豚丼

“追膳”の豚丼

生まれて初めてY屋の豚丼なるものを食べた。
肉が嫌いだからではなく、肉をやめているから積極的にこのようなものは食べていないからだ。

新玉の季節だからだろう、タマネギがやたらに甘くてうまかった。豚肉の塩加減も悪くはなかった。

きょうはお付き合い。わが家の古い女の人が病院のリハビリの帰りに「牛丼が食べたい」というので、一緒に頼んだのだ。

普段なら「勘弁してちょ」と言って、うどん屋か食堂かに連れて行くところだ。
しかし、ここ最近古い女の人は体調が思わしくなかったこともあって、肋骨が浮いて見えるほど痩せてしまった。
その彼女が「牛丼を食べたい」といえば、よろこんで連れて行こうというもの。

「肉を食べたい」理由が自然の欲求なのか、肉が滋養になると信じているからなのかはわからない。
ただ、本人がそう信じて食べるのであれば、それはきっと滋養になるのだろう。

僕は肉の信奉者ではない。
肉はけっして嫌いではなかったが、玄米食にしたときにやめてしまった。
すると「肉を食べない状態」というのが悪くないと体感したので、逆説的に肉食はあまりよくないと考えるようになった。

以前は肉のエキスすら忌避するほど徹底していたが、今はゆるい肉食忌避者だ。魚介類は食べるし、きょうのようなケースでは肉を食べないわけではない。
そして食べるときは「おいしくいただく」ようにしている。

厳格に肉を遠ざけていた時に、最初に食べざるをえなくなったのは北海道で一宿一飯の世話になった家で出されたジンギスカンで、たぶんその後が衣笠祥雄氏との会食だったと思う。
とびきりのステーキを食わせることで有名だった屋台「Nちゃん」が肉を仕入れているところが経営する焼き肉屋でのこと。
もちろん、おいしくいただいた。

前回で衣笠さんと津田恒美との縁を書いたが、このふたりには「肉好き」という共通点もあった。
協和発酵時代には練習後にちくわを食べるのが楽しみだったという津田は、衣笠さんとちがって他のものも食べたが、「肉好きの野菜嫌い」というのはいっしょだった。

そのふたりが場所こそ違え、同じ病に倒れているのは偶然ではないだろう。肉に偏して野菜を摂らないと、そのリスクは高くなる。それはほぼ常識となっている。

だがここで肉や野菜やと、繰り言をいうつもりはない。
衣笠さんではないが、それも天命だったのだろう。

古い女の人がおいしそうに牛丼を食べる光景を目にしながら、僕は衣笠さんのことを思っていた。
そして、僕も豚丼をおいしくいただいた。

そんなひとときが、愛おしい時間だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?