全てを克服するべき、みたいな価値観を捨てる

年齢の割に業界歴や経験値が浅く、自信のなさで常に不安だった。だからいろんなことができるようにならなきゃ!と思い、あれこれ手を出した。会社で求められることがある程度できるようになってきて、自信のなさは少しずつ薄れていった。

でも、会社の外を見てみるとどうだろう。自分のやりたいことがわかっていて、何をやるか・身につけるか、ある程度絞って、それをどんどん突き詰めていく人たちに出会った。羨ましいと思った。

本当に一人でここまでできるの!?と思ってしまうくらいかなり幅広く、いろんなスキルを持っていてそれぞれレベル高くこなしていける人が最強というか重宝されるのは当たり前だけど、そんなことができるのはごく一部の人たちだ。私はそちら側に行けない、というか、行きたいとか羨ましいとか本心では思っていなかったことに気づいた。憧れているわけでもなかった。

だから、それに気づいてしまった私が幅広く頑張ろうとしたところで、中途半端から抜け出せないのは目に見えてる。

(浅いけど)色々できるからと、とりあえず色々頼まれる。経験が積める。最初はできることが増えて、頼られるようになったと思って、嬉しかった。でも徐々に違和感が生まれていった。「他の人がやらないからやる」、「(私が)ノーと言わないからやる」そんなことの積み重ねで、いいように使われているだけのように感じるようになった。とりあえず頼んだらいい、というとりあえず要員。しかも、全てのスキルが高いわけじゃないので、苦戦して、周りに比べて残業も多かった。そして他の人に比べて重い役回り。達成感や喜びもなく、心だけでなく体にも影響が出てきた。

志高く幅広いスキルを身につけてやっていってる人は、良い人や環境に出会い、より良い仕事ができる、良い循環になっていくと思う。でも、中途半端になってしまいこれといった意志も持てなかった私は、雑に使い倒されるだけの人間になってしまう。どこかで、「他の好きなことを捨ててまで、そんなにたくさんのことを突き詰めていくなんてできない」と抵抗している自分がいる。こんなことを続けていて、自分で納得できる生き方ができるはずがない。

近々退職するのだけど、その際に「これはもうやらない」と決めたことがある。…というか、決めすらしなくても、もともとそこまでこなすデザイナーなんて少数派だろうから、やめることに罪悪感や劣等感を抱かなくていいはずだ。

前述の、私が羨ましいと思った人たちは、私が中途半端にあれこれやっているものより、深掘りすることを絞っていて(視野が狭いとか悪い意味ではない)、私のようになんとなく無理に広げようとはしていない。私もそうすればよかったのではないか。いや、どうしたいかわからなかったからそれができなかったのだけど。

なんでもかんでも「苦手を克服しなきゃ」という意識があったけど、「苦手なこと」ではなく、「やらなくていいこと」と捉えられていなかった。だから劣等感だらけだったのだろう。

そうやって自分の正直な気持ちに気づいたり、考え方が変わったりしたおかげで、今は少し気が楽になった。でも、現状はやらないことを一つ決めただけで(しかも捨てることを決意したというより別にやらなくてもよかったようなことをやっていただけ)、もう少しやることは絞れるというか、方向性は掴んだ方がいいと思う。

自分に向いていることや、どういう生活がしたいか、しっかり向き合わないといけない。

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コメント2件

自分の正直な気持ちに向き合うことはとても大事にしたいことですね。
向いてる時って、自然に光が射してくる方向が見えるんだと思います。あれ?なんかスーッと進めるなぁ、しんどい時もあるけど、全然楽に頑張れるなぁ。という。しないのにも、勇気いりますよね、できるからこそ、なおさら。。。なんか、ああ、わかるなーって、思いました。
しっかり向き合えると、いいですね。ご武運?を祈ります!
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