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ホームトレーニーのリングフィットアドベンチャーレビュー #2 ストイック大胸筋

前回の記事では「リングフィットアドベンチャー(以下、RFA)」のかなり大雑把な紹介と「大胸筋チャレンジ」の考察を行った。

今回は、同じく大胸筋のメニューである「ストイック大胸筋」を紹介しよう。ストイック大胸筋。チャレンジどこいった。

ストイック大胸筋の分類

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まず、このエクササイズの概要だが、動作は「大胸筋チャレンジ」と全く変わらない。すなわち、リングコンを押し込む動作だ。前回の記事を読んでくれた方なら負荷をかけるコツはおわかりだろう。リングコンを「伸展で身体に近づけ」「腕を伸ばしながら収縮させる」だ。

「ストイック大胸筋」が「大胸筋チャレンジ」と大きく異なるのは「押し込んだところで一定時間キープする」点だ。また、制限時間がない代わりにリングコンを押し込みから戻した時点で非常に短いカウントダウン(これはゲージで表示される)が始まり、ゼロになると爆弾が爆発してゲーム終了、という仕組みになっている。そのため、リングコンを戻した時点で素早く押し込む動作に移る必要がある。高回数の反復を狙う点は共通だ。

このエクササイズで注目すべき点は何といっても「キープ」「(リングコンが戻った状態から押し込みにとりかかる)動作の転換」である。

先に言っておこう。「ストイック大胸筋」の分類は非常にユニークな「筋トレ」である。

「キープ」で高負荷を実現する

まずは「キープ」について解説していこう。「キープ」を行う際は大胸筋に伸展や収縮の変化は起こらない。「キープ」した位置のまま、筋肉の長さは変わらないのである。こういった筋力発揮形態を「アイソメトリック」といい、動作自体は「アイソメトリクス」という。「キープ」は「アイソメトリクス」なのだ。

ある時から、SNSなどで流行した「プランク」という腹筋のトレーニングもアイソメトリクス種目である。

さて、「キープ」もとい「アイソメトリック」のメリットであるが、それは「筋力を発揮しやすい」ことと「筋線維を効率よく働かせることができる」ことにある。

まず、「筋力の発揮」であるが、筋力にはそれを発揮させやすい運動と(比較的)させにくい運動がある。前回の記事では筋肉の「伸展」「収縮」という単語を出し、それぞれを重視したエクササイズとして「ストレッチ種目(伸展)」「コントラクト種目(収縮)」、その中間的な「ミッドレンジ種目」があることを説明した。

今回は種目の名称でなく、筋力の発揮形態の名称を紹介しよう。すなわち、筋肉が伸展しながら力を出す形態を「エキセントリック」収縮しながら力を出す形態を「コンセントリック」、そして、先ほど紹介した、収縮も伸展もせず力を出す形態を「アイソメトリック」という。

例えば、「ストレッチ種目」で主力となるのは「エキセントリック」というわけだ。どうだこんがらがってきただろう。

やれ、大事なのは名称ではなく、先述の「筋力を発揮させやすい運動と(比較的)させにくい運動」で、それは次の通り、エキセントリック>アイソメトリック>コンセントリックの順である。

筋力の高低はそのまま扱えるものの重量の高低にも関わってくる。ご想像の通り、比例の関係だ。つまり、筋力発揮形態の順から言えば、エキセントリックが最も高重量を扱え、コンセントリックが最も高重量を扱うのに向かず、アイソメトリックはその中間ということになる。

さて、一旦RFAの話に戻ろう。

「ストイック大胸筋」は「押し込む」→「キープ」→「戻す」の順で動作を行う。「押し込む」動作は「コンセントリック」だが、「キープ」は先述の通り「アイソメトリック」によって筋力を発揮する。「キープ」のほうが発揮できる筋力が大きいのである。このことだけを、覚えておいてほしい。

もうRFAの話から離れるぞ。

どうしても必要があるので、筋線維の悉無律(しつむりつ)について話をしておきたい。筋肉を構成する筋線維のそれぞれは悉無律の原理に従って働いている。すなわち、「力を出すか・出さないか」である。1本の筋線維が、20%だとか、80%の力で筋力を調整しているわけではなく、筋力の発揮は0か1かなのだ。

では、筋力の調整はどのように行われているのか。これは単純に働いている筋線維の本数で決まる。例えば、筋線維が1本で5kgの重さを支えられるとする。そこで、10kgの物を持ったときは2本の筋線維がギリギリで支える。筋線維は0か1の働きしかしないので、「最大で5kg支えられる筋線維が力をセーブして10本集まり、それぞれ1kgの力を出す」とはいかないのだ。

筋線維が力を発揮し続けられるのはおおよそ5秒程度と言われる。そのため、筋肉に負荷がかかり続けているとき、約5秒毎に筋線維の交代が起こっている。

身に覚えの無い人などいないだろう。軽いものを持った場合は働く筋線維が少ないため、交代要員はたくさん残っており、長時間持ちつづけることができるが、重いものを持った場合は一度に多くの筋線維が働くため、交代要員は少なく、そのため、長時間の保持はできない。

ここに「アイソメトリクス」の面白さが潜んでいる。

「アイソメトリクス」では一定時間、同じ態勢で「キープ」することにより、筋線維を効率よく疲労させ、交代させることで「筋線維の本数を増やす」ための刺激を与えることができるのだ。「ストイック大胸筋」では5秒もの「キープ」は行わないが、短期的な反復では充分に疲労が残り、筋線維の交代が起こるため、筋肉への刺激になるのは間違いないだろう。先述の通り、「キープ」は「コンセントリック」より強い筋力を発揮できるため、ほぼ「コンセントリック」だけの運動である「大胸筋チャレンジ」より多くの筋線維を動員し、結果的に大きな負荷を与えられる。

実際に「キープ」のある種目とない種目では筋肉の疲労度が全く変わってくることを実感している人もいるのではないだろうか。「キープ」は、ウエイトの負荷を捨て去ったRFAが、高負荷を実現するために打った最も有効な一手なのだ。

ただし、弱点もある。同じ態勢で「キープ」するということはその角度・態勢だけにしか効果が無いということだ。

そこで、今回も弱点を克服するフォームを考えてきた。

大胸筋全てを鍛え上げる欲張りストイック

大胸筋は上部・中部・下部の3部位に分けることができる。前回の記事で解説した「水平屈曲」は、主に中部の働きとなるが、上部・下部ではまた異なった動きをすることになる。中部さえ鍛えておけば、概ね恥ずかしくない程度の大胸筋にはなるだろうが、上部を鍛えればTシャツの首元から見える張りのある大胸筋が手に入るし、下部を鍛えれば輪郭がクッキリしてメリハリのある身体となる。せっかくだから、バランスよく鍛えるのも一興だろう。

では具体的にどうするのかというと、今回も考え方はシンプルで、アイソメトリクスの弱点が「角度が固定されること」なので、角度を変化させていけば良いということになる。

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まず、これを通常の角度としよう。対象となるのは大胸筋中部である。しばらくはこの態勢でエクササイズを続け、限界が近くなったら身体に角度をつける。

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少し腰を突き出し、背を反らせる。リングコンの位置はそのままだ。この態勢だと「水平屈曲」だった動きが肩関節の「内転」に近くなり、大胸筋下部へと刺激が移る。

「内転」は身体の側部に開かれた腕を体幹部に戻す動きである。両肘を左右に上げて、そのまま腰に戻してみてほしい。それが「内転」だ。

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そして、限界が近づいてきたところで今度は身体を前傾させる。リングコンの位置は変えない。この態勢では腕の動きが「屈曲」に近くなり、大胸筋上部に効く。

「屈曲」は、下がっている腕を身体の前面を通って上部へ持ち上げる動きだ。本来の「屈曲」を行うなら、リングコンのやや下部を持つべきだが、そこまでしなくても良いだろう。

ここで限界に到達したら、中部への角度へ戻るといいだろう。これで、大胸筋全体をバランスよく鍛えていけるはずである。

少々セコいのだが、各部位を刺激している間は他の部位への刺激は軽くなり、回復していけるため、明確に部位分けをしてエクササイズすることでかなりの反復回数を稼ぐことができる。エクササイズとして有効な手段なので、積極的にやってほしいと思うのだが、ゲームとしては微妙なところである。友達と競って遊ぶ場合は正々堂々と同じ角度でやるか、この記事を読ませて説得してほしい。

もう一言褒めておこう。ウエイトトレーニングでは、角度を変え、大胸筋のそれぞれ異なる部位へ集中して刺激を与えるためには、ベンチの角度を変えるなどの作業をする必要があり、身体にちょっとした角度をつけることですぐに対象部位を変更できるのは、RFAならではのユニークな利点である。

更に余談をしておくと、リングコンの位置(角度)を変えてやってみようとしたところ、上方では水平になったところで注意され、下方では水平にならないうちに注意された。無難にやるなら、身体の角度を変えていくのが良いだろう。

SSCでストイックに限界を超える

さて、皆さん何かお忘れではないだろうか。筆者は記事のはじめのほうに「(リングコンが戻った状態から押し込みにとりかかる)動作の転換」に注目すべきと書いている。

そう、考察はまだ続くのだ。

アツアツのヤカンが置いてある。何も知らずにうっかり触れてしまい、素早く手を戻す…

脊髄による「反射」をご存知ない方はいないだろうが、これがトレーニングに活かせるということはあまり認知されていないのではなだろうか。RFAのチームは知ってか知らいでか、この要素をストイック大胸筋に組み込んでいる。

「Stretch-Shortening Cycle」通称「SSC」を解説しよう。

簡単に言うと、「伸びたら縮む」という筋肉の特性のことである。筋肉を伸ばし続けると、いつかは断裂してしまう。そのため、一定まで伸ばすと縮もうとする働きが起こる。これは「反射」なので脳を介さず、脊髄からの運動として行われる。また、筋肉には、「伸びると縮む」というゴムのような特性があり、この縮むときの「弾性エネルギー」「反射」によって「SSC」が起こる。

「ストレッチ(伸展)させたら一気に切り返し、爆発的に収縮させる動き」とでも言えば分かりやすいだろう。最も身近な例を挙げれば、垂直ジャンプなどがそれで、しっかりしゃがんで(伸展)一気に切り返し、弾むように跳ぶ(収縮)はずである。

さて、「ストイック大胸筋」では、リングコンを戻した(大胸筋の伸展)時点ですぐに収縮の動きへの切り返しをしなければ、爆弾が爆発して(爆発のエフェクトが無いのが残念だ!)終わってしまう。このゲームの要素が、偶然か必然か、SSCの動きを促しているのだ。

「ストイック大胸筋」に「SSC」の要素があることは判明した。では、そのメリットについてお話しよう。もう少しお付き合いください。

「SSC」は先述の通り、脳を介さない、脊髄による「反射」である。このため、筋トレにおいて大きな障壁となる「精神的限界」を超えやすくなるのだ。

北斗神拳伝承者の言を借りるつもりはないが、高負荷な運動に立ち向かったとき、脳は実力をセーブするものである。自然の理というもので、肉体が限界を超えてなお働き続けるようなことが起これば、命の危機に繋がるからだ。

だが、筋トレにおいてそれは障壁になってくる。肉体が限界を超えるようなストレスこそ、筋肥大の最重要点であり、そのストレスを目指すのが筋トレなのだから(筋肥大のメカニズムについてもそのうち解説する時がくるだろう)。

運動をしているとき、脳が「もうダメだ!運動をやめろ!」と送る司令はいわば「精神的限界」であり、「肉体的限界」はその先にある。「SSC」は脳を介さないために、「精神的限界」を無視してエクササイズを続ける助けとなるわけだ。

「ストイック大胸筋」において「素早く切り返さざるを得ない」状況は、限界を超え、筋肉へ充分なストレスを送るための非常に有効な要素なのだ。

ストイック大胸筋は優秀なトレーニングになり得る

ストイック大胸筋は「筋トレ」である。そして、筋トレとしての効果は少なくとも大胸筋チャレンジよりは遥かに上だ。普段、運動にあまり接していなかった人なら十二分と言っていいだろう。何より、「アイソメトリクス」「SSC」の要素は、RFAだけでなくウエイトトレーニングを始める人にとっては心強いテクニックになるに違いない。

RFAで大胸筋トレーニングに集中したいという場合は「大胸筋チャレンジ」をウォームアップとして1セット(ここではあまり頑張らず、身体を温める)、「ストイック大胸筋」をインターバルを挟んで2セットほどやるといいだろう。インターバルは5分程度とり、水分やアミノ酸を補給するといい。そういったトレーニングを行う際は、是非とも、「伸展」「収縮」「角度」を意識してやってもらいたい。すべてを一度に意識するのが難しければ、どれかひとつからでも大丈夫だ。

今回はここまで。ありがとうございました。


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