手を入れて、持っていたピンで彼の前髪を一瞬で、とめてあげた。毛糸でできた花のついた、いつかの朝、洗顔したあとポケットに入りっぱなしだったそれが、惚けるように咲いた。

突然見知らぬ女に前髪を触られた彼はこちらに目だけ「おっ」とさせて、それは怪訝さも億劫さも敵意もなにもなく純粋に「その手があったかありがとう」の視線で、くわえた煙草の角度がすこし変わるくらいだけ、口角をあげて微笑んでくれた。



しばらくわたしはとなりに腰掛け、彼の視線と同じ先を見ながら、動きを音で感じた。遠くから、いつも何を言っているのか聞き取れないアメフト部の掛け声が聞こえて、午後の風に冬が混ざる。そこに、吐かれたてのタバコの匂いも、自分の胸に生まれたばかりの何かも、混ざる。


あの頃。愛とは信頼、信頼とは解放で、ありのままの自分をこれでもかというほど相手に明け渡すことが、愛の深度を高めると思い込んでた。人類が地球の形を平らだと思い込んでた時代があるように、大学生というものは愛の形が長細いと思ってる。それを下に下に掘り進めることが本物の愛のありかただと。そう思ってた。

彼はひとつ年上の大学三年生で、卒業単位は充分だから毎日バイトしてるだけだと教えてくれた。大学の近くで、中学からの同級生と二人で暮らしていて、その友達が部屋に友達を連れてくると、気を使って外に出て、公園やキャンパスで手品の練習をしているという。

バイトはバーのバーテンダー、のはずだったが、ちょっとしたおつまみの調理も、ちょっとしたオードブルの出前も、ちょっとした芸も披露しなくてはならなくなり、手品好きのオーナーから手品や曲芸を叩き込まれるようになり、自分でも「世界の先輩方の動画をみたり研究するうちに、これはとんでもない世界に足を踏み入れてしまった、と思って。真剣に取り組むようになったよ。鳩も飼ってる」と、脇に抱えた黒くて大きい四角いバッグから、真っ白い小さな顔をみせてくれた。

なぜ惹かれあったのかはわからない。わからないくらい急速にその日からぴったり一緒に過ごすようになった。大学生なんてそんなものだと思ってた。でも仮に私がもう一度大学生になったとしても、あれほど誰かと心も体も会話もぴったり寄り添わせることは、できないだろうなということだけは、わかってしまう。

顎に少しだけ生えた髭を2〜3時間撫でながら隣でテレビをみる関係になるまで、1週間くらい。皮膚にふれる面積がひろいほど微電流のベールに包まれるような心地よさがあることに気づいたのは、出会って2週間めくらい。わたしたちは実験するみたいに、どうしたら最も肌が触れる面積が広くなるのか、研究を重ねることに夢中になった。彼は文系だったが彼の同居人が理系らしく、一度物理的にその答えとなる体勢を算出して欲しいと彼は頼んでくれたらしいのだけど、取り合ってくれなかったらしい。だよね。私は、まさにその「だよね」と言ったとき、自分と彼がハーゲンダッツになって、いい感じの柔らかさでこのまま神様に食べられてしまいたいと思った。それほど熟れた感情に、満たされたのは初めてだった。愛かどうかはいまだにわからないけど、彼のことがおかしいくらいに好きだった。

「おもち」「ごはんだよ」「おかえり」「もうねた?」「くーくん」
「みーこ」「くーくん」「みーこ」「くーくん」「みーこ」
店長から譲り受けたという鳩が白いインコだった事がわかってから、おもちという名前のそのインコは私達が発するあらゆる言葉を真似しだした。私たちに鳩だと思われていた時は鳩として生き、インコと認識されてからはインコとして生きる。バイトを変えるたびにケンカしてクビになる20歳の私より、鳩とインコが判別できない彼より、適応能力も判断力も高い鳥だった。

冬はほとんどの時間を、私が一人暮らしをするワンルームで過ごした。
年末、とくに忙しくなっていたバイト中の彼に私は1日ちょうど400回着信履歴を残すことが日課になった。(ふたりで突然、夜行バスで行った中華街の手相でラッキーナンバーが4だと言われたからだったと思う。初めて競馬場に行って、4と関係ある券だけ買ってふたりで負けまくった事もあった。)電波は無駄に夜を行き交い、いつもふたりの携帯は過剰に熱を帯びてた。深く深く深く深く愛を掘るやりかたは、より一層建前という土を掘り、自我を暴き出しぶつけ合うスポーツのようなものだと、その頃の私は確信しはじめていた。バイトがなかなか続かずお金がない私の代わりに彼は、私の家賃も半分出してくれるようになっていた。だけど私は夜ひとりで眠るのが寂しくて、バイトに行く彼を阻止したかった。

彼のバイトのエプロンをわざと隠したり、日中に家電ショップでインターネット回線の営業バイトまではじめた彼に、毎日自転車で40分かけて会いに行ったりした。ひとりでいるとろくにお風呂も入らない私の体は、彼がたいてい深夜か早朝に洗ってくれた。服を着てなくても常に、もっと脱ぎたい、もっと脱がせたい、と思った。わたしがどれだけ汚い感情を晒しても、いつまでも優しい彼に腹が立った。

日曜のバイトは無しにしてくれるようになって、そのほんの数十分のあいだ部屋の隅で手品の練習をしようとする彼に腹が立ち、クラブを奪って(繰り返すがあの、ボーリングピンみたいなやつ)思い切り投げてみたら、手前にあったコップが割れて、彼の右腕にみごと破片が飛んだことがあった。そこに滲む血を見て、血を流したいのはこちらのほうだと思った。何が辛いのかわからなかったけど、なにかが辛くて、なにに迷ってるかわからないけど、巨大な迷路に紛れ込んだようで、どこかから脱出成功したくて、わかりやすい血を流したかった。わたしはことあるごとに物を投げたり、わけもなく泣いた。彼はそんな私をいつも心配そうに、何時間もかけて慰めた。なにかがぜんぜん足りなかった。

その頃、おもちが何度か吐くようになった。おもちの体調不良は長引き、しだいにバーでの手品に参加しないようになり、彼のバイト中もおもちは当然わたしの家にいるようになった。毎週末、おもちを病院に連れて行く彼。冬と春がかさなる頃、彼のバイト中おもちが盛大に吐いているのをみたとき、わたしは買ってあったカッターナイフを取り出して、自分の手首にはじめて傷をつけた。消毒液も包帯も用意してた。おもちの吐瀉物はきれいに片付けて、血が滲んだ自分のガーゼは丁寧に玄関に散らばらせて、彼の帰宅を待ったけど、その日彼は帰ってこなかった。

バイクで後ろから車にぶつけられたらしく、軽く捻挫したという彼は次の日の夕方、家に帰ってきた。それまでどこにいたの?と聞くと、自分の部屋で眠っていたという。「ちょっとあまりにも、疲れてて」という彼に自分でも驚くほど怒りが沸いて、長袖の腕をめくって傷口をみせると、彼は無言でうろたえたあと、「ああ、、、、ごめん」と心底悲しそうな声で私を抱きしめた。はやい桜が咲きそうな頃で、就職活動のようなことをはじめながら彼は、毎日毎日、私に謝ったり、抱きしめたり、慰めたりを繰り返した。そうしつけられた犬のように。

出会って2度目の夏の終わり、おもちが活気を取り戻した。一方彼は就活がうまくいっていないらしく、「ファミレスでエントリーシート書くね」というメールとともに、部屋に来ない深夜も増えた。おもちを私の家に預けたままにしないで、自分の部屋に置こうかと彼は何度か言ったけど、私は頑なにそれをこばんだ。わたしは、21歳になり適応力もついたのか、大学の目の前にできた本屋で週3~4回働き出した。ゼミがはじまって、大学に行くことも増えた。

その夏は私も彼もきっとものすごく疲れていて、同じ部屋にいても別々の時間に眠ることもあった。ほとんど服を着たままするセックスは何のための行為なんだろう?と考えると泣けてきて、でも彼も疲れていて、無言で撫でてくれるだけで、それに反抗するように私は声を張って泣き続けた。彼がバイトやファミレスに行ってしまいひとりで眠れない夜は、手首に傷を作って心を落ち着かせるのが日課になっていた。ただ。どれだけ傷を作っても、泣いても、眠らない夜を重ねても、この愛はこれ以上深くは掘り進められないということは、その頃なんとなく気づいていた。一方、夢でわたしと彼は、いつも夫婦だった。幸せそうに、おもちにそっくりの肌が白い赤ちゃんをふたりであやしながら、にこにこ笑いつづけている。

おもちは何もしゃべらなくなっていた。インコなのだから、ドラマみたいに、彼がつぶやいた本音の一言やため息とかを、真似して放って、私に聞かせて、何もかもをいっそ完全な悲劇に変えて欲しいとも思ったけど、おもちは鳩に戻ったみたいにクウと鳴いたりしていた。

九月のある日。あまりにも眠れなくて大学のまわりをぐるぐる歩いていると、彼と一緒に住んでるという同級生の高橋くんが、コンビニで立ち読みをしていた。一度挨拶をしたことがあったのでこちらが「あっ」という顔をすると「うわっ」という顔をされた。その顔をみて「くーくんは?」と大きな声で聞いてしまった。すごく大きな声だったらしく、レジにいた店員さんが怪訝な顔でこっちを見た。しかもなんどもなんども、叫ぶように聞いてしまったようで、ものすごく背の高い高橋くんは店の外にわたしを優しくひっぱりだし、それから見下ろすように両肩を掴んで、通る車のヘッドライトを浴びながら悲しい顔をした。高橋くんが喉仏をうごかし、まさに何か言おうとしたけど、それを聞く前に手を振りはらってわたしは、たくさんの母音を叫んで走った。このどっちつかずな日々の、出口を探しているのか探していないのか、自分でもわからなくなっていた。そして高橋くんを振り返らず、部屋に向かい駆けだし、喉の奥に血の味がするほど息をきらしながら、靴のまま玄関を踏み越え、がつがつと窓際に進み、おもちの入っているカゴに手をかけた。カゴの入り口を開けて、それから部屋の窓を思いっきりあけて、おもちを腕に乗せて(そのやり方は彼がなんども教えてくれた)窓の外に手を出して、えいっと、ブーメランを放つように夜空に投げつけてやった。戸惑いながらおもちは、その瞬間自分の役割を察し、鷹のように、高く空に舞った。

一人ぼっちになった私は、今こそ手首に最も深く深く深く、傷を付けられるときなのではないかと思い包丁を取り出し、ぎい、ぎい、と傷をいれたけどやっぱり思った感じにならない。もっと、夜を、世界を、たったいま彼と誰かの触れてるかもしれない世界線ぜんぶを、スパッと切ってしまいたい。部屋の中、包丁を宙で振り回してみたけどなんの感触もなくて、やっぱり、どこにも出口はない。私の開ける窓も羽ばたく夜空はない。高橋くんから連絡が入ったのか、私の携帯に、彼の名前が表示され続けてる。きっともうすぐ来るかもしれない。何も起こってないかもしれない、ぜんぶ勘違いかもしれない、それでもこの世界を確かな感触ではっきりと、切り崩してしまいたかった。えぐるように。たとえば富士山の先端をざっくりと。強い手応えで、決定的に、今すぐ。富士山がいい。富士山に行って、先端を切ろう。

そこからの事こそ、今思えば最も信じられないが。私は、バイクを盗んだ。そして走り出した。盗んだと言っても怪我をして以来彼が滅多に乗っていなかった、うちに停めっぱなしだったバイクに、うちに置きっぱなしだった鍵を指して、免許は持っていないわけだけれど、携帯の地図を見て、走った。世界を切るのだ、世界を、世界を、そうだ、世界を、とつぶやいて。いや、もう、たぶんほとんど叫んで。

あまりに振動しつづける携帯。途中サービスエリアにとまり一度だけ出ると、泣きそうな、でも柔らかい、いつもどおりの、やわらかくて、軟水みたいな、彼の声が聞こえて危うく染み込みそうになったけど「いまどこ?」でも「すぐいくよ」でも「大丈夫?」でもなく「ごめん」といったその声を遮るようにわたしは電源を切った。大きな看板を頼りに夜道をものすごい速度で突き進んだ。彼が私に買ってくれたヘルメットはサイズがあってなくて、ガタガタと揺れた。かつて楽しかったそのアンバランスな音は、悲しみの音だった。

何時間かけたか、どこをどう登ったのか、さだかではないのだけど、たぶん2日かけて、知らない人に思いっきり心配されながら、もしかして猿や蛇になりながら、わたしはユニクロのフリースとアディダスのスニーカーで、山頂を目指していた。想像より坂は険しく、頭の表面はぜえぜえと息をあげていたけど、わたしの核となる部分は淡々と足を進めつづけた。その足が別の人の物のようで、頼もしい足だな、と思った。ポケットにはカッターと包丁とハサミをジップロックの袋にいれたもの。斬り刻めるものはすべて詰め込んでジャグジャグとそれが歩くたびぶつかって音を立てて、私を応援し続ける。汗か涙かわからない塩っ辛いものが常に鼻や口の周りに乾き、それを腕でぬぐい舌でなめながら、立ち止まったらなにもかもなくなってしまうということだけは確かだと歩みをとめることなく、わたしは、ちょうど朝日ののぼる直前に、山頂に、たどりつこうとしていた。

山頂は、のぼってみると、なんとただの地面だった。どこからどこまでが山頂かわからないほど、もうずっと、登り続けたのはただの地面だった。どこも尖ってない。どこも象徴的じゃない。削りようがない。ただの平たい地面で、わたしが山頂と思っていたものはどこにいってしまったの?という感じだった。すべては概念なの?わたしはどこにも逃げられ…

そのとき。
いっそう、鮮やかな、風が吹いた。
目の前が、真っ暗に、なった。

一瞬意識を失ったのかと思ったけど、それは、私の顔にへばりついて離れない、伸ばしっぱなしの、わたしの、大量の、少し多めで硬めでくせのついた、髪の毛だった。

好きという代わりに彼のレポートを破り、会いたいという代わりに何百回も句点だけのメールを送り、頭を撫でてという代わりにお腹に思いっきり蹴りをいれて、あの頃みたいに戻りたいという代わりに靴を隠すような私だったけど、彼に愛しているとつたえる代わりに、彼が好きだと言ってくれた髪を、ずっと伸ばし続けていた。

そのとき、覆われた真っ暗な視野を焼き付けながら
ああこれが世界かもしれない、と思った。

ときどき彼が撫でたり、埋もれたり、引っ張ったり、掴んだり、洗ったり、タオルで包んだり、見上げたり、見下ろしたり、してくれた髪は、彼と関わった箇所を確実に守り残したまま、そのまま、ひたすら、伸びていた。いや期間に対しては伸びすぎていた。だいたい340日間、ほとんど彼のことばかり考えつづけすぎた私の頭から、にょきにょきと生え続けた髪は、彼への愛のようなものと、彼から捧げられた愛のようなものでできた、ふたりの世界そのものな気がして、今までで最も黒々と、つやめく、目の前に広がるその髪をわたしは、右手にしっかり掴んだはさみでジャギっと、切り落とした。えぐった世界の向こう側に真っ赤に染まる別世界が覗く。黒い塊は散る。その赤と黒ははじめて、交わる。わたしたちふたりの世界が間違いなくここに、この赤い世界の中にも、確実に存在していたような実感が血液をめぐらせる。何度もなんどもジャギジャギと切った。ジャキ、ジャキ、ジャキ。細かく、長く、斜めに、まっすぐに、いろいろなバリエーションでどんどん切って、そのたび愛しい塊は、満面の朝日に溶ける羽根のようにきらめいて、山頂に舞いに舞い、それは、飛ぶなにかのように美しかった。

今なら鳥になっておもちと話せるかもしれない。数時間前まで無機物となっていたわたしの心は、人のそれに戻り、内臓より奥の奥の奥から噴きだす、あやうい涙が、目の前の世界と混ざる。遠くにみえる山も、周りの知らない声も、ここにいない顔も、何もかも、ゆがみ滲みながら混ざっていく。首まで濡れる。おもちの寂しさは切り開かれただろうか。

ママ、大丈夫?と私と夫から5年分撫でられ続けた髪の、一部をジャキギャキにしてしまった少女がわたしをゆっくり、垂れた目で撫でる。脳に格納されている感触があるかぎり、その感触の「主犯者」はわたしのものであり、その人を格納する脳味噌のつまった頭から、今日も、愛のようなものは黒い姿で伸びる。あらゆる感情が混じり合い伸びる伸びる伸びる。わたしはあとで娘の髪を、細かく細かくして隠れてふりかけにして食べたいと初めて思う。彼が一度そうしてくれた気持ちが、なんとなくわかった気がした。





---------------------------------------------------------
この作品のB面はこちらです。↓
「いとしの首謀者を祝う」
---------------------------------------------------------



この記事が受賞したコンテスト

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

いただいたサポートは大変リアルながら息子の託児代(書く時間確保)私の古着代(気分アゲ確保)になり最終的に作品に1000000%還元されてます。

え?!ほんとに?本当に好きって思ってる?ほんとに?
80

スイスイ

小説

1つのマガジンに含まれています
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。