見出し画像

(2)異世界の恋【いまだすべての恋が思い出にならない】

はあちゅうさんの新刊「いつかすべての恋が思い出になる」の表紙アイテムを、いまだすべての恋が思い出になっていない私が代表を務めるshyflowerprojectが手がけさせていただきました。

これを機に、すべての恋を思い出にしていくために、一旦思い起こせる限りのすべての恋と向き合ってみる連載をはじめました。長短、濃薄、ひどいやつ、かわいいやつ、様々な種類の恋を、眺めてってください。

※詳細をかなり省いているものもありますがすべて実話です。が、あくまでわたしの記憶を元にしています。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ケース2

**「異世界の恋」

**

彼は、両親から1日1万円を渡されて生活している子だった。(つまり富豪)1999年のその時には少なかった、コンクリートむき出しのデザイナーズな4階立ての実家。主要駅からほど近い、住居なんてほとんど建っていない国道沿いのその家で彼は、学校と塾以外をほぼ一人きりで過ごしていた。

黒く濃い天然パーマの髪に、イオンでは売っていなさそうなシンプルで素材の良さそうな服を着こなして、デビューしたての宇多田ヒカルにドはまりしていた彼はわたしと同い年の14歳。AutomaticのPVで印象的だった真っ赤なイス(懸賞に大金をつぎ込み手に入れたという)のある広い部屋が、彼のひとり部屋だった。

当時処女だった私はその頃まで「せっかく誰かに告白されたのに断る人って頭おかしい」と本気で思っていた。つまり、好きでもなんでもなくても、彼氏さえ出来れば人生最高じゃん、と。だから中学校内で告白される度に付き合い、一緒に下校だけして、(喪失に至らず)数週間で別れる、というのを1年半で3.4人と繰り返しながら中2の秋を迎えていた。処女膜突破と彼氏獲得に躍起だった。それはきっと、好きな人と過ごすかけがえなさを、知らなかったからだと思う。

この恋は、まさにそれを知った強力な初恋だった。知り合いのいない進学塾で出会った。クラスの中心的な彼に最初の授業で話しかけられて、2度目の授業では私がわからない問題をふたりきりになった教室で教えてくれた。3度目の授業では、その解き方を丁寧に書いてくれた3枚のルーズリーフをくれた。ルーズリーフの最後に整った字で「ライブのチケットがあるから良かったら一緒に行かない?」と書かれていた。誘い方も、流れも、なんというか、宇多田だ。

彼は異世界の人だった。処女はもしかして、自分の世界を破ってくれる人を求めてるのかもしれない。きっと初めて会った時からすっかり夢中だった。

まず、平凡な日々が破られた先に、キスという世界があった。
人生はじめてのキスは彼の部屋(!)で、というかキングサイズくらいのベッド(!)で、微妙にその先に行きそうなところを私が左手で制した形となった。なんというか、もう、幸福が飽和で一旦噛み締めたかった。幸せは後から気づくものだと先人たちは言うが、私は間違いなくその時タイムリーに、自分は幸せのど真ん中にいると感じていた。先人ごめんな。

初めてのデートは映画で、マトリックスを見にいった。約束していたライブにも行った。大きなショッピングセンターにも行った。だけど思い出せるデートは、その3回だけだった。何百回と電話した気がしているくらい彼の声がその後数年抜けなかったのだけど、だけど、私たちが「付き合っていた」と呼べそうな時期はたった2ヶ月くらいだった。

「付き合っていたと呼べそうな」と書いたが、付き合おうとか返事がどうのとか、そういうやりとりは、私たちの間には一度もなく、ただお互い好きになって、一緒にいたいと思って、自然と近づいたという感じだった。宇多田がすぎる。

幸福の甘さトロトロの巨大ゼリーの中に浸かって泳ぐような日々が2ヶ月間途切れなく続き、もうこのまま彼と一生一緒にいることになるんだろうな、最高だな、と思っていた。その頃、急にわたしは、風邪をこじらせ肺炎で2週間入院することになった。病院で過ごしているので、いつもの時間に電話をもらうことができなくなった。それと同時に、彼とは、音信不通になった。

塾は期間限定の講座だったのか、通うことはなくなってしまい、退院してからも彼と会える機会はなかった。わたしは、自分が、闇に足を踏みれてしまっているのかも、しれないと、気づいてはいたものの、ずっと何かの間違いだと思おうとした。宇多田な彼のことだ。海外に行っているかもしれない、ふと何事もなかったかのように連絡が来るかもしれない。そう期待しつつ、彼の電話番号は知りつつ、私は自分から彼に電話をかけることができなかった。電話は、彼からかけられるものだったから。

音信不通が数ヶ月続き、とうとう完全に振られたのだと気付いたとき、人生は真っ暗でパサパサに乾いていた。ちょうど受験の年だったから勉強に力を入れることにして過ごしていた頃、一度だけ、塾で再会した。彼は私を見ると悪びれもなく「ちょっと太った?笑」と言った。

今更ながらバシッと形容するが、有名企業の御曹司であったシニカルな彼は、見た目も中身も道明寺司なのだ。私は、太ったと言われたことより、また会えた嬉しさに窒息しそうだった。

その後、彼のことは、一度も会わないまま3年間引きずることになる。最後に会ってから3年後、高校に入り、好きでもない彼氏と2年付き合っていた私は、突然、道明寺と再会したのだった。再会した瞬間、好きでもない彼氏と電話で別れた。また幸せが帰ってくると思った。

会わない間に、わたしは処女ではなくなっていて、道明寺は、もともと童貞だったかもわからないが、特に何も変わっていなかったと感じた。ただ、ふたりの間で変わったことは、彼の部屋に入りすぐにセックスに至ったことだった。そのセックスが、割と、嗜好が偏ったものだった。

とはいえ3年間も思い続けていた彼と見事やれてしまった私は、どうしたかというと。なんと、着信拒否をした。彼にとっては突然の事だったと思う。セックスをした途端、視界が変わった。舞台が終わった瞬間の幕のように、急に会場が明るくなり、冷静に彼の現実が降りてきた。私より頭が良かったはずの彼は、私よりかなり偏差値の低い高校に入っていた。そして目の当たりにした彼の偏ったセックスを振り返ると、長年蓄積されたような、どこにも放出できない類の甘えや歪みが滲み溢れていて、その、「彼の現実かもしれない部分」を直視できないと思った。どこで調べたのか私の実家にも彼から電話があったけど、出なかった。

コンクリートに守られ、おとなしく、わたしが恋をしたい彼でいて欲しかった。今は誰かにちゃんと、甘えられているのでしょうか。

…という完全密封していたこの恋も、リアルに、この本を読んで思いを馳せると思い出になってきた。たしかに、ものすごく、好きだったなあ…
はあちゅうさんの新刊、「いつかすべての恋が思い出になる」2/24発売だよー!!!!プレゼントキャンペーンもあります!詳細ははあちゅうさんのnoteでも確認!応募方法はこちら(バナー写真 :本表紙より 撮影yansuKIMさん

こんな感じでこの連載、ひたすら恋を振り返ります!次回も読んでね!


サポートしようと思ってくれてありがとうございます!どちらかというとサポートよりメンバーシップ入会がお得でおすすめです!届いた全部のお悩み相談に答えていて、過去記事読み放題『君の日常と混浴したい』(月600円)も読めるSUISUI CLUB〈メンバーシップ〉の欄からどうぞ!